第28話 とうぞくむざん

「ほう、献身的協力と申しますと?」


 セシリアの声が低くなる。

 細められた目の光が、大変冷たい。

 俺は、自警団だと名乗るごろつき連中に忠告をすることにした。


「ちょっといいかな?」


「あん? なんだ、お前は」


 アイパッチの巨漢は、俺を見て鼻を鳴らす。

 そうだよなあ、これが当然の反応だ。

 まだ十六歳なんだから、見た目だけならあなどられるものだ。

 セシリアだって、エノアだって、まだ若い女の子だし。

 ちなみに、ごろつきの俺に対する失礼な態度に、セシリアとエノアのこめかみに青筋が浮かんだ気がした。

 落ち着け、落ち着こうな、二人とも。


「俺はカイルっていう旅人なんだけど、そういうのを一方的に要求するのは良くないと思うよ。

それに、見た目で弱そうだから声を掛けたんだと思うけど、そうじゃないことって結構あるというか……。

ほら、こっちの二人って英雄姫だし」


「は、英雄姫ぃ?」


 巨漢がまた、鼻を鳴らした。

 周りのごろつき達も、ニヤニヤ笑う。


「そんな可愛らしいお嬢さん達が、悪魔と戦える英雄姫のわけねえだろ? 鎧に槍に、弓?

細い体で扱える訳ないだろうが! あれか? お前、ナイト気取りなのか? かっこつけてると死ぬぞ? 逃げろ?」


 あ、ちょっとだけ物言いが優しい。

 だが、巨漢の周りのごろつきはそうではないようだ。

 みんな獲物を抜き、見せびらかすようにして近づいてくる。


「見ましたか? 聞きましたか? これはひどいケースですが、程度の大小はあれどこれから向かう国はこのようなものです」


 馬車から飛び降りるセシリア。

 完全に目が据わっている。

 やる気だ。


「あー、分かりたくないけど分かっちゃったよ。これはひっどいねえ……。最悪だわー」


 エノアは弓を馬車の中に置いたまま、馬車を降りる。

 素手でやる気ですか。


「カイル様は見ていて下さい。こんな連中、カイル様のお手をわずらわせる程のものではありませんから」


「そうそう。カイルくんはうちらの取って置きなんだから。こんな下らない連中に、その凄い力を使うこと無いって」


 二人はのしのしと、ごろつきの一団へ向かって行った。

 これを見て、ごろつき達……ジョルジ自警団は、女子二人が降伏したのだと思ったらしい。

 ニヤニヤ笑いながら、セシリアとエノアに群がってきた。


「それじゃあ、お嬢さんたちに献身的協力をしてもらおうかね! そこのガキは見てろ! うひひ!」


 あっ、俺に向かってガキ呼ばわりを。

 やめろ、それ以上二人を刺激するんじゃない……!

 ミスリルゴーレムよりも頑強だという自信が無い限り、それは自殺行為だ……!


「あんなガキなんざ放っておいて、俺達と楽しいことしようぜえ」


「いひひ、眠る暇も無いくらい、ここにいる全員で楽しませてやるぜ!」


「こんなすげえ美女が二人も手に入るなんざ、ついてるよなあ」


「自警団やっててよかったぜえ」


 口々にとんでもない事を言う。

 俺だって年頃の男子なので、言われた内容をちょっと想像してしまったりはするが。

 だが、より確実な未来は、彼等が全く望んでいないものなのだ。


「では、楽しいことをