第37話 あと一日だけ休暇

 次の街に行かねば……とは思うものの、英雄姫としての力を示したセシリアとエノアを、ゴーラムという都市は放っておいてくれない。

 都市国家のお偉いさんが開催するパーティみたいなのに呼ばれたり。

 あれは思い返すだけで頭痛がしてくる話だった。





「ほうほう! この娘達が、噂の英雄姫ですかな!」


「ははあ、こりゃあ美しい! 高級娼婦の中にも、これほどの上玉はいませんよ!」


「……なんだ、このおっさん達は」


 俺はちょっと戸惑う。

 ここは、ゴーラム最大のレストラン。

 今は貸し切りになっており、温泉都市を統治する商工会の幹部連中が集っていた。

 俺達は、その集まりに呼ばれたのである。

 いや、正確には、セシリアとエノアだけが呼ばれた。

 俺は無視だと。

 だが、誰がうちの英雄姫を意味の分からないパーティにやるものか。

 俺はな、現実世界でエッチな作品を探しているうちに、寝取られものを見てしまって心に傷を負ったことがあるのだ。

 おっさんたちが可愛い女の子を囲むなんて、嫌なフラグしか思いつかない。


 ということで、俺は勝手に来た。


「おい! 招待されてない者が入るな!!」


 商工会に仕えてるらしき兵士が、俺を外につまみ出そうとする。


「いやいや、そっちこそ、うちの大事な英雄姫を勝手に招待するなよ! いや、ご飯を食べには来たけどさ」


 兵士達が集まってきた。

 ガムみたいなのをくちゃくちゃ噛みながら、俺を見下ろしてくる。


「お前さ、お呼びじゃないわけ。分かる? うちの旦那がたは、綺麗どころだけが欲しいのよ。お前、なんなんだ?」


「勇者カイルだ」


「勇者ぁ? はっ! お前みたいなひょろひょろがか!」


「引っ込め、ひょろひょろ!」


 一人が、ガムみたいなのを俺めがけてプッと吐く。

 馬鹿め。

 既に魔法を発動済みだ。


矢の反射ミサイルプロテクトを発動します』


 俺に向かって吐かれたガムが反射され、その男の顔面に正確に戻っていく。


「グエーッ! ガムが顔に!!」


「こいつ、逆らう気か!」


 何言ってるんだこいつら?


「お前ら、ガムを俺に吐きかけておいて、返されたら逆ギレか! いいだろう、やってやるよ」


 流石に温厚な俺だって怒る。

 ここの兵士達、あまりにも無礼すぎるぞ!!

 しかし、俺がこれだけの目に遭っているのに、セシリアが黙っているとは珍しい……。


「お尻を触らないで下さい!!」


 セシリアの怒声とともに、肉がひしゃげる音が響き割った。


「ぶひぃぃぃ!?」


 窓をぶち抜いて、商工会のおっさんが吹き飛ばされていく。


「なんですかあなた達は!!」


「ほげぇぇぇっ!?」


 屋根をぶち抜いて、商工会のおっさんが吹き飛ばされていく。

 兵士達が慌てて振り返ると、そこは戦場だった。

 セシリア大暴れ。


「ちょ、ちょっと待てお前!」


 兵士がセシリアを止めに向かう。


「むきー!!」


 だが、セシリアは怒り心頭。

 金色の瞳が赤みを帯びて、まるで燃え上がっているかのようだ。

 怒ってる。

 めちゃめちゃ怒ってるわ。


「いいぞセシリア、もっとやれ! ……なんであんなに怒ってるんだ?」


「あのね、あのおじさん達、うちらにお酌をさせようとしたり、お尻とか胸を触ろうとしてきたりね」


「げっ、最低じゃないか!? よし、セシリア、加勢するぞ!」


 俺も腕まくりして、乱闘に飛び込んでいった。

 主に理力の壁を発生させて、これで兵士や商工会のおっさん達を弾き飛ばしたり。


「うわーっ!? お、お前! このわしにこんな事をしてただで済むとは……!」


「こっちは悪魔や黒貴族をやっつけてるんだ! 今さら都市国家の商工会が怖いわけないだろ!」


「そうです! カイル様の言うとおりです!!」


 俺が弾いたおっさん達を、セシリアが槍で打ち返す。

 エノアは巻き込まれないように、部屋の隅っこに移動して一人で料理をパクパク食べている。


「ほいセシリア、そっち行った」


「はい! どうぞ!」


 俺が弾き飛ばしたのを、セシリアが打ち返し、それをまた弾いて……。

 レストランは大変な有様になってしまった。


 ……とまあ、色々あった。

 ゴーラムのお偉いさん達を物理的に血祭りにあげた俺達は、お陰でパーティのお誘いがピタッと来なくなった。


「私は納得出来ないのですけれど!!」


 旅の準備中。

 今日も、セシリアが怒っている。


「どうしたんだ、セシリア?」


「私達をパーティに呼ぶのはいいんです! ですけど、どうしてカイル様が呼ばれないんですか!?」


「いや、俺勝手に行ったけどな? 

あと、勇者って、英雄姫に比べるとマイナーっぽいし、俺って華が無いからなあ」


「あー、確かにカイルくんって地味めだよね」


 正直に物を言うエノア。

 ちょっとぐさっと来ます。


「エノア、言い過ぎです!! 地味じゃなくて、カイル様はシンプルなお顔をしてるんです!」


 うっ、またぐさっと来た。

 ダメージを受ける俺をよそに、英雄姫二人は俺の顔談義で盛り上がりつつ、準備を進めていく。

 準備というのは、旅のための資材を買い込むこと。

 食べ物に、衣類、消耗品色々。

 ラクダの餌も必要だよな。

 ……というか、都市国家群は途中から、ラクダに適さない気候になるんだよな。

 ラスヴェールで、こいつらラクダともお別れか。


 ラクダの首をもりもり撫でると、奴らはべえべえと野太い声で鳴いた。

 すっかり懐いた気がする。

 可愛いもんじゃないか、ラクダ。

 俺がラクダとともに心の傷を癒やしていると、旅の準備は一通り終わったらしい。

 

「お待たせしましたカイル様! これでいつでも旅立てます!」


「どうする? すぐ行っちゃう?」


「お疲れ様。あと一日だけ休んで行こうか。温泉の入り納めをしておきたい……!」


「あー」


 英雄姫達は、俺の考えに同感なようだった。

 やって来たのは、天然温泉。


“ 温泉だけを純粋に楽しむなら、アースドラゴンの吐息亭です。”

“ 泉質は二酸化炭素泉。”

“ シュワシュワと吹き出る泡でマッサージ効果もあり、旅の疲れも吹き飛びます!”


 さすがは英雄姫ナディアの温泉ブログだ。

 こいつでゴーラムの温泉は全て網羅もうらされている。

 というかあの英雄姫、ダンタリオンを調べるついでに、ゴーラムの温泉全部を制覇したんじゃないか。


 

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