第41話 さらば愛しきラクダたち

 さあ、ラスヴェールに入国だ。

 ラクダを連れて歩きながら、この都市国家での予定を確認する。


「まず、俺達はこの国を歩き回り、英雄姫ナディアの手がかりを探す。

彼女が観光を楽しんだ場所や、感銘を受けた場所ではブログが出現する。これが手がかりになるだろう」


「はい! どこに行きましょうか。私、ラスヴェールでの観光、ちょっと楽しみにしていたんです」


 ウキウキのセシリア。

 最前線である国々から離れて、彼女はずいぶん楽しそうだ。

 これが本来のセシリアなのかな。


「じゃあちょっと待ってて。うち、この辺り走り回って観光案内探してくるから。

こういう、遊ぶための国っていうのは見るところばっかりで、ノープランで行ったらめちゃめちゃ時間がかかるからね。

お金ももったいないでしょ」


「軍資金ならたっぷりとあるのですけど」


「あるのは分かるけど、もったいないでしょー! ってことで、二人でお店を冷やかしてて。無駄遣いはだめよ?

文無しになったら、朝の連中みたいに追い出されちゃう」


 エノアはおどけた風に言うと、そのままどこかへ走って行ってしまった。

 観光案内なら、スマホで検索すればいいのに。

 俺とセシリアで取り残された。

 いや、正確にはラクダもいるけど。


「どうしようか」


「どうしましょうか」


 同時に話してしまって、顔を見合わせる。

 ちょっと笑った。


「ラクダ……売りに行こうか」


 そういうことになった。






「おおおお……、ラクダ、ラクダぁ……! 名前は付けてなかったけど、お前達ともお別れなんだなあ……」


 馬商人のところで、商談はまとまった。

 ラクダと引き換えに、少額で馬を買えることになる。

 それはこの街を発つ時に受け取っていこう。

 だが、いざ別れるとなると寂しいものだ。

 俺はラクダの首に抱きついて、毛むくじゃらな体をわしわしと撫で回す。

 ラクダは二頭とも、べえべえと低く鳴き、俺をべろべろと舐めた。


「うっ、カイル様、くさいです」


「いいんだ! こいつらとはもう最後なんだから……!!」


 というわけで、俺はラクダ達との別れを惜しんだ。


『ラクダをデータ化することで、ストレージに保存しておけますが』


「マジで!? あ、いや! それはダメだ。ラクダが可愛そうだろう……」


 俺は、ヘルプ機能からの提案を却下した。

 べえべえ、とラクダが鳴く。


「懐いてますなあ。よほどラクダは可愛がられたんでしょうなあ」


 馬商人が感心している。

 そうだ。

 ラクダとは、最初の国を旅立ってからずっと一緒だったのだ。

 最初はでかくて怖かったので、あまり正面に立たないようにしていた。

 だが、ずっと付き合っていれば愛着が湧いてくるもんだ。

 ものの名前を考えるのが死ぬほど苦手で、命名こそしていないが、こいつらは間違いなく、俺の大事な仲間だった。

 さらば……。

 さらばだ、ラクダ二頭……!!


 ラクダに舐められた臭いは、消臭の魔法を使って消した。







「あれ? カイルくん目が赤い」


「なんでもない……」


 男はぐっと涙をこらえるものなのだ。


「ねえ、セシリアちゃん?」


「ラクダと別れたのが悲しかったみたいです。カイル様。ラクダ達は新しい主人に出会って、新しい仕事を与えられるんです。

彼らとはこれでお別れですけれど、この世界のどこかに彼らは必ずいるんですから」


「うっ……。セシリア、いいこと言うなあ。そうだよな。ラクダは世界のどこかにいるんだ」


 俺は気を取り直した。


『理解できません』


 うるさいよヘルプ機能。

 こいつ、自分の意思があるんじゃないか……?

 最近、平気で会話に加わってくるぞ。

 俺がスマホを睨みつけていると、エノアが何かを差し出してきた。


「ほいっ、これ観光案内」


 それは、分厚くてごわごわした紙に、模様のようなものが記されたものだった。

 受け取ってみると、不思議な手触りなのだ。


『羊皮紙です』


「これが」


「カイル様、この声、聞かれてもいないのに答えましたよ。最近喋りすぎじゃないですか」


「セシリアちゃん落ち着いて」


 どうどう、とエノアがなだめる。

 しかし、羊皮紙か。

 これが噂に聞く……!

 初めて見るなあ。

 描かれている模様は、どうやら地図みたいだ。

 この世界の文字で、案内が書かれている。

 俺は本来ならこの文字が読めないのだが、スマホの翻訳機能がこの体に影響しているらしく、理解できる。


「どれどれ……。中央の大通りから、西側がカジノエリア、東側が闘技場エリア、か。

案外、娯楽の種類が少ないんだな……」


「ええ……? 買い物に、遊技場に、闘技場でしょう? すごい数の娯楽じゃないですか!」


 セシリアが不思議そうな顔をする。

 ああ、そうか。

 今まで立ち寄った街では、娯楽なんてものはほとんど無かった。

 せいぜいが、温泉に飲み食いくらいだろうか。

 温泉以外に目立つものがないゴーラムだが、あんなにも繁盛していたものなあ。


「まあまあ、カイルくん! 遊んでみたら気持ちも変わるかもよ? ほら、楽しまなきゃ損なんだから!」


「待ってエノア。観光目的じゃない。英雄姫を見つけて、それで悪魔を探し出してね?」


「分かってるよぉー!」


「あっ、二人ともずるいです! 私も混ぜてください!!」


 俺達の間に、セシリアが無理やり割って入ってきた。

 さて、まずはどこに行こう。

 二人の英雄姫は、俺が手にした地図を覗き込んでいる。

 右側に二人とも固まっているので、ぎゅうぎゅうと俺に体を押し付けてくる。

 柔らかかったりいい匂いだったりで、大変精神衛生上良い……じゃない。

 とにかく。


「闘技場からにしようか」


「闘技場、ですか」


「いいんじゃない?」


 女子二人、そんなに乗り気じゃないみたいだ。


「二人とも、こういう戦い系のは好きじゃない?」


「好きじゃないと言うか……」


 セシリアとエノアが顔を見合わせる。


「うちらが普段やってる戦いの方が、もっと派手だよ? それに戦うのは割とお腹いっぱいっていうか」


「ええ……。じゃあ、カジノにする?」


「いえ! 私はカイル様の行きたいところがいいと思います!」


「あっ、セシリアちゃん裏切ったな!?」


「私はいつもカイル様の味方ですから」


「くうーっ、恋する乙女めえ」


「こ、こ、こ、恋してません!!」


 どさくさに紛れてとんでもない話をぶっこんできたな!?

 いや、恋してないって断言されると悲しいものが……。

 いやいや、落ち着け、落ち着け俺よ。

 俺は無心になってスマホをいじった。

 地図と、地図アプリの通路を照らし合わせる。


「ま、行こっか、二人とも」


 今は目的地をめがけて歩くだけだ。


「……ねえセシリアちゃん。カイルくんちょっと凹んでるみたいだよ? 恋してないはまずかったんじゃないかなー」


「そ、そ、そんな恥ずかしいこと、こんな往来で言えませんっ」

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