第40話 金のない奴は出て行けなのだ

 享楽都市ラスヴェールは、不夜城とも呼ばれているらしい。

 砂漠の中心に突然生まれた輝く都市は、その異名を実感させてくれる。


「異常に明るいな……! なんで、いきなりラスヴェールが見えるようになったんだ?」


「はい、驚きました……」


『説明しましょう』


「わっ、また」


 出しゃばってきたヘルプ機能に、エノアが呆れて半笑いになる。


『ラスヴェールには、ライトアップ期間があります。本日はちょうど、その期間に当たるのです。夕刻から消灯し、日が落ちた刻限から一斉に魔法の灯りを照らします』


「ははあ、なるほどなあ……」


 どういう意図があってそう言うことをするのかはよく分からないが、俺達はそんな時に偶然居合わせたらしい。

 だから、夕暮れ時は目立たなかったのか。


「せっかくラスヴェールまで到着できたんだから、今日の内に入国してみたいよな」


「そうですねえ。私は、今日一日くらい野宿でもいいんですけど」


「うちらは平気だから無理しないでねー」


「英雄姫はたくましいなあ……」


 ラスヴェールの門へと近づいていく。

 門番らしき姿はない。


「あのー、すみませーん」


 扉をコンコンとノックしてみる。

 音が響くな、これ。

 扉の向こうには、人の気配がない。

 兵士が常に詰めてるわけじゃないのか?


「すみませーん」


 さらに何度かノックをしてみる。

 すると、奥からバタバタと走ってくる足音。

 扉の一部が開いた。


「はぁ、はぁ……。どなた?」


 明らかに慌てて走ってきたらしき兵士の姿がある。


「あのー、今から入国したりできます?」


「今から!? いやいや、もう夜も遅いだろ。今日は外で野宿して。門番も店じまいだから」


 そう言って、兵士はピシャリと扉を閉じた。

 いや、閉じようとした。

 そこに、セシリアの槍が容赦なく挟み込まれる。


「カイル様がこう仰ってるんですから入れてくれたっていいじゃないですか!

私、せっかく気を使って開門って発してないんですから!」


「ひ、ひぃー」


 兵士が悲鳴を上げた。

 いけない、セシリアがいきなりヒートアップしたぞ。


「待ってくれセシリア。門番も、今日の仕事が終わってこれからオフの予定だったのかもしれないだろ。

俺だってバイトはしたことないけど、なんかバイト時間が終わってるのに客が来るのがうざいって言ってる話とか聞いたことあるし」


「むう……カイル様がそうおっしゃるなら、無礼な兵士は許すことにします」


 しぶしぶ槍を引き抜くセシリア。

 兵士は青い顔をしながら、慌てて扉を閉じた。

 さて、晴れて野宿だ。

 畳んで持ってきたテントを、ラスヴェールの門前に展開する。


「カイル様、今日は幕で男女を分けないで、一緒に寝ましょうよう」


「だめっ!! 俺、自分の理性に自信がないから!」


 そもそも、異性と付き合ったことも無いのだが、俺だって男だ。

 何があるか分からないのだ。

 結局今日も、テントの中に幕を引いて休むことになった。

 セシリアの足止めは、エノアにかかっている。

 頼むぞエノア……!!


「さて……と。寝る前にブログをチェックしないとな」


“ 享楽都市ラスヴェール。”

“ 世界的に有名な、娯楽に満ちた都市国家です。”

“ わたくし、ここを訪れるのは五度目。”

“ 都市国家群の要衝にあるので、よく通過するのですよね。”

“ では、行ってみましょう。”

“ 入り口からは、一直線に大通りが続いています。”

“ これは西側入り口から東側入口まで、ラスヴェールを一直線に貫いているのです。”

“ 立ち並ぶ商店の数々は、お土産、食べ歩き、休憩、様々なニーズに応えます。”

“ ここでお金を使い切ってしまわないよう、気をつけましょう。”


「本当に観光ガイドだな……。英雄姫ナディア、一体どういう人間なんだ……!」


 彼女のブログを読んでいると、ナディアが道楽で旅をしていたのか、何か使命感を持っていたのか分からなくなる。

 戦えない英雄姫と呼ばれ、人々から疎まれたらしいナディア。

 彼女は何を思い、旅をしていたのだろう。

 何をしようとしていたのだろうか。

 英雄姫ナディアに思いをはせる内に、俺はいつの間にか眠ってしまっていた。







 夜明け頃に、揺さぶられて目を覚ました。

 砂漠の明け方はとびきり寒い。


「うー、寒い寒い」


「カイルくんも意地張ってないで、こっち来てくっついて寝ればいいのに」


 俺を起こしたエノアはそう言う。


「セシリアちゃんは大歓迎だし、うちだって君は恩人だもの。何したっていいんだよ?」


「そこはまだ抵抗があってね……!」


「お堅いなあー。ま、そういうところが君のいいところかも知れないけどね」


 エノアは、俺の頭をぽんぽんと叩いて外に出ていった。


「なんだろうなあ……。この世界、悪魔に襲われてて危ない所なんじゃないのか? どうも危機感がないような気がするんだよなあ」


 既にセシリアの姿は無い。

 先に外にいるようだ。

 俺もまた、彼女達の後を追った。

 テントから出ると、そこは明け方の世界。

 今まさに、地平線から太陽が顔を出すところだった。

 ラスヴェールは明け方も、城壁の向こうから強い輝きを放っている。

 この都市国家は、一晩中動き続けるのだ。

 眠らない都というわけだ。


「カイル様、おはようございます! よく眠れましたか?」


「ああ。割と頭はスッキリしてる。なんだろう、この世界に来てから、めちゃめちゃ寝覚が良くなった気がする」


「私も、カイル様と出会ってから、寝起きがスッキリするようになりましたよ。どうしてでしょうね?」


 本当にどうしてだろう。

 セシリアを“ブレイブグラム”でフォローしたことで、何か俺達に変化があったのかも知れない。


「そう言えば、うちもめちゃめちゃ頭がすっきりしてるの。なんだろうなあ……。寝た時間は多くないんだけど、明らかにその何倍も寝たような……」


 もしかして、俺達が“ブレイブグラム”で繋がると、コンピューターの並列処理みたなことが起こるのだったりして。


「しかし、寒いなあ。なんでこんな時間に起こしたんだ?」


「はい。実はこの時間から、ラスヴェールの門が開くのです。

入国する者はいないのですが、出国する者がいたりするのだとか」


 セシリアの言う通り、目の前でラスヴェールの大きな門が開いていく。

 そして、そこから何人かの見すぼらしい男達が、兵士に蹴り出された。


「金のない者は去れ! 命があるだけありがたく思うんだな!」


「くそっ! ありゃイカサマだ! あの勝負、絶対俺が勝ってたんだ……!!」


「お前は負けたんだよ。それが全てだ。

金があればラスヴェールの客でいられただろうが、文無しは追い出せと国の法で決まってるんだ。

また稼いで、挑戦しに来るんだな」


「ちくしょう!! もう一回だ! もう一回やらせろ!」


「往生際が悪いぞ!!」


 すがりつく男達を、兵士は手にした棒で殴り倒した。

 かなり容赦の無い様子で、棒でがんがんと殴る。


「お、おいおい! 死んじまうだろ!」


 俺は慌てて止めに入った。


「止めるな。これはラスヴェールの法だ。金が無いものは国に滞在することあたわず。

こいつらは、無一文のくせにまた国に入ろうとしたんだ。それは許されん。

俺達はこいつらをこうして食い止める義務がある!」


「うむむ……!」


 棒で殴られて、男達はもう虫の息だ。

 セシリアもエノアも、これを見て難しい顔をする。


「これは……カイル様。彼らは望んで勝負を挑み、身を持ち崩したのです。

救うべき対象であるとは思いません」


「うちも同じ考えかな。そもそも、ラスヴェールがそういうところだって知って、この街の中で賭け事をやったんでしょ?」


「ドライだなあ……」


「英雄姫が守るべきは、善良な臣民と、自ら武器を手にして立ち上がった戦士達です。

己の欲望に飲まれた博徒などではありませんから」


 きっぱりとセシリアは言い切った。

 だけど、倒れている男達を見るのは辛いようで、意識して目を背けている。


「うーん……そうか。そうだよなあ。俺もああならないように気をつけなくちゃな」


 倒れた男達は袋に詰められ、荷馬車に乗せられる。

 これで適当なところまで走り、街道脇に捨てられるのだという。

 命までは取らない。

 運が良ければ再起できる。

 ラスヴェールの法はそう定めているらしい。

 厳しいが、ある意味では優しいのかも知れないな。

 こうして、強烈な第一印象とともに俺達は、享楽都市ラスヴェールへと入国したのだった。

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