第36話 認知度アップ

 ちょっとだが、英雄姫の扱いが良くなった気がする。

 セシリアとエノアが道を行くと、誰もが振り返り、注目し、ひそひそ囁きあう。

 そして、こそこそっと寄ってきて、


「頑張って下さい、英雄姫様!」


 なんて声を掛けてくれるのだ。

 セシリアは優雅に微笑み、「ありがとうございます」と返す。

 この笑顔で、誰もがノックアウトされる。

 みんな一発で彼女のファンになってしまうのだ。

 エノアはエノアで、フランクに「ありがとねー」とか言っていて。

 これはこれで女性人気が高い気がする。


「いやあ、良かった良かった」


「いや、良くないですよ」


 なぜかむくれているセシリア。


「なんでほっぺた膨らませてるの」


「カイル様があんまり尊敬されてないからです!!」


「いや、ほら、俺って見た目に華が無いから」


「カイル様はかっこいいですよ!? あっ」


 大声で恥ずかしいことを言ってから、セシリアは赤くなってそっぽを向く。

 ニヤニヤするエノア。

 周囲の男達、何やら剣呑な目で俺を見つめる。


「英雄姫のセシリア様があんな男にかっこいい……!?」


「野郎、なんてうらやましい……!!」


 あ、そういう意味の視線?

 だったらちょっと優越感かも知れない。

 当の俺は、彼女達の風呂を覗くこと一つしない清廉潔白っぷりだけどな。


 二人を連れて温泉都市を歩くと、大きな泉のある広場についた。


「温泉が吹き出す、アル・ウッザーの泉だって。決まった時間で噴水になるみたいだ」


 地図アプリと連動した、観光案内を読み上げる俺。

 俺が星評価を開放したからか、一般人の感想みたいなのが観光案内の下に連なっている。

 星は四つか。

 結構高いんじゃない?


「へえ……! 噴水、見たいかも!」


「正しくは間欠泉らしいけどね。熱湯が吹き出すから、遠巻きに見るのはいいけど近づくと危ないって。

……あった、この店だ」


 泉が見られるカフェについた。

 テラス側の席は、他の客でいっぱいだ。

 だが、俺達を見て、席を譲ってくれる人がいた。


「あの英雄姫様に席を譲るなんて光栄だぜ」


 そりゃあどうも。

 小さいことだけど、セシリア達が有名になると、いい事もあるな。

 ただまあ、敬われていると言うよりは、芸能人扱いだけど。


「ご注文は? 英雄姫様がた」


 注文聞きにやって来た女の人。

 くるくるの巻き毛を伸ばした、褐色の肌の美人さんだ。

 胸元が見えて、俺がちょっとデレッとしたら、セシリアがペチッと太ももを叩いてきた。


「あいた!? なに?」


「目線がえっちです!! あと、いいですかあなた!」


「は、はい?」


 すごい剣幕のセシリアに迫られて、注文聞き……ウェイトレスさんはたじたじだ。


「英雄姫様がたではありません。勇者様と、英雄姫様です」


「あ、は、はい! 勇者様と、英雄姫様」


「よろしい」


 ふふーんと得意げな顔になり、セシリアは頷いた。


「セシリアちゃん、割とめんどくさい子だよね」


「うん。ただあれで可愛いところも多いから」


「分かる……。槍使いだけに猪突猛進だけど」


「上手い」


「二人とも何をこそこそしてるんです? と言うか、何を注文するか決めて下さい! 

もう私が決めていいです? それじゃあええと、このかりんとうを……」


「かりんとう!?」


 かりんとうって、日本のお菓子じゃないの!?

 慌てて検索する俺。

 ええと……かりんとうがアラブに持ち込まれて大受けした話があるみたいだ。

 ってことは、かりんとうはアラブでは普通のお菓子なの……?


『勇者の概念に存在しない言葉です。勇者カイルが理解しやすい言葉に翻訳しています』


「あ、そう言う事……」


 お菓子と、コーヒーを注文する。

 すると、なるほど、粉を練って揚げたものに、蜜をたっぷり絡めた物が出てきた。


「甘っ」


「甘~いっ!」


「ん~!!」


 俺、エノア、セシリアと、この甘さに驚く。

 この世界に来てから、ここまで甘いものは食べたことなかったな。

 思ったよりも、俺は甘いものに飢えてたらしい。

 ばりばりと夢中で食べた。


「うーわーっ、うち、結構甘い物食べてた気がするんだけど、なんだろう、この体が欲してる感。

本当に二百年もの間封印されていたのかもしれない……」


「美味しいですねえ! 甘いものは心が豊かになりますねえ!!」


 三人で、ひたすら美味い美味いと言いながらかりんとうみたいなものを平らげた。

 そして、コーヒーを飲んで一服だ。


「じゃあ、本題に入るな。悪魔ダンタリオンについて」


 悪魔の名前が出た瞬間、甘味にとろけていた二人の顔がキリッとした。


「あいつ、結構やばいよね。なに、あの雑魚を無限に呼ぶの」


「ええ。近づくことができませんでした」


 悪魔兵士を次々に呼び出す、あの技のことだな。


「ヘルプ機能、あの技について分かる?」


『召喚術の一つです。ダンタリオンはあの書物を用い、ページごとに異なる召喚術を使用するようです。詳しくは、書物の該当ページを撮影してください』


「直接カメラで見ないと、判別できないのか……」


『鑑定アプリで判明するのは、あくまで一般的な情報のみです。悪魔ダンタリオンに関する項目は、情報が不足しています』


「カイル様でも分からないのですか……!」


 衝撃を受けるセシリア。

 そんな、ショックでぷるぷる震えなくても。


「でも、分かる気はするよ。

ダンタリオンのやつ、意識して星評価機能に介入してきたりするし、どうも知識とかそういうものに長けた悪魔だって気がする」


「じゃあさ、どうする? あいつ、手数がめちゃくちゃ多くて、それに対処するだけで必死だよ?

自分の手を汚さずに、モンスターとか呼んで戦わせるって卑怯だわ」


「構いません! どんな事をしてこようと、一直線に貫くだけです!」


「うんうん。セシリアちゃんはそのままがいいね……」


「どうして頭を撫でるんですか、エノア」


 セシリア、その性能を活かせればめちゃくちゃ強い。

 だから、いかにして彼女をダンタリオンに接触させるかが肝だな。

 そして、ダンタリオンは気になることを言っていた。

 あれはええと……。


『再生します「知識を持たぬ君達では、私は捕まえられぬよ。逆に、私にも君達を倒す力はまだ無いのだが。

私を知るには、そうだな……最も私に迫ったあの英雄姫、ナディア本人でも連れてくるがいい」再生を終了します』


「これは、嫌がらせだねえ。普通なら、五十年前の英雄姫なんてもういないはずだもんね。

それを連れてこいって……」


「だったら、ナディアを探しましょう! カイル様がいれば、彼女を仲間にできます!」


「だな」


 今後の方針が決定した。

 英雄姫ナディアを仲間にするんだ。

 俺も、彼女のブログをちょこちょこ読んで、ちょっと親近感が湧いてきていたしな。


「だとしたら、次の目的地は……」


 地図の上で、温泉都市ゴーラムから向かえるのは、享楽都市ラスヴェール。

 ここだ。

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