第38話 ゴーラムを発つ前に

 アースドラゴンの吐息亭までやって来ると、そこで見覚えのある男に再会した。

 ハルートだ。


「やあ、カイル!」


「ハルート! 怪我もちょっと良くなった?」


「ああ。表面を擦りむいただけなんだがな。でも聞いてくれよカイル。

俺の店なんだがな、商工会の連中が急に優しくなって、表に出せることになったんだ」


「へえ、それはおめでとう!」


 ハルートの店のケバブサンドは絶品だ。

 美味しいものがちゃんと評価されるようになるんだな。

 嬉しいぞ。


「しかし……本当にどうして商工会からの圧力が無くなったんだろうなあ……」


「不思議だね」


 俺はあいまいに笑った。

 エノアが知らんぷりをする。

 セシリアは首を傾げてるけれど、あれは本当に覚えてない顔だ。

 彼女、割とポンコツだよな。


「これから、ゴーラムは変わっていくぞ。俺みたいな新しい世代が表で店を出せるようになる!」


「ああ、美味い店が増えたら、俺達も嬉しいもんな。がんばってくれ!」


 ハルートと、がっちり握手を交わす。

 この都市は、きっと変わっていくに違いない。


「……ところで、ハルートはどうしてここに?」


「俺も温泉に入ろうと思って」


 なるほど、同じ目的だったか。

 ということで、俺とハルートは男湯に向かうのだ……。

 がしっと、腕をつかまれる。


「……あの、セシリアさん?」


「カイル様は一緒に入るんです」


「そうそう。なんかお話するにしても、うちらも仲間に入れてよ」


「そ……そりゃあ喜んでそうさせてもらうぜ」


 ハルートの顔が、だらしなく緩んだ。

 美少女二人だもんな。






「この温泉も服を着て入るんだな。だけど、こう……」


 湯けむりまんぷく亭と比べると、服の布地が少なくない?


「おっ、いいねいいねえ、これ! うち、これくらい動きやすいほうが好き!」


 エノアが満足そうに頷き、温泉へ駆け出していく。

 ビキニ+パレオ、という見た目。

 男は前の開いた袖なしの上着に、やっぱりパレオみたいな服装だ。


「待って、エノア! もう……。カイル様をおいてけぼりにして。行きましょう、カイル様?」


 こちらに手を伸ばすセシリア。

 俺の目は、彼女に釘付けになる。

 張り出した胸元。

 きゅっとくびれた腰に、再びボリュームのあるお尻。

 やばい。


「カイル様?」


 やばい。

 これ、裸よりもエロいかもしれない。

 俺には刺激が強すぎる。


「あ、ああ」


 言われるまま、セシリアに手を引かれた。

 羨ましそうにハルートが見てくる。


「カイル、どこでこんな美人二人も見つけたんだよ……」


「ま、まあ、ちょっとな」


「私は英雄姫です。英雄姫たるもの、生涯に一度だけ勇者の召喚が可能なのです。

私が異世界より召喚した勇者様こそ、こちらにおわすカイル様なのです!」


「なんと……!!」


 うわ、ハルートが俺を見る目が変わった!


「それは、なるほどなあ。カイルとセシリアさんが親しいのもうなずけるって話だぜ」


「納得するのかよー……!」


「おいこらー!! そこ三人、いつまで来ないのー!! うち一人だけ温泉入っててもつまんないでしょー!」


 エノアが凄い勢いで戻ってきた。

 彼女はセシリアと俺の手を取ると、ぐいぐい引っ張っていく。


「話があるなら温泉で! じきにゴーラムを離れるでしょ? なら、今は温泉を楽しむ!」


「は、はい」


 押されているセシリア。

 俺は流されるままだ。

 そして入浴。

 炭酸泉は、泡が吹き出している温泉。

 自然のジェットバスみたいなものかもしれない。

 ぷちぷちと肌に弾ける泡が気持ちいい。


「ゴーラムを離れるのか? これからこの都市は変わっていくってのに、残念だなあ」


 ハルートは俺と並んで、温泉に腰まで浸かっている。

 セシリアとエノアは、奥の深いところまで行き、肩から下を温泉に浸していた。


「でも、カイルは勇者だもんな。っていうか話を聞けば、黒貴族を二匹も倒してるのか? 

それって凄いことなんじゃないか。今までの英雄姫の物語でも、聞いたことがないぞ」


「そ、そうか?」


「いや、それ以上にどうして英雄姫が二人いるんだ?

英雄姫は一つの時代に一人ってのは、“ガーデン”に暮らす誰もが知っている法則だ。

英雄姫エノアって、確か大昔の英雄姫じゃなかったか?」


「俺が復活させたんだよ」


「復活……」


 信じられない、という顔のハルート。

 無理もない。

 俺自身、既に死んでいるはずのエノアを復活されられたことに驚いているのだ。

 実際は、“ブレイブグラム”でエノアをフォローしたことで、彼女の魂をスマホに繋ぎ止めている状態のようだ。

 そしてスマホが、魔法的な力でエノアに仮初かりそめの肉体を与えている。


「何というか、カイルって凄いんじゃないのか……? 何もかも、初めて聞く話ばかりだぞ。

黒貴族を二人倒すにしろ、英雄姫を二人仲間にするにしろ……。

ということは、次は別の黒貴族を倒しに行くんだな?」


「ま、そういうことだな。黒貴族の一人とは会話したんだけど、あれは人間とは相容れない存在だ。危険過ぎる」


「そうか……! だけど、よく怖くないな……。俺はこの間、世話役だったやつがごろつきを差し向けてきただろ。

あれだけで、足が震えるほど怖くてさ。しかも奴らの中身は、悪魔だったんだろ!?

怖くない方がどうかしてる! それをカイルは、あんなにあっさりと……」


「怖くは……無いな。不思議だけど」


 どうしてだろう?

 俺は現実世界で、そこまで怖いもの無しの奴だったっけ?

 ごく普通の高校生だったと思うけれど。

 だが、この世界“ガーデン”に降り立った俺は、いきなり黒貴族アスモデウスと戦うことになり、これを冷静に打ち破った。

 続くアスタロトとの戦いもそうだ。

 恐怖より先に、怒りや戦意が湧いてきた。


「……もしかして、これはお前の仕業か、ヘルプ機能」


『お答えします』


「うわっ、なんだ今の声!? セシリアさんの!?」


 ハルートが驚いてきょろきょろしている。

 これは、俺が風呂まで持ち込んだスマホのものだ。


「やっぱりセシリアの声に聞こえる? だよねえ。セシリアに似てるよねえ」


「違うのか……!」


『ヘルプ機能です。勇者カイルは戦いにおいて、恐怖を感じることはありません。恐怖とは悪魔が利用する感情です。当スマートフォンはアンチフィアを基本機能として有しています』


 このスマホが、俺の恐怖を殺していたってわけか。

 お陰で、俺は何も恐れることなく、悪魔と戦うことができる。


「カイル様、またその声を聞いてるんですか? 絶対それ、私に似てませんからね!」


「いやいや! セシリアちゃんそのものだって! なんで似せてるのか分からないけど、そっくりだよ!」


「似てません! にーてーまーせーんっ!!」


 またいつものやり取りだ。

 いつの間にか近くにいて、わいわいと騒ぎ出した彼女達をよそに、俺はハルートに伝えた。


「これから、俺達は享楽都市ラスヴェールに行くんだ」


「ラスヴェールにか。そうかあ。あそこは、楽しいところだが危険な街だぞ。気をつけてくれよ」


「ああ」


 がっしりと、再びハルートと握手を交わす俺なのだった。

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