第49話 寝る前の一騒動

 部屋に戻って、すぐに俺は提案する。


「さっと夕食にしてから、すぐ寝ちゃおう」


「どうしてですか? ラスヴェールの夜景とかとっても綺麗だって聞きますけど」


 明らかに楽しみにしていたっぽいセシリアが、疑問を口にする。


「それは簡単だ。俺たち、この国を支配する悪魔と会っただろ?

アンドロマリウスだ。あいつがこのまま、放っておいてくれると思うか?」


「あっ! そうですね……」


「セシリアちゃん、完全に平和ボケしてたね? いや、いいことなんじゃない?

今まで、平和な場所なんて何の縁もなくずーっと戦ってきたんでしょ?

それに、カイルくんの隣は安心するもんねえ」


 エノアにからかわれて、セシリアが顔を赤くした。


「なんだよー、おれ、まだ眠くないんだけど」


 事情が分かってないマナは、ぶうぶう言って口をとがらせた。


「落ち着け。夕御飯食べてからだよ」


 ということで、ラスヴェールでの夕食。

 念のため、鑑定アプリを使って成分分析だ。

 出てきたのは豪快な巨大スペアリブや、山盛りの温野菜。

 それに、食べ物をサンドして食べる用のピタパンだ。

 ソースは柑橘類らしい。

 そして、毒は入ってないな。


「飲み物は、お酒以外も用意してくれたんだね。

マナのことを考えてくれたんだろうね」


「おれもお酒でいいのに!」


「だめ!」


「だーめ」


 マナが二人のお姉さんから制止される。


「ぶう」


 またマナがむくれた。

 難しい年頃だなあ。


「俺も酒は飲まないけどね。じゃあ、一口だけお酒舐めてみる?」


 酒の入った器から、マナのマグへ何滴か垂らす。


「わーい! カイル兄ちゃん大好き!」


「むっ」


 セシリア、子供の言うことにむっとしないで。

 エノアも、彼女たちをからかおうと、何か考えている顔をしてるし。


 マナはと言うと、マグに注がれたほんのちょっぴりのお酒を、ぺろりと舌先で舐める。

 そして、顔をしかめた。


「うえー! 甘くない!」


「ねー? お酒って、味そのものはそんなに美味しくないものも多いんだよ。

大事なのは、これを飲んで酔っぱらえるかどうか。

あ、セシリアちゃんはお酒禁止ね」


「はい……。またあの失態をお見せしたく無いので……!」


 ちゃんと学習している。偉い。


「おれはお酒はいいや! 美味しくないし!」


「そうだねえ、マナにお酒は早いね。

じゃあ、マナのぶんのピタをうちが作ってあげる!」


 世話焼きなエノアだ。

 ピタパンの横についた切れ目を広げて、その中に温野菜や切り落とした肉を詰め込んで、そこにたっぷりのソース。

 これをマナに手渡す。


「わーい! うまそー!」


 思いっきりかぶりつくマナ。

 口の周りがソースだらけだ。


「もう、また口についてますよ」


 セシリアが、汚れを拭ってあげている。

 二人の姉と妹って感じだな。

 なんだか見ていて、心が豊かになってくる気がする……。

 いいものだ。


「カイル様がニコニコしながらこちらを見ています」


「ほら、男って女子がきゃっきゃうふふするのが好きなんじゃない?

なんかカイルくんのスマホからそんな知識が流れ込んでくるんだけど」


「違うよ!? っていうかエノア、なんだその能力!

俺のスマホとリンクしてるのか!?」


『わたくしが送り込みましたわよ』


「げっ、ナディア!

お前いつの間にそんな事ができるように!」


『さっき、明確にカイルさんと意思疎通しましたでしょう?

これでブレイブグラムとやらに、仮リンクした状態になっているようなんです。

ええとつまり、わたくしはアプリ、とやらの一種としてスマホの中に入っているような?』


「そうなのか……。

それって、俺が三人目の英雄姫をフォローした形になるのかな?」


 ブレイブグラムを開いてみた。


「カイル様! 食事中にスマホはお行儀が悪いですよ」


「セシリアが現実の世界みたいなことを言う」


 仕方ない。

 確認は後にしておこう。

 俺は急いで食事をして、ジュースで流し込んだ。

 セシリアがまたお小言を言ってきた気がする。


「消化に悪いです!

カイル様のお腹が心配です!」


 とかなんとか。こっちを心配してくれているのは分かるから、邪険にはできないよなあ。

 この賑やかな食事をどうにか終えて、俺はスマホを起動した。

 これで問題ないだろう。

 ちらっとセシリアを見たら、食べ物をこぼすマナのお世話でそれどころじゃないみたいだった。

 なんか、ああして年下の子供の世話をする彼女、とても楽しそうに見えるな。

 こういう普通の生活に憧れてたりするのかもしれない。


「さてっと」


 ブレイブグラムを起動する。

 通知アイコンに、一件ありとの表示。

 タップしてみると、『あなたの知ってる英雄姫かも?』という文章と共に、英雄姫ナディアのアイコンがあった。

 ……。

 ナディアの顔、初めてしっかりと見たかも。

 長い黒髪の、大人のお姉さんだ。

 セシリアやエノアよりも年上だな、これ。

 ああ、いや、寿命で死んだって言ってたから、実年齢は凄いことになってるか。


『今失礼なことを考えてませんでした? わたくし、残留思念の状態では肉体年齢的には二十才ほどですわよ?』


「なんで考えてることまで分かるんだよ」


『ちなみにスリーサイズで言えば、胸元はセシリアさんには負けますがお尻は勝っていますわね』


「つまりエノアには圧勝と」


『おほほ、皆まで言わせないでくださいまし』


「ちょっとカイルくんそこ座んなさい」


「エノアにバレた!!」


 こうして、寝る前に一汗かく羽目になった俺なのだ。

 全部、ナディアが悪い……!


────

2020/12/26

昨日、誤って48話目のところに49話目をアップしていました。

本日、48話目を新たにアップし、この話を49話目にスライドしています。

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