第42話 すりの少女と新しい悪魔

 向かうのはラスヴェールの大通りを挟んで東側。

 闘技場エリアだ。

 なんだか妙に、セシリアがもじもじしているように感じる。

 ちらちら後ろを気にしていたら、前から来るフードを被った小柄な人影にぶつかりそうになった。


「おっと」


 体が軽くなっているからか、以前だったら避けられないようなその人を、ひらりと回避することができた。


「きゃっ」


 そうしたら、その人はバランスを崩したようによろけた。

 彼の指先が、不自然に伸ばされている。

 俺の目はそれを見逃さない。


「すりか!」


「ちくしょうっ」


 人影は慌てて、俺から遠ざかろうとする。声が妙に甲高い。

 その足を、エノアが引っ掛けた。


「うおおっ!?」


 逃げようとしたその人の体が跳ね上げられ、空中で一回転した。

 なんというか、前に進もうとする自分の力で自分を放り投げてしまったような。


「うちね、こういう相手の力を利用したりが得意なんだよね。はいはーい。すりはだめだよ、君……子供?」


「う、うぐええ」


 背中から落ちて、息ができないらしいフードをはだけたその人物ががうめく。

 なるほど、ちょっと薄汚れているけれど、ボサボサの頭をした子供だ。

 どうやら女の子らしい。


「カイル様、今の動きはお見事でした! ですけれど、この人はまだ何もしていないわけで、どうしましょう?」


「うーん」


 言われてみればそうだ。

 前科みたいなのはあるかもしれないが、見た所まだ子供だよなあ。

 彼女は俺達の相談を聞いて、ハッとして飛び起きる。

 そして、


「す、すまねえ! おれ、まだなんもしてないから! 心を入れ替えるからさ! お願い! 見逃して!!」


 手を組み合わせて、俺を拝むようにする。

 必死だ。

 参ったな。

 俺、こういうのに弱いんだよね。


「どうしよう」


 助けを求めて、二人の英雄姫を見た。


「すりは手を切り落とすのが、聖王国での決まりです」


 冷徹に言い放つセシリア。

 すりの少女は真っ青になった。


「ひ、ひええ」


「セシリア、それはさすがに……!!」


「……でも、彼女は私達の前では何もしていませんから。そうですね……。

ちょうど私達、この街に詳しい道案内が必要じゃありませんでしたか?」


「そうだねー。うちら、困ってるんだよなあ。誰か、ガイドをしてくれたら助かるし、見逃してあげるのもやぶさかじゃないんだけどなあ」


 セシリアに唱和する、わざとらしいエノアの弁。

 すりの少女は慌てて、両手を上げて叫んだ。


「はい! はい! おれ、あんた達のガイドする! するから、命だけは勘弁して! あと、兵士には突き出さないで!」


「おおー」


 俺は感心してしまい、間抜けな声を発した。

 丸く収まってしまったじゃないか。






 すりの少女は、マナと名乗った。

 手入れされてない黒髪はくしゃくしゃで、大変な有様だ。

 もともとは父親に連れられてこの都市国家に来たのだが、父はカジノで破産。

 国の外に追い出されてしまったのだそうだ。

 彼女は父とはぐれてから、ラスヴェールで犯罪まがいのことをしてどうにか暮らしてるんだとか。


「大変だったのですね……。それはそうと犯罪はいけません。手を切り落とされます」


「ひいいい」


 セシリアが、マナを怖がらせている。

 特に手を切り落とす所を真顔で話すので、本当に怖い。

 マナの境遇は不憫ふびんだが、それはそれとしてすりなんかされたら困る。

 俺のお財布が無くなったら、旅に支障が出てしまうからだ。


「マナ、君をガイドとして雇う代わりに、その間は変なことをしないこと。それから、すりの知り合いがいたら教えて。

すられないように気を付けるから」


「うん、わかった。兄ちゃん、ボーッとしてそうなのに、すっげえ身のこなしでおれのこと避けたもんな。

