第35話 悪魔撤退

 上空に飛び上がると、温泉都市の連なる屋根が見通せるようになる。

 英雄姫達は、今も悪魔と戦っていた。

 いや、戦っていたというか、敵が増えてないか?


「はは、ははは、ははははははははは!!」


 ダンタリオンが笑いながら、右に、左に腕を振り回す。

 彼が纏ったマントが翻り、そこから怒涛のように生み出される、悪魔兵士。

 こいつ、部下を召喚する力を持っているのか!

 アスモデウスは覚えていないが、アスタロトは部下を呼ばなかった。

 あいつの戦い方では、部下がいても巻き込んでしまうだろう。


「くっ……! たった一人なのに、まるで軍隊です……!!」


「このレベルの相手が、黒貴族でもない名前のある悪魔だっての!?」


 セシリアが槍を薙ぎ払うたび、悪魔兵士が弾け飛んでいく。

 エノアの矢は襲い来る悪魔兵士を次々射抜き、消滅させていく。

 だが、生み出される数の方が多い。


「二人とも! 俺に任せろ!」


 彼女達に告げ、俺は飛翔魔法のままダンタリオンへと突っ込んだ。


「来たな、勇者! だが、私は貴様と戦うつもりはない!」


「どういうことだ!? ヘルプ機能! 炎の投擲槍を詠唱!」


『詠唱を開始します』


 詠唱を開始するスマホ。

 おや?

 自動読み上げ機能に新しい表示が追加されている。

 重複読み上げ?

 なんとなく、どういう機能なのかを理解する。


「重複で読み上げろ! 理力の壁!」


『多重詠唱を開始します』


 発生した理力の壁が、飛びかかってくる悪魔兵士を弾く。

 そして光の壁の外側に、炎の槍が出現した。

 射出される、炎の投擲槍。


「おっと!!」


 ダンタリオンはどこからか書物を取り出した。

 そのページの一つが切れて舞い上がる。


「大地の獣の召喚!」


 ダンタリオンの足元に魔法陣が出現し、そこから突然、角を生やした巨大な獣が出現する。

 炎の槍は獣にぶつかり、毛皮を焦がした。

 獣が咆哮を上げる。


「大地の獣……ベヒモスってわけか。とんでもないものを呼びやがる!」


「この獣に君達を任せ、私は逃げるとしよう。ここで退場しては、後の三人に申し訳が立たぬのでね」


「逃げるだと!?」


「逃しません!」


「待てえ!!」


 俺達の声をよそに、ダンタリオンは書物をぱらぱらとめくる。


「扉の召喚!」


 現れたのは、古めかしい扉だ。

 ダンタリオンはこちらに目をやりつつ、後ろ手に扉を開いた。

 その向こうには、温泉都市ではない、別の場所の光景が広がっている。

 ど◯でもドア!?


「知識を持たぬ君達では、私は捕まえられぬよ。逆に、私にも君達を倒す力はまだ無いのだが。

私を知るには、そうだな……最も私に迫ったあの英雄姫、ナディア本人でも連れてくるがいい」


 ダンタリオンはそう告げると、扉の向こうへと消えていった。


「あっ、ちっくしょうー!」


 あいつは、全力で逃げることだけを考えていた。

 名前のある悪魔クラスが全力で逃げると、まだ追いきれないのか!


「カイル様! 今はこの怪物をやっつけましょう!!」


 周囲の悪魔兵士を次々なぎ払い、セシリアが駆け寄ってくる。


「やばいよカイルくん! 屋根が抜ける!!」


 ベヒモスが立つ屋根が、みしみしと音を立てている。

 あの重さを支えきれないんだ。


「それは本当にやばい! 中に人は!?」


「いるに決まってるでしょ! ここ、観光地なんだよ!?」


「ええい、それじゃあこいつをどこかに弾き飛ばさないと……いや」


 俺はベヒモスの鼻先まで接近する。


『ゴアアアアアッ!!』


 ベヒモスが咆哮した。

 俺に反応している。

 俺の胴よりも太い腕が振り回される。


「こっちだ!」


 腕を回避しながら、ベヒモスを挑発する。

 大通りの方向だ。

 下を歩いている人々は、屋根の上に現れたこの巨大な怪物に気付いたようだった。

 指さしながら、ざわついている。

 ここで拡声アプリを起動だ。


「そっちに飛び降りるぞー!! 逃げろー!!」


 叫びながら、飛翔魔法で大通りの上へと飛ぶ。

 後を追い、巨大な獣が宙を舞った。

 うわーっと悲鳴を上げながら、人々が逃げ惑う。

 轟音と共にベヒモスが着地したが、幸い潰された人はいないようだ。


『飛翔魔法、効果時間終了です』


 突如、ヘルプ機能が無情な事を言ってきた。

 途端に、空飛ぶ力を失い、俺はぽとりと地面に落ちる。


「うわーっ!?」


 幸い、ジャイロアプリを起動していた。

 足を地面に向けて、しっかりと着地する。

 うおお、衝撃がじーんと来たぞ。

 それでも、能力が向上している俺の体は耐えられる。


 すぐ目の前にはベヒモス。

 憎々しげに俺を見て、巨大な角を生やした頭を低く下げている。

 突撃してくるつもりだ。

 俺は剣を作り出し、身構える。


「来いっ!!」


『ゴオアアアアーッ!!』


 ベヒモスが、大地を蹴って突っ込んでくる。

 走った後の石畳は砕け、めくれ、あちこちに飛び散っている。

 目前まで角が迫る。

 よし、動きが見える!

 俺は角と角の間に滑り込むと、ベヒモスの頭めがけて剣を突き出した。

 硬い頭蓋骨と、切っ先が衝突する感触。

 次の瞬間、俺は空中に跳ね上げられた。

 だが、頭に刺さった剣のお陰で、吹き飛ばされはしない。


「うひー! きっつー!!」


 つま先でベヒモスの眉間を蹴りながら、頭の上に駆け上がる。

 奴は頭を振り回し、俺をなんとか振り落とそうとする。

 させて堪るかよ!

 片足で角を踏みつけながら、より深く、剣を突きこんでいく。

 苦痛からか、ベヒモスの暴れ方がひどくなった。

 振り回す巨大な腕が、近くの建物を半壊させる。


「カイル様、助太刀いたします!!」


 銀色の疾風が飛び込んできた。

 もはや人間の速度ではない動きで、セシリアが槍をベヒモスに突き立てる。

 苦痛に吠えながら、怪物はセシリアを払おうとした。

 だが、その時には既に彼女はそこにいない。

 ベヒモスの腹の下へと潜り込み、そこから槍を何度も突き刺す。


「背中は硬そうだねえ……。ま、援護射撃するけど!」


 屋根の上からは、エノアが次々に矢を射掛けてくる。

 

「気をつけてね! この矢でデカブツの足を縫い止めるから! 当たったら死ぬよ!」


 物騒なことを言う。

 エノアの弓が光り輝いた。

 魔弾が放たれる。

 立て続けに四本撃ち放たれた矢は、螺旋を描きながらベヒモスの足へと突き刺さる。


『ゴォアッ!!』


 怪物は、地面に張り付いたようになってしまった。

 四肢に突き刺さった矢が、奴の動きを妨げている。


「カイル様、行きます! どいてください!」


「お、おう!」


 俺は剣を抜くと、跳び下がった。

 そこへ、いつの間にか跳躍していたセシリアが降ってくる。

 これは……セシリアの技、迅雷の槍だ。

 音よりも速く突きこまれた一撃が、俺が付けた傷を正確になぞった。

 深く、槍が刺さる。

 そして、同時に吹き荒れる衝撃波。

 それはベヒモスの頭の中へと叩き込まれた。

 巨大な怪物は、びくびくっと痙攣すると、目の光をなくして行った。


 相変わらず、恐ろしい技だな……。

 どういう原理なんだ。


「ふう……」


 セシリアが残心を決める。

 エノアがベヒモスの角に着地して、セシリアの隣まで滑り降りてきた。


「お疲れー。いやあ、セシリアちゃん凄い破壊力だねえ」


「いえ、隙が多い技ですので、エノアが敵の足を止めてくれて助かりました。

そして、カイル様が深く傷をつけて下さっていたので、私の攻撃が効果を上げることができたのです」


「セシリアは謙虚だなあ……」


「謙虚だねえ」


 俺とエノアで、思わずセシリアの頭をナデナデしてしまう。


「え? え?」


 なんで? と戸惑うセシリア。

 そして……。


「おお……すげえ……!」


「あんなでかい怪物を、やっつけちまった……!」


「一体、何者なんだ……!?」


「確かあれは、英雄姫だ! 勇者と共にこの都市にやって来たって聞いてるぞ!」


「あれが噂の英雄姫か!!」


「二人いるけど」


 逃げ去ったはずの人々が集まってきていた。

 どうやら、英雄姫の凄さを見せつけることができたみたいだな。 

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