第43話 ニューチャレンジャー!

 闘技場は、ローマのコロセウムみたいな作りをしていた。

 座席が下の階と上の階がある。

 上の階が、上級観客席だ。


 安からぬ入場料金を払い、俺達は階段を上っていく。


「ほ、本当にいいのか? おれ、ここに近づくだけで追っ払われてたからさ」


「いいのいいの。ほら、先行って! マナちゃんの仕事はいろいろあるからねー」


「ええ……。でも、おれの仕事って……」


 エノアに背中を押され、先に進んでいくマナ。


「おっと」


 俺はと言うと、ブログを読みながら階段を上っていたので、急に変わった段差に気づかずにつまずきかけた。

 なんだここ。

 石段の高さがいきなり低くなってるじゃないか。


「危ない! カイル様、そのスマホを見ながら歩くのは危険です!」


 うわっ、むぎゅっとセシリアの胸が背中に……!

 いや、鎧越しだからまだいい。

 これが服越しだったら即死だったぜ……。


「うん、セシリアの言うとおりだな。まさか現実世界と同じことを言われるとは思わなかった……」


 スマホをスリープモードにし、ベルトポーチにしまう。

 この世界で得たこの衣装、ポケットがないんだよな。

 お陰で、全身に収納代わりのカバンとかそういうのを身につける羽目になる。

 いつでも取り出せるように、カバンのカバーは開けたままにしておこう。

 上級観客席だから、すりはいないだろうしな。


 到着した観客席は、凄い盛り上がりだった。

 老いも若きも、男も女も関係なし。

 それなりにきちんとした服装の人々が、揃って大歓声を上げている。

 今まさに、闘技場では試合の真っ最中らしい。


 闘技場の座席は、椅子として個別になっていない。

 通路兼用の階段が作られていて、適当なところに座るのだ。

 こういうところも、コロセウムそっくりだなあ。


「おーい! こっちこっち! おれが席をとっといたぞー!!」


 大声が聞こえる。

 そっちでは、マナが手を振っていた。

 この大歓声にもかき消されない大きな声だ。


「はいはい! 行こうか、セシリア!」


「ええ!」


 セシリアはどこか楽しそうに、俺と並んで歩く。


「あ、もう食べ物を買ってあるみたいですよ!」


「おー! そこんところは万全だよ!」


「任せろー!!」


 エノアとマナが二人揃って騒いでいる。

 あの二人は気が合うのかもしれない。

 さて、試合を見るとしよう。


 試合場は、土がむき出しになった地面。

 そこに、黒いライオンのようなモンスター。

 ただし、頭は老人に似ていて、気持ちが悪い。


『モンスター、マンティコアです。呪い属性の魔法と、ライオンの身体能力を持ち、猛毒を有するサソリの尾を使います』


「モンスターが出てくるのかよ。で、相手は人間か」


 マンティコアと戦っているのは、武器を持った人間が五人。

 うち二人は、既に倒れている。

 おいおい、あれ、死んでるのか?


「人死が出るのか……」


「闘技場ってそういうもんだろ?」


 当然、という風に、気にもせずサンドイッチにかぶりつくマナ。

 平たい、ピタに似たパンで、ハムとチーズらしきものを挟んでいる。

 これが闘技場の定番スナックらしい。


「そうか、そういうもんなのか……? だって、娯楽だろ? 娯楽で人が死ぬのか」


「カイルくんの世界じゃ、こういうのは無いみたいだね。これは流石に、うちも悪趣味だとは思うけど」


「そうですね。戦場では人が死にます。だからこそ、このような娯楽で人を死に至らしめてはならないと思います」


 エノアにセシリア、二人の答えに、俺はホッとした。

 俺だけがずれてて、この世界の常識じゃ娯楽で人殺しをするんだったら、ちょっとついていけないところだった。

 だが、二人にとっても、やっぱり闘技場のこれはおかしいんだ。

 そうこうしている間にも、また一人倒された。

 武器を握ってマンティコアと戦っている彼ら、もしかして戦闘経験が無いんじゃないか?

