第31話 温泉紀行とダンタリオン

「なんと! カイル様はすでに、悪魔の手がかりを探しておられたのですか!

それも、誰も触れることができなかったという英雄姫ナディアの記録を読んでおられたなんて」


 口元を押さえて、目を潤ませるセシリア。

 なんだかとっても感激している。

 ちょっと向こうで、冷えたお酒を一杯やってるエノアとは大違いだ。


「おん? どしたのカイルくん。君もやる?」


「いや、風呂で酒は回りそうっていうか……」


 一応丁重にお断りしておいて、と。


「エノア! ちょっと聞いて下さい! カイル様ったらきちんとお仕事をされてて……!」


「やめろ、やめるんだセシリア! リスペクトしてくれるのは嬉しいけど広めなくても!」


「へえ、なになに!?」


 冷えたジョッキを持って、エノアがざぶざぶと近づいてきた。

 二人の英雄姫に挟まれ、俺は白状することを迫られる。

 仕方なく、今見ているものが英雄姫ナディアのブログであることを話すことになった。


「読み上げてみて! うちの後の時代の英雄姫って文才があったんだねえ」


「後悔するなよ?」


「しません! 私もとっても興味あります!」


 よーし……。

 俺はブログの最初のページを開くと、音読を始めた。

 そこには、英雄姫ナディアが訪れた、温泉都市ゴーラムのことが綴られている。

 ナディアはここで、大いに飲み、食い、温泉に入り、観光客と馬鹿騒ぎをし、たまに調査をし……。

 最初はワクワクしていたセシリアとエノアだったが、徐々にうんざりした顔になった。


「あの……。英雄姫ナディア、ずっと温泉に入って飲み食いしてるだけみたいなんですけど」


「してるみたいじゃなくて、飲み食いしてるだけの日記なんだよこれ……!!」


「は? なんで!? なんで英雄姫がこんなにのんきに食道楽の旅をしてるわけ!?」


「分からん……。とりあえず、まんぷく湯けむり亭で見られるナディアのブログは、ここまでで終わってる。

もしかして、ゴーラムを移動する度に新しいブログが見られるかも知れないけれど……」


「え、そうなの? ……だとしたら、それって悪くないじゃない」


 ずいっとエノアが乗り出してきた。


「大通りのあちこちに屋台があるから。そこで夕ご飯を食べ歩きしつつ、ブログ? をチェックしながら回ればいいじゃない」


「いいですね! ねえ、カイル様。ぜひそうしましょう!」


「分かった! 分かったから、二人とも両側から迫ってくるな……!

あっ、当たってる当たってる!」







 風呂上がり、日が暮れてきた頃合いで町に繰り出した。

 夕食と、英雄姫ナディアのブログチェックのためだ。


「あの英雄姫、屋台でも食べ歩きしてやがる」


「でも、ナディアが食べ歩いた屋台、本当に美味しいですね。これ、五十年以上の歴史がある味なんですねえ」


「ほんとほんと。あ、カイルくん、ナディアを仲間にできるかもしれないんでしょ? ぜひ仲間にして!

こんなに美味しい店を知ってる英雄姫、絶対にご一緒したいもの」


 すでにナディア、大人気か。

 だが、ブログを読む限り、ナディアは何も考えずに食い道楽、温泉道楽の旅をしていたのではないらしい。


“ こちらで公衆浴場にお邪魔しつつ、とある人物を待つとします。”

“ 極上の垢すりなどを楽しみつつ、ちょうどの時間。”

“ 外に出て涼みますと、ちょうどおりました。”

“ 悪魔ダンタリオン。都市国家群を根城とする、人に混じって物を企む悪魔です。”

“ ではインタビューしてみましょう。”


 出てきた!

 ナディアは足を使って世界を巡り、悪魔の情報を探り出していたのだ。

 そしてさらに、悪魔そのものと会い、何かを聞き出そうとしている。


「カイル様! この串焼き美味しいです! はい、あーん」


「あーん……」


 セシリアが串焼き肉を突き出してきたので、パクっと食べた。

 もぐもぐやっていると、エノアが飲み物を出してきた。


「はい、お酒」


「酒しか無いのか……!」


「お茶もあるけど? カイルくんもう十六歳なんでしょ? 大人なんだから酒くらい飲んでいいんじゃない?」


「俺の世界では二十歳まで飲めなかったんだよ……」


「えっ、何その辛く厳しい世界」


「そうかなあ……」


 エノアはそれなりに酒好きらしいので、現実世界に連れて行くと大変かもな。

 まだ十八歳の彼女は、あと二年くらい飲酒ができない。


「エノア、私もお酒を……」


「セシリアはお茶を飲もうね!!」


 ここは、俺とエノアの言葉が重なった。

 セシリアが悪酔いすると、大変なことになる。

 きょとんとして、彼女は俺達を見てくる。

 あの騒ぎをもう忘れたのか……。


「とりあえず、ブログはここで切れてる。公衆浴場ってところが舞台になったから、この前に行くと新しい記事が読めるかも知れないな」


「ナディア、またお風呂入ったの……?」


「俺の世界でも、温泉に何回も入る人がいるから」


「理解できない」


 エノアは一回だけ入って満足する主義のようだ。


「公衆浴場ですね? 私、場所を聞いてきます!」


「あ、セシリア! 地図アプリで分かるから……って行っちゃったよ」


「槍の英雄姫だけに、何にでも突進して行っちゃう子だねえ……」


 俺とエノアで彼女を見送った後、行動を開始することにする。

 セシリアが町のどこにいるのかは、“ブレイブグラム”を使えばすぐに分かるのだ。

 公衆浴場は、すぐに見つかった。

 地図アプリで名前を検索すれば一発だ。


「こっちだな」


「本当に便利だねえ……。全知全能って感じ」


「うん、我ながら俺のスマホは万能かも知れないと思っている」


 そのぶん、俺が勇者として振るってる権能の十割はこいつに頼ってるんだがな。

 さて、公衆浴場だが、石造りのそこそこ大きな建物だった。

 男湯と女湯に分かれている。

 マンガで読んだ、古代ローマの公衆浴場に似ている気がする。


「さあ、この前でブログを確認するぞ」


「うん。悪魔が出てきた所なんでしょ? そいつをぶっ飛ばさなくちゃね」


 エノアの言葉に頷きながら、俺はブログの次のページを開いた。

 そこには、英雄姫ナディアの後ろ姿と、彼女と向き合った一人の男の姿がある。


 巻き毛に、ローマ人っぽいトーガ。

 そして捻じれた角を頭の両脇に生やした、青い肌の男だ。


“ 悪魔ダンタリオン。”

“ ではこれから、インタビューしてみましょう。”


 戦わないのか……!

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