第48話 風呂上がり会議
それは……どうだろう。
俺はちょっと考え込んだ。
セシリアやエノアは、英雄姫としての覚悟を持って生きている娘たちだ。
だから大変な目にあっても構わないとは言わないけれど、彼女たちはそれを受け入れている。
だけど、マナは普通の女の子なのだ。
「うーん……それはちょっと」
「なんだよ、兄ちゃん」
マナが俺をじーっと見つめてくる。
「いや、なんでもない……」
『なんでもないということはございませんでしょう?』
「ショートメールで突っ込み入れるなよ」
『入れたくもなりますわ。だって、選択肢はありませんでしょう? あなたと親しい女性で、わたくしの受け皿となり得るのは彼女しかいないではありませんか』
「分かってる! だけど分かる訳にはいかないぞ。これは俺の気持ちの問題だ」
『うーん。案外堅物ですのね、あなた。ですけれど、そういう筋を通そうとするところは嫌いではありませんわよ。いいですわ。わたくしの残留思念はあなたのスマホに記憶されました。話しかければ、こうしてショートメールでやり取りできますわよ』
「そうか! それは助かる!
でも、ナディアは即座にスマホの用語を覚えて対応しているなあ」
『そういう固定観念に縛られない柔軟さが、わたくしの英雄姫としての能力なのかも知れませんわね』
「なるほど」
それって、なかなか強力な力じゃないだろうか。
少なくとも、スマホの運用について、俺一人で考え込むことはなくなる。
「じゃあ、よろしくな、ナディア」
『ええ。しばらくはショートメールで失礼しますわ。早く実体を得られるよう、祈っておりますわよー』
「不穏な事を言うなよー」
ということで、スマホをスリープモードにする。
なんだか、ナディアと話しているとこっちのペースを崩されてしまうな。
セシリアとも、エノアとも、全く違うタイプの女性だ。
「カイル様、とってもむつかしい顔をしてます」
「英雄姫ナディアが曲者だったんじゃないの?
あのブログっていうのを見ても、彼女の伝説を聞いても、間違いなく曲者だし」
戦闘力で言えば黒貴族と戦えるレベルではない、と言うのに、人々の間に記憶され、数々の国を渡り歩いていた英雄姫。
しかも寿命を全うしていたとか。
「想像ができない。今さっき話していたのに」
「本人、そのうち出てくるんじゃない? そしたら分かると思うよ」
エノアの言うことは大雑把だけど、それは確かにそうだなと思えた。
よし、今ぐだぐだ考えるのはやめよう。
「なあ兄ちゃん、なんだよー。なんでおれのことじーっと見てたんだよー」
「うわ、マナ! 俺の脇腹をぺたぺた触るなよ、くすぐったい!」
こうして風呂上がり。
この国では、俺がいた現実世界の銭湯に似て、風呂上がりのドリンクみたいなのが瓶で売っている。
「すずしーい」
身体の水気を落とした女子たちは、乾いた薄衣姿で涼んでいる。
マナが胸元をパタパタやっていた。
「ふむ」
「それ、涼しそうですね! じゃあ私も……」
うわっ、セシリアのパタパタは凶器だ!
思わずじっと見てしまう。
凄いボリュームだ……。
「うちもパタパタやろうかなー」
すごいボリュームだ。
「カイルくんが見てるしー」
セシリア、なんてけしからん娘なんだ……。
くっ、目が離せない。
「ちょっと」
むむむ……。
「ちょっとカイルくんこらぁ!!
こっち見ろぉ!」
「うわーっ!!」
エノアがいきなり掴みかかって来た。
なんだなんだ!?
「エノア、胸を押し付けるのはやめるんだ」
「うるさーい! 君にスルーされた身の悲しさが分かるかー!
大きいのが好きなんだな! 大きいのが大好きなんだなー!」
「い、いやそんなことは……」
「エノアずるいです!
私もやります!」
「セシリアちゃんは来るなー!?
戦闘力が違いすぎる!」
エノアが慌てて俺から離れた。
そして、衣服の乱れを直す。
「二人とも落ち着こうぜ! 飲み物、すっげえ美味しいよ!」
マナだけはわが道を行く感じで、フルーツ牛乳みたいなドリンクをニコニコ顔で飲んでいた。
彼女を見て、英雄姫二人も我に返ったらしい。
エノアは咳払いをして、ドリンクを買い、マナの横に腰掛けた。
「そ、そうだよね。せっかくのお風呂上がりなんだから、無駄に汗をかいてもねえ」
「?」
セシリアはまだ、状況を理解していない。
君は何も分からなくていいと思うな。
このままでいて欲しい気がする。
浴場を借りている時間はまだある。
ということで、この場で作戦会議をすることにした。
「さっき、英雄姫ナディアと話したんだけどさ。
ちょっとむずかしい問題が出てきたから、みんなに共有しとこうと思って」
「なんですか?」
「話してみて」
マナはドリンクを一本飲み終わって、二本目。
あまり飲んでいるとお腹を壊すぞ。
でも、その間は静かでいいかも。
俺は、スマホを二人に向けて見せた。
そこに表示されるのは、俺がナディアと会話した時のログだ。
「ヘルプ機能、二人に読めるように翻訳できる?」
『翻訳を開始します』
さすが。
読めるようになったログを目にして、二人は顔をしかめた。
「無いわー」
エノアの第一声。
だよな。
「ナディアは邪悪なのでは?」
今にも槍を構えそうなセシリア。
待って欲しい。その先にあるのは俺のスマホだけだから。
ナディアに実体は無いから。
でもやっぱり、そうだよな。
実体が無いからって、マナを差し出すのはあり得ないよな。
百歩譲って、マナがそれを自分から言い出さない限りはダメだ。
「んお?」
ドリンク飲みかけのマナが、俺たちの注目を浴びていることに気付いて首を傾げた。
「なんだよ。おれの顔に何かついてる?」
「飲みかけのドリンクが口の周りについてる」
「えー、ついてるのー」
慌てて、口の周りをごしごし拭くマナ。
セシリアが駆け寄って、
「着物で拭いちゃだめでしょうー!」
とか言いながら、荷物の端切れで拭う。
やっぱり、ナディアの件は保留だなあ。
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