それにこっちの姉ちゃん怖いし。仲間が手を切り落とされたら大変だよ……」


 すすっとセシリアから離れるマナ。


「なぜ離れるのです」


「セシリアちゃんが怖いからでしょ? さ、行こ行こ」


 マナを先頭に、俺達は進み始めた。


「闘技場に行くんだろ? あんた達、身なりがいいけど、上級観客席に行くの?」


「上級?」


 耳慣れない事を言ってきた。

 マナが教えてくれる。


「上級ってのは、金がある連中が行くのさ。おれみたいな見すぼらしいのは入れないの。

で、もう一つは普通観客席。こっちは誰だって入れる。だから、おれの同業者だっていっぱいるのさ」


「へえ……。じゃあ、上級がいいかな。入場料高いのか。セシリア、大丈夫?」


「はい。軍資金にはかなり余裕がありますから」


 すると、マナが慌てた風になった。


「や、だからさ、おれが入れないって言ったじゃん!」


「その格好がいけないんでしょ?」


 マナの後ろに立つエノア。


「へ?」


「だったら、きれいにしちゃえばいいんじゃない? ね、セシリアちゃん」


「そうですね。マナ、こちらにいらっしゃい。水を買えるところがあるはずです」


 英雄姫二人で、マナを連れてどこかに行こうとする。


「あの、水だったら俺が魔法で……」


「カイル様! 女子の水浴びをご覧になるのはさすがにどうでしょう!」


「あ、そういうこと」


 納得した。

 悲鳴をあげるマナが連れて行かれ、小一時間。

 俺は闘技場の前で、揚げ菓子なんか食べつつまっている。

 すると、向こうからセシリアとエノアがやって来た。

 二人に両腕をつかまれて、ぐったりしながら引きずられてくる少女がいる。

 マナか。


 ぼさぼさだった黒髪は整えられて、きらきらしている。

 着古されていた服も、質素だけど清潔な印象の白いワンピースになっていた。

 これなら、上級観客席に行っても浮かないに違いない。


「ういー……。めちゃめちゃに体を洗われちまった……。なんかちくちくするぅ」


「聞いてくださいカイル様! この娘、もう一年以上体を洗ってなかったっていうんです! そんなの病気になってしまいますよ!」


「ならないって! たまに井戸水で体拭いてたから! それをあんな、がっしがっし洗いやがってー! いてて」


「セシリアちゃん、燃えてたねー。マナちゃん、驚くほどきれいになったからねえ。どう? どう? カイルくん」


「うん、めちゃくちゃキレイになったね」


「な、なんだとぉ!」


 呻くマナ。

 ハッとするセシリア。

 ……勘違いしてないか!?

 違うぞ、そんな意味じゃない。


「ふ、ふん! まあいいや。行くぜ。上級観客席は、親父がまだいた頃に何度か入ったことがあるんだよ。

ついて来な!」


 お上品なワンピースを着ているのに、大股で歩いていくマナ。


「マナ! そのような歩き方ではいけません! ワンピースはこのように、股を閉じてですね……」


 セシリアがまるでお姉さんみたいだ。

 ニヤニヤしていたら、ハッと思い出した。


「いかんいかん。ブログをチェックしないと……」


 スマホを起動する。

 おお、来てる来てる。

 英雄姫ナディアのブログの更新!

 いや、正しくは更新じゃないか。


“ 闘技場にやって参りました。”

“ 今回は、この上級観客席を利用してみます。”

“ というのも、理由があるのです。”

“ 温泉都市ゴーラムではダンタリオン。”

“ そしてこの享楽都市ラスヴェールは、異なる悪魔が根城としています。”

“ その悪魔が、上級観客席に現れることがあるという情報を、わたくしは掴みました。”


 なんだと……!?


“ その名は、悪魔アンドロマリウス。”

“ 宝を奪い、分け与えるという名前のある悪魔です。”


 ダンタリオンだけじゃないのか。

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