3・温泉都市ゴーラム

第29話 温泉都市

 セシリアが連れてきたのは、温泉都市の兵士だった。

 ここは、一つの都市で国のていを成している都市国家なんだとか。

 さらに奥にある、歓楽都市ラスヴェールと、他数国と同盟を組んでいるらしい。

 捕まえたごろつきは、この都市国家同盟が定める法に従って裁かれるのだ。


「ジョルジ自警団は、この辺りで勝手に旅人から通行料を取っていた、実質強盗だったのだ。

数が多いから手がつけられなくてな。しかし、こいつらをたった三人で捕らえてしまうとは、本当に英雄姫様なのか?」


 やって来た兵士、なかなかフランクな口調だ。


「なるほどなあ……。確かに、ここから先だと英雄姫の威光は薄れるんだな」


「でしょう?」


「平和ボケ、ねえ……」


 俺達は微妙な気分で、ジョルジ自警団を兵士に受け渡した。

 それなりに良い金額らしき謝礼が出る。


「ああ、それから、あんた達は温泉都市に自由に入ってもらっていい。これ、ゴーラムの通行証だ。

強盗どもを捕らえてもらった謝礼のおまけみたいなもんだな。温泉でたっぷり金を使っていってくれよ」


「ありがとう。じゃ、こいつらを頼むよ」


 俺は兵士から通行証を受け取る。

 そして、セシリアに囁いた。


「ごく普通の相手への敬意とかはありそうじゃないか?」


「まあ、そうなのですけれどね。

下にも置かぬ扱いをされるとちょっと寂しいのですが、全く無視されるとこれはこれで腹が立つと言いましょうか」


「複雑な英雄姫心だよねえ」


 英雄姫二人が、分かり合っている。

 半分は気持ちが分かるけど、後半分はよく分からないなあ。

「最近の民は」なんて話をしている二人を乗せてそのままラクダを走らせ、俺達は温泉都市に入国したのだった。







「人が多い国だなあ。ディアスポラからここまでは、すれ違う旅人なんていなかったのに」


 馬車で道を行くと、たくさんの人がいるのが分かる。

 俺が思わず感想と口にすると、


「そりゃあそうだよ。ディアスポラってああ見えて、悪魔との戦闘が行われてる前線に近いんだもん。

観光地としても名物なんか、あの超危険なアスタロトの迷宮しか無いんだから」


「あ、そりゃあ確かに人は来ないよな」


 エノアの解説で納得だ。

 つまり、ゴーラムの向こう側から観光客はやって来て、実質俺達が入ってきた側は行き止まりというわけだ。


「でも、これだけ人がいて宿が取れるか? 

こっちだと英雄姫があまり尊敬されないなら、特例で宿を取ってもらう……なんてことはできないんだろ?」


「そうですね。ですから、一軒一軒聞いていくしか無いでしょうね」


 そうかあ……。

 “ガーデン”に来てから、ちやほやされることに慣れてしまった気がする。

 ここは初心に返り、地道にやっていくか。

 とりあえず、ラクダの馬車が停められる宿がいい。

 地道に地道に……。

 待てよ。


「ヘルプ機能」


『ご質問をどうぞ』


「またセシリアちゃんの声だ!」


「私しゃべってません!」


「ヘルプ機能、宿検索アプリを使えば、こっちの宿もいけるか?」


『宿、レストランの検索も可能です。条件を絞り込むことで、より詳細な検索を行うこともできます』


「オッケー。じゃあ……ラクダを停められて……」


 俺は二人に振り返った。

 セシリアは笑顔になって、かくんと小首をかしげる。かわいい。

 エノアは怪しい笑顔を見せている。


「混浴」


「だめ」


「ちぇっ」


 危ねえ。

 エノア、隙あらば危ないところを狙ってくるな。

 そう言うキャラだったのか……。


「男女分かれて入れる温泉があるところがいいな」


『その条件ですと、該当する宿屋は二軒です。アースドラゴンの吐息亭、まんぷく湯けむり亭です』


「後者、名前がとってもいい。そっちにしよう」


「まんぷく……」


「湯けむり亭……!」


 極めてストレートなネーミングに、セシリアとエノアが目を丸くした。

 そう。

 このまんぷく湯けむり亭が、俺達の温泉都市における拠点となるのだ。

 ここに泊まりながら、都市に潜む悪魔を探そう。

 そして、ここで問題発生だ。


「ご一緒の部屋でなければお泊めできませんな」


「ええっ!? なんで!?」


 まんぷく湯けむり亭についた俺は、宿の部屋を取ろうとしたのだが……。

 フロントにいる男が、三人一緒でなければ泊められないと言うのだ。


「男女で一緒だとほら、問題あるでしょ?」


「複数奥様がいらっしゃる方はおられますし、その逆もありますから。

それに、ゴーラムの宿は常に部屋が足りない状態なのですよ。一人を泊められる宿なら、場末の木賃宿にでも行ってください」


 宿代は一人頭いくら、という計算らしい。

 だから、一人に部屋を用意することはできないと。

 確かに観光客も多いし、宿としては一部屋にたくさんの人間を詰め込みたいものな。

 そして、聞いた所この方針は、ゴーラム全てのまともな宿に共通しているのだとか。


「諦めよう、カイルくん。そしてうちらも一歩前進した関係にだね」


「エノアはなんでいつも、そっちに話を持っていくんだ! セシリアの教育に悪いだろ……!」


 セシリアは天然なのか、この会話を聞いても首をかしげるばかり。

 この、直接表現じゃないとイマイチ分からないみたいだな。


「はいはい。ま、うちはセシリアちゃんを置いて抜け駆けはしないから。

まずは今代こんだいの英雄姫が、君と関係を深めるべきだもんね。ねえ、セシリアちゃん?」


「関係を深めるって……」


 それだけで顔を赤くするセシリアなのだった。

 勇者と英雄姫は、そういう関係になる決まりでもあるのか……?

 いや、エノアの相棒だった勇者は女の子だったって言ってたな。


 その後に通された部屋は、二階の一室だった。

 窓から、宿の中央にある大きな温泉を見下ろせる。

 へえ、素っ裸じゃなくて、着物を着て入るんだな。

 さらに屋内に、男女別々の温泉があって、こっちは裸で入るのだそうだ。


 ある意味混浴だが、これなら健全だ。


「仕方ないなあ。服を着て入る方で妥協するかあ……」


「カイル様、一緒にお風呂に入りましょう!」


「ええ……。悪魔を探すのはいいの?」


 疑問を感じつつも、俺は二人に引っ張られていくのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る