 明らかに、マンティコアは人間をいたぶるように戦っている。

 人間は必死に武器を振り回すが、腰が入っていないというか、武器に振り回されているというか。


「ねえおじさん。あれ、素人なんじゃないの?」


 エノアが、近くに座っている男の人に声を掛けた。

 その人は金持ちらしく、護衛の戦士を後ろに立たせていた。

 彼はエノアをチラチラ見て、鼻の下を伸ばした。


「そうなんだよ。あいつらはね、カジノで負けて、賭け金を払えなくなった連中なのさ。外に追い出されるか、闘技場で逆転を狙うか選べるんだがね」


 なるほど。

 今朝見た人達と同じというわけだ。

 そして彼らは、闘技場で戦い、負ってしまった借金を返済する事を選んだと。

 ほぼ裸で外に追い出されれば野垂れ死にだし、闘技場で素人がモンスターと戦えばなぶり殺しだ。

 趣味が悪いにもほどがある。


「ま、俺達はこれを見て、スッキリするわけだ。金を払えない連中が必死にあがく様を見ながら飲む酒は美味いぞお。なあ姉ちゃん、あんたももっとこっちに来てさ」


 手を伸ばし、エノアの肩を抱こうとした。

 これを、彼女はするりとかわす。


「残念だけど、うち、お酒は強くないから知らない男の人とは飲まないんだよね。カイルくん、どうする?」


 どうする、とは、男の誘いに乗ると言う話ではない。 

 目の前で繰り広げられている、悪趣味な試合をどうするかということだ。


「あれに俺が参加することはできるんですか?」


 俺が問うと、男は目を丸くした。

 そして、すぐに笑い出す。


「何を言い出すかと思えば。そりゃあ、参加は自由だぜ? だけど、見ての通り化物と戦うんだ。生きて帰れるわけが無いだろう」


「それはおかしいです! 試合なら、人間の側にも勝利できる可能性があるのがフェアではないのですか?」


 怒り出したセシリアを見て、男は眉尻を下げた。

 その目が、彼女の胸元とか腰つきをじろじろ見る。

 俺はそれを、体で遮った。

 舌打ちをする男。


「いいんだよ。これは試合って言うけど、実質処刑なんだ。処刑は最高の娯楽なんだぞ?」


 悪趣味極まりない。

 こんなもの、さっさと止めなければ。

 俺は憤然と立ち上がった。

 階段状になった座席を降りていき、最下段で飛翔魔法を使用した。

 俺の体が浮かび上がる。

 そして、俺は試合場に降り立った。


「カイル様!!」


 上級観客席から、セシリアの声が聞こえてくる。

 俺は手を掲げて、それに答えた。

 闘技場全体がどよめく。

 いきなり、試合に乱入するやつがいたんだから当然か。

 俺は拡声アプリを使い、闘技場中に宣言する。


「こいつらの分の試合を、俺が肩代わりする! いいな!」


 この宣言を聞いて、一瞬静まり返る会場。

 少しあって、わああああああっ、と盛り上がった。

 どうやら、観客は構わないらしい。

 

「あいつ……正気じゃないって! 命を捨てるみたいなもんだよ! なんで!」


「それがカイル様だからです」


「うん、そうだね。彼に打算なんてないもんね」


 三人の声は、スマホが拾い上げていた。

 セシリアとエノアは信じてくれている。

 ありがたい。


「お、おい、あ、あんた……」


 今まさに、マンティコアによって殺されようとしていた二人の男。

 彼らは驚きのあまり、動けない。


「後ろに下がっててくれ。後は俺がやる」


「……分かった。こ、これ」


 手にしていた、槍を差し出してくる。

 俺はそれを断った。


「俺には自前の剣がある。気持ちだけもらうよ」


 そして、マンティコアへと向き直った。

 モンスターは、老人に似たその顔を笑みの形に歪めている。

 新しい獲物が出てきたとでも思っているんだろう。


「残念だけど、俺は獲物じゃないぞ」


 俺はスマホを握りしめた。

 端子部分から光が生まれ、それが刃になる。


「狩られるのは、お前だ!」

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