第50話 ラスヴェールの夜を行く

 夜半過ぎころに、スマホがバイブ機能で唸りだした。

 このために早く寝てたんだ。

 俺はパッと目覚める。


「セシリア、エノア」


「はい。今気付きました」


「来てるねえ……。たくさん、宿を囲んでる」


 彼女たちもまた、警戒していたようだ。

 ブレイブグラムで、スマホと繋がった英雄姫たち。

 彼女たちには、スマホのセキリュティアプリから周辺の監視情報が送られている。

 ということで、敵が襲撃してこようとしたこの瞬間、俺と彼女たちは目覚めたわけだ。


「セシリア、マナを頼んでいいか?」


「はい! マナちゃん、ごめんなさいね」


「うーん……もうぬすまねえよう、ゆるしてくれよう」


 マナがムニャムニャ寝言を口にする。

 それを背負って、セシリアがうなずいてきた。


「よし、じゃあ窓から脱出!」


 俺は指示をした。

 鎧戸を閉じた窓に一直線。

 スマホから剣を展開し、窓を切り裂くように振り切った。


「────!!」


 窓の向こうにいた黒い人影が、悲鳴もあげられず真っ二つになる。


『変化型の悪魔兵士です。ドッペルゲンガーには及びませんが、外側だけを人間に見せかけることができます。昼間も、闘技場周辺で兵士に混じっていました』


「そうなのか」


『脅威度が低かったため、他の機能を優先していました』


 ヘルプ機能からの意外な情報。

 悪魔兵士はその正体を現し、怪物の見た目になった後、黒い霧になって消滅した。

 俺はそのままの勢いで、窓の桟を蹴る。

 この辺り、建物が密集してるから……。


「ほっ!」


 対面の建物の屋根に着地したりするの、楽なんだよな。

 続いて、エノアが着地する。

 最後にセシリア。マナを背負っているというのに、軽々と跳躍して、俺よりも先に降り立った。

 相変わらず、彼女の身体能力は凄いな。


「セシリアちゃんは、パワーとスピード特化だからねー。うちは器用さ特化かなー」


 なぜか、手をわきわきさせながらエノア。

 気がつくと、その手の中にナイフが握られている。

 彼女はお手玉みたいにナイフを幾つも放り上げると、キャッチした端からあちこちに投げ始める。


「──!」


「──!!」


 すると、闇の中からナイフを突き立てられた悪魔兵士が次々に現れる。

 敵の巨体からすると、エノアのナイフなんて小さくて大したダメージを与えていない……ように見えるけれど。


「さ、行こ、カイルくん! あいつらはあれで終わり!」


 エノアは振り返りもせず、俺の先を走る。

 彼女の背後で、悪魔兵士に突き立ったナイフが急速にねじれ始めた。

 それは悪魔たちの身体をえぐり取りながら突き進み、その肉体の大部分をちぎり取りながら背中へ突き抜ける。


「えぐいなー」


『英雄姫エノアは、弓だけではなくナイフの名手でもあります。スピニングスロー。使用したナイフは破壊されてしまいますが、対象の肉体を破壊する上位の投擲技です』


 エノアは、一対多で、こういう視界不明瞭みたいな状況に極めて強いらしい。


「エノア、先導を頼む! 敵がいたら切り開いてくれ!」


「了解! セシリアちゃんの分も頑張るよ!」


 俺はスマホの、とあるアイコンをタップする。

 そこには、アイテムボックスというアプリがあった。

 展開すると、中にはセシリアの槍や鎧、エノアの弓がある。


 エノアの弓を長押しして、これを……上にあるエノアのアイコンへドラッグ。

 すると、彼女の背中に弓が現れた。


「ありがとー! ほんと便利だよねえスマホ! 

カイルくんがいた世界って、めちゃめちゃ凄い所だったんじゃない?」


「いや、さすがにこんな事はできなかったなあ」


 夜のラスヴェールを走る。

 頭上には、見事な月。

 満月に近い丸さで、煌々と街を照らしている。


 俺たちは屋根の上を飛び回りながら、追ってくる悪魔兵士を撃退する。


「カイル様、どこに行くんですか?」


 マナを背負ったセシリアが、横に並ぶ。


「見て。これ、GPSなんだけどさ」


「じーぴーえす」


 セシリアに、専門用語はだめだったな。


「ええと、つまり目的地を表示できるんだ。ディアスポラで、ドッペルゲンガーを探す時にやっただろ?」


「ああ、はい! 標的が街のどこにいるか探ることもできるんですよね!」


「そう! こいつで今、ここに検索対象を入力した。

どう見える?」


 俺が入力した文章は翻訳済み。

 これを読んで、セシリアが目を丸くした。


「悪魔ダンタリオン……! いるんですね、この国に!」


「ああ。しかも、そこは俺たちが今向かっている場所。

カジノにいるぞ! ひょっとすると、ダンタリオンだけじゃなく、アンドロマリウスもいるかも知れない!」


『アンドロマリウスにダンタリオン。四人の外れもののうち、二人までに会ったのですわね?』


 ヘルプ機能の音声が、いきなり見知らぬ女性の声に変わった。


「うわっ!? 誰だ!」


『誰だとは失礼ですわね! ナディアですわよ!』


「これが英雄姫ナディアの声ですか? 思ったよりも落ち着いた大人のような声なんですね」


「ああ。肉体年齢二十歳だって。残留思念だけど」


『乙女の年齢をみだらに晒すものではありませんわよ』


「それより、ナディア。外れものってなんだ?」


『全ての悪魔は、黒貴族に繋がっていますの。本来は、ですわね。ですけれど、外れものの四人は、番外。黒貴族に恭順する必要はなく、直属の上位悪魔は魔王ベリアルだと言われていますわ』


 どうやら、ダンタリオンもアンドロマリウスも、悪魔としては例外のような存在だったらしい。

 俺、黒貴族と例外の悪魔にしか会ってないから、それがおかしいなんて気づけないよな。


『本来悪魔は、人の中に溶け込んで生きていけるものではありませんから。ダンタリオン、ヴァサーゴ、セーレ、アンドロマリウス。この四人が、黒貴族と魔王を繋ぐ外れものの悪魔ですわ』


「悪魔にもそんな人間(?)関係があるんだなあ」


 意外や意外。

 そして、こんな裏事情をよく知っているナディアにも感心してしまう。

 彼女の武器は、間違いなくこの知識だ。

 一体どこまで、この世界のことを知っているんだろうか。


「悪魔が何だっていいんです! みんな叩きのめしてしまえばいいんですよ!

カイル様、槍をください!」


「いや、背中にマナがいるでしょ」


「マナの一人や二人、背負っていても戦えますから!」


「戦っちゃだめでしょー!」


 ということで、夜のラスヴェールに、一際眩しく輝く巨大な建物、カジノへと突き進む俺たちなのだった。

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