4・享楽都市ラスヴェール

第39話 岩石砂漠を渡り

「じゃあな、カイルさん、英雄姫のお二人!」


 温泉都市ゴーラムを発つ時がやってきた。

 今回の見送りは、ハルートただひとり。

 色々と、今まで回った王国とは違うところだったな。

 何より、英雄姫があまり大事にされないというのがショッキングだった。

 そういう傾向は、これからも続くのかも知れないな。

 セシリアに言わせれば、それは「平和な証拠です!」みたいになるのか。


「ハルート、元気で! また食べに来るよ!」


「ケバブサンド美味しかったです!」


「次は山程食べるからね!!」


 口々に別れの言葉を告げて、俺達はラクダ馬車で旅立った。







「うーん……!! 温泉、良かったー。二百年前は、そんなでもないと思ってたんだけどねえ。

お湯に体を浸すってのもいいもんだねえ」


「はい。私も体を休めました。今ならいくらだって悪魔を倒せそうです!」


 うーん、セシリア脳筋。

 ま、俺としても彼女達と一緒に温泉に入れたのはラッキーだったかも知れない。

 勇者としての権限みたいなのを使えば、もっと強引に行けそうだとは思うが……。

 俺はそういうのは嫌いなのだ。

 草食系なんだ。


 べえべえ、とラクダが鳴く。

 ゆったりゆったり、ラクダ馬車は街道を進んでいく。

 ゴーラムの外は、下りになっている。

 振り返ると、温泉都市は山だったのだな、と気付く。

 ここ、火山があったんじゃないか。

 そして前方には見渡す限りの岩石砂漠。

 真っ赤な大地がどこまでも広がっている。


「赤い地面って、鉄分を含んでるからそういう色をしてるって聞いたことがあるな」


『風に乗り、鉄分を帯びた岩や砂が酸化しています』


 ヘルプ機能が追加で解説してくれる。

 この声を聴くと、ちょっとセシリアは不機嫌になる。

 慣れて欲しいなあ。


「セシリア、ヘルプ機能も悪気はないので」


『ありません』


「でも、なんか声が似てるって言われるのがいやなんです!!」


 人間、自分の声を聞くと嫌な気分になるって言うもんな。

 でも、どうにか慣れて欲しい……!

 俺、ヘルプ機能なしだと今後渡っていける気がしないし。


「まあまあセシリアちゃん。ものは考えようだよ?」


「考えようって、なんです?」


「あの声がセシリアちゃんに似てるなら、カイルくんをいつも励ましてるのはセシリアちゃんの声だってことになるでしょ」


「あっ!!」


 セシリアがハッとした顔になる。


「そうですよね! その通りです! その声が私の声っぽいのなら、カイル様にいつもアドバイスしてるのは私とも言えますよね……!」


 ポジティブシンキングだ。

 それで納得しちゃうんだな。

 可愛い。

 そしてエノア、ナイスフォロー。


 セシリアの、ヘルプ音声に対する問題が解決されたところで、俺達はのんびりと旅を続けた。

 なにしろ、時間制限があるわけでもない。

 追っているのは悪魔ダンタリオンだけど、あいつを倒すにはナディアの力が必要そうなのだ。

 だから、まずはラスヴェールに到着を目標に。

 次に、ナディアの捜索と“ブレイブグラム”を使ってフォロー。

 探すのはそんなに難しくない気がする。

 彼女、ブログを書いてるから、これを追っていけばいつかナディアにたどり着けるだろう。


 赤い岩石砂漠は風が強い。

 だが、ディアスポラに向かうときの砂漠ほど日差しは強くないので、昼に移動できる。

 夜は岩陰にテントを張って、風を避ける。

 短い草があちこちに生えていて、ラクダはこれを食べていた。

 こいつらとも、ラスヴェールに到着したらお別れだ。

 しんみりしながら、ラクダの首を撫でる俺。


「カイル様、ラクダがお好きなんですね」


 テントの中から、セシリアが出てきた。


「いやさ、最初はラクダなんて、でっかいし臭いし、ちょっと苦手意識があったんだけど慣れてみると可愛くなってきてさ」


「そうですか……。ラクダは賢い生き物です。カイル様の気持ちも、きっと伝わっていますよ」


 セシリアが言うと同時に、ラクダが長いまつげを揺らしつつ、俺をじーっと見た。

 べえー、と低い声で鳴く。


「お前ら、俺達をよく運んできてくれたなあ。後少しの付き合いだな」


 首をがしがしと撫でる。

 もう一頭のラクダも寄ってきて、俺に首をこすりつけた。

 うーん、可愛い奴らめ。

 さんざんラクダと触れ合ってからテントに戻ったら、エノアがササッと距離をとった。


「カイルくん、ラクダくさい」


 ひどい。





 どこまでも続くかと思われた、赤い岩石砂漠の道。

 朝日が登り、昼になり、そして日が暮れていく。

 地図アプリでは、ラスヴェールが見えてくるはずなんだが……。

 すっかり日が落ちてしまった。


「やれやれ。今日はこの辺でキャンプかな。でも、岩石砂漠はテントを固定しやすくていいよな」


 今夜もラクダをなでなでするとしよう。


「カイル様、今日もテントの中を幕で区切るんですか? 一緒に寝ましょうよう」


「セシリア、俺を誘惑するのはやめるんだ……!!」


「ええー……! だって、カイル様をお呼びしてから、全然ご一緒できないんですもの!

そもそもカイル様、何を警戒なさっているのですか!?」


「えっ、セシリア、それ君、しらばっくれてるの? それとも素……?」


「素だよ……」


 そっと囁くエノア。

 セシリア、恐ろしい子……!


 その日の夕食は、干し肉を使ってスープを作った。

 魔法によって水も火も呼び出せるから、楽なものだ。

 干し肉で出汁を取って、塩味をつけて、乾パンを砕いてとろみを付けて。


「塩分、炭水化物、タンパク質……!! 見事なまでに野菜が無いな!」


「ラクダみたいに草でも食べる?」


 エノアが冗談めかして言った。


「この草は……食えないってさ」


 鑑定アプリで念のために見てみたら、食えないと出た。


「もっと野菜とか、干した果物とか買ってきたほうが良かったでしょうか」


「そのへんも栄養は抜けちゃってるよ。ビタミンがほしいよな、ビタミン」


「びた?」


「みん?」


 ファンタジー世界の住人には馴染みのない言葉だったか。


「ヘルプ機能、スープにひと味加えてビタミンとか欲しいんだけど、何か無いか?」


『アカハダ砂漠トカゲの肉がビタミンを含んでいます』


「トカゲ……?」


「砂漠トカゲ! 知ってる! 任せてよ。あれ、美味しいんだよね」


「トカゲを食べるのですか!?」


 やる気になったエノアと、戸惑うセシリア。


「ちょっと来て、セシリアちゃん。多分ねえ、この辺にいるはずなんだよね。その槍でやってみて」


「いるって、何がですか?」


 言われながらも、槍を振りかぶるセシリア。


「はい、突き」


「はいっ!!」


 砂漠の岩石が砕け、飛び散る。

 吹き上がる真っ赤な土砂。


「取れたぁ!」


「へ……?」


 セシリアの槍には、腹を貫かれたそこそこの大きさの真っ赤なトカゲ。

 これを……料理するのか?


『クックアプリから、適当な調理方法をピックアップします』


「お、サンキュー!」


 ヘルプ機能、至れり尽くせりだ。

 スマホから刃を生やして、さばく。

 ええと、この血は抜いて、肉を炒める、と。

 熱を加えても壊れにくいビタミンなのか。


「お肉が増えましたね!」


 嬉しそうなセシリアの声。

 さあ、スープの完成だ。


「いただきます」


「いただきま?」


 セシリアがたどたどしい口調で、俺の真似をする。

 エノアがそれを見て、くすくす笑った。

 そして次の瞬間だ。

 エノアの目が、大きく見開かれた。


「あれ、あれって、ちょっと!」


「うん? どうしたんだエノア」


「二人とも後ろ、後ろ見て! 今ね、何もないところに、いきなり灯りが生まれたの!」


 振り返って、俺も驚いた。

 そこには、ついさっきまで存在しなかったはずのものが見えたからだ。

 米粒ほどの大きさだが……まばゆく輝く、それは明らかに都市。

 砂漠の真ん中に、夜を照らし出すほど明るい街が出現したのだ。


『享楽都市ラスヴェール。全ての娯楽と快楽と退廃が集まると言われる、地上の楽園にして地獄。次の目的地です』

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