第44話 アンドロマリウス

 マンティコアは俺をいたぶろうと、前足を振り上げた。

 一見して、俺は武器を持っていない。

 舐めてかかっているんだ。


「剣を展開!」


 その考えは間違っていたと思い知らせてやるぞ。

 スマホの端子部から、光の剣が伸びる。

 これを使って、マンティコアの攻撃を切り裂いた。


『オオオッ!?』


 モンスターが一声叫んで、慌てて足を跳ね上げた。

 俺が握る光の剣と、切り裂かれた自分の足を見比べている。

 その老人に似た顔が、徐々に怒りに染まり始めた。


『アアアアガアアアアッ!!』


「ダメージを受けたのは今が初めてか? 人間には爪も牙もないが、武器があるんだ!」


 怒りに燃える目で俺を睨むマンティコア。

 奴はサソリのようになった尻尾を高くかざす。

 そして、猛烈な速度で俺めがけて突いてきた。


「なんの!」


 剣で受け流しながら、後退してかわす俺。

 マンティコアの尾は、まるで鋭い槍だ。

 次々に打ち込まれてくるこれを、俺は次々に受け流す。


 観客席からは歓声が上がった。

 マンティコアと、一対一でこれだけやり合えるのが珍しいのかも知れない。

 だけど俺はそれどころじゃないぞ。

 


「ヘルプ機能、そろそろ動きとか見切ってきたんじゃないか!?」


『分析を完了しました。勇者カイルへとフィードバックします』


 スマホが応答した直後、俺の体に熱のようなものが流れ込んできた。

 よし、マンティコアの動きが見える。

 奴は俺めがけて、また槍を繰り出してきた。

 こいつをギリギリで回避する俺。

 そして、伸び切った瞬間にサソリの尾を叩き切った。


 飛び散る毒液。

 マンティコアが甲高い絶叫を上げながら仰け反った。

 その懐に飛び込む俺。


「とどめだ!」


 飛翔魔法を使って飛び上がり、すれ違いざまにマンティコアの首筋を深く切り裂く。

 光の剣は、切ろうと思うと凄まじい切れ味を発揮する。


 マンティコアは血をしぶかせながらまた叫び、めちゃくちゃに腕を振り回した。

 その口がパクパク言っている。

 もしかして、こいつは本当は魔法を使うのだろうか。

 だとしたら、首筋を切り裂いて詠唱できなくしたのは正解なのかもしれない。


 俺はモンスターの上に乗り、スマホを両手で握った。

 力いっぱい振り下ろす。

 剣はマンティコアの脳天に突き刺さり、ぐんと刃を伸ばして顎の下まで貫いた。

 それで、マンティコアは動くのをやめた。


 巨体が闘技場に、ずずん、と崩れ落ちる。

 一瞬静まり返る会場。

 そして、観客が一斉にわーっと盛り上がった。

 スタンディングオベーションというやつだ。


「全く、勝手なやつらだ」


 俺はあんまり嬉しくなかった。

 他人の処刑を楽しんでいるやつらだ。

 そんなのに、褒められたくはないな。


「大丈夫か、二人とも!」


 真っ先に声をかけたのは、闘技場の隅に逃げていたおじさん達だった。


「あ、ああ! あんた……いや、あなた、すごいですね!!」


「すげえ……本当にマンティコアをやっつけちまった。おとぎ話の勇者様みたいだぜ……!」


 まさか、その勇者その人ですとは言えない……かな?


「まあ、色々なやつと戦ってきたんで。さて、これで終わりかな?」


 闘技場には、マンティコアの死体以外に何もない。

 どうやって、終わりを告げるんだろう。


「カイル様ー!!」


「カイルくーん!」


「うわ、わわーっ!」


 セシリアとエノアが観客席から飛び降りてきた。

 セシリアの小脇には、マナが抱えられている。


「なんでおれまでー!」


「マナ、一人でいたら危ないでしょう? あなたのような可愛い女の子、悪い人にさらわれるかもしれませんから!」


「えっ、可愛い!? おれが!?」


 おっ、マナが赤くなった。

 そして大人しくなる。


「カイルくん、セシリアちゃんったらね。ずっとカイルくんのことを心配しててさー。

自分が呼び出した勇者なんだし、黒貴族を二人もやっつけてる人がモンスターごときにやられるわけないのにね」


「エッ、エノアッ!」


 今度はセシリアが赤くなった。


 観客席はしばらくの間、どよめいていた。

 飛び入りでやって来た俺が、よほど衝撃だったらしい。

 中には、次のモンスターと戦わせろと叫ぶやつまでいる。

 とんでもないことを言うなあ。


 するとここで、パチパチと乾いた拍手が響き渡った。

 人々がざわめいている中なのに、異常に耳に響いてくる。


 音の方向は……上級観客席。

 その中心が大きく空いていて、一人の男が立っていた。

 礼服を身につけた、白髪の男だ。


「素晴らしい戦いだった! 我が闘技場に、また名勝負の記憶が刻まれたというわけだ! 

ありがとう、少年。いや、勇者カイル」


 そいつが、俺の名を呼んだ。

 この都市国家に来てから、まだ誰にも名乗っていないはずだ。

 つまり、それを言い当てるということはこいつは。


 スマホのカメラで、その男を見る。 

 鑑定アプリを起動しながら、拡大した。


『悪魔アンドロマリウス』


 いた。

 この都市国家に巣食う悪魔だ。

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