第30話 ブログ
女子二人に風呂に連れ込まれはしたものの、スマホいじりは止められない俺……と言うとなんだかダメな奴みたいだ。
スマホは俺の生命線である。
ほぼ、俺の全てがこれに詰まっている。
異世界にいる以上、スマホを手放すわけには行かない。
「カイル様、気持ちいいですよ。もっと奥まで行きましょう!」
「あ、うん。スマホ、防水だよな……?」
セシリアに引っ張られて、温泉の中央まで歩く。
ここの床は浅い階段状になっており、どこにでも腰掛けることができる。
「あー……。二百年ぶりのお湯のお風呂……。いや、体感的には一ヶ月ぶりくらいなんだけど」
エノアが湯から首だけ出して、だらしない顔をしている。
「本当ですね。ディアスポラの蒸気浴も良いのですが、やはり私は水に体を浸したいです。
水浴びは良いのですが、暖かなお湯に浸かる温泉も良いものなのですね」
セシリアはゆっくりと、湯船に浸かっていく。
「本当の所」
彼女が小さい声で言った。
「ここに来たのは、悪魔退治よりも、カイル様にちょっとゆっくりしていただこうという気持ちがありまして」
「ええっ」
「済みません。ですけれど、カイル様は戦が常ではない世界からいらっしゃったでしょう?
エノアは、私達が生き急いでいると言っていましたけど、確かにそう言うところはあったと思うのです」
「そりゃあ、大急ぎで次々に黒貴族をやっつけてきたけどさ。俺はまだ平気だから」
「無理をなさっている方は皆、そう
セシリアが話を聞いてくれない。
仕方ないな。
俺は彼女の話を聞きながら、温泉都市ゴーラムについて調べるとしよう。
名前を持った悪魔が出没することは本当だろうし。
「ヘルプ機能、音声はオフでな」
『りょ』
「オフで」
(了解しました)
よし。やればできるじゃないか、ヘルプ機能。
「ゴーラムに出没する悪魔の
(事実です。ですが、人の間に入り込み、悪行を成すわけではなく情報を集めているようです。あるいは何かを探しているのかも。不確定な情報です)
「犠牲者は」
(僅かです。彼等は歓楽都市ラスヴェールからやって来ます。かつてこれを明らかにした英雄姫、ナディアによる調査結果です)
新しい名前が出てきた。
(ナディアは五十年前の英雄姫です。癒やしと杖の扱いに長けています。ですが、ゴーラムには一時的に立ち寄っただけで、ここでは大きな活躍をしていません)
ちょうどセシリアの一世代前の英雄姫かな?
ゴーラムでは活躍してないなら、すぐに会えるというわけでは無さそうだ。
どうやら彼女は、この周辺で様々な情報を集めていたようだ。
それらを、スマホで調べることが出来る。
「調べられる結果が、ブログみたいな形式になってるのはどうなのか……」
「? どうしたんですか、カイル様。不思議そうな顔をして」
「いやね。新しい英雄姫の話が出てきたんだ」
「まあ」
「だけど、すぐに仲間になるわけじゃないらしい。どこにいるのかも全然分からないしね。
ただ、彼女が調べた情報を、スマホで見れるようなんだ。こういう風に」
“ゴーラムで悪魔が暗躍!? 英雄姫ナディアが行く、都市国家の旅~その一~”
なんだこれ。
“ やって来ました、噂の温泉都市ゴーラム。長い歴史を持つ温泉と観光の都です。”
“ 今日はわたくし、温泉に現れるという悪魔の噂を追ってやって来ました”
ほう。
ナディアは色々、調べ物をして回る英雄姫なんだな。
“ まずは宿を取りましょう。まんぷく湯けむり亭。この素晴らしい名前! 旅情を誘いますね”
“ 混浴の露天と行きたいのですが、このナディア、顔が大変売れてしまっています。”
“ 本日はお忍びの旅ですから、ここはゆっくりと温泉を楽しみたいものです”
“ ということで……屋内の女湯に入ることにします。”
“ ここは掛け流し、ラジウム泉です。体の疲れが取れ、お肌もつるつるになると評判です!”
“ 温泉には窓がありまして、この時間にはちょうど月が見えるのです。”
“ 月を見ながら、ゴーラム名物の芋酒をいただきます。”
“ 月の美しさと、喉を伝う熱い芋酒の香味。”
“ これにはわたくしも大満足。とても贅沢な時間です”
おい。
なんだこれ。
このブログ、温泉道楽、呑道楽の旅じゃないか!?
くそ、情報を得るつもりで読んでみたが、余計なディテールが多すぎる。
重要な情報に行き当たる前に、どれだけ観光旅行記を読まされることになるんだ……!?
一応、ナディアらしき女性が月明かりの下、温泉に浸かっている写真がある。
影になってよく姿は見えないが……。
「カイル様、それ、誰です……?」
いつの間にかセシリアが至近距離に。
目が怖い、目が怖いぞセシリア。
「英雄姫ナディアだってさ」
「ナディア!? 私の一つ前の英雄姫じゃないですか。彼女は英雄姫としてはほとんど唯一、天寿を全うしたと言われているんです。
癒やしの力を主とし、杖の技は補助でしたからね。世界を旅して悪魔を調べ、書にしたためてどこかに隠したのだそうです」
「へえ……そんな英雄姫が……」
「聖王国の方々からの評判は悪いですけれどね。戦えない英雄姫なんて、存在する価値がないと言う方もいます」
「ひどいな」
俺は思わず顔をしかめた。
人を何だと思ってるんだ。
「でも、そんな立場なのにこのブログ内容……」
“ 今日はアースドラゴンの吐息亭で、話題のランチをいただきます。”
“ 亜竜のステーキを薄く切り、パンで挟んだもの。”
“ たっぷりと使われた香辛料が食欲をそそります。”
“ これにはわたくしも我慢の限界。今日はお行儀悪く、両手で掴んでがぶり。”
“ 溢れる肉汁に体が喜んでいます。美味。”
「うぜえっ! いや、聖王国とやらから疎まれてたくせに、図太くホテルをはしごしてランチを堪能したりしてるのか。
ハートが強い英雄姫だ」
しかし、色々調査した結果を隠したというのは、やっぱり当時の人々に対してわだかまりを感じていたのだろうな。
そしてスマホは、英雄姫ナディアが残した記録を読み取ることができる。
なかなか本文に入らず、ナディアの温泉グルメ旅でしかないこの文章をひたすら読むのはきつい。
だが、スマホが表示する文字を読めるのは俺だけだ。
やるしかない。
……この文章、要点だけ詰めたら数行で収まるよな?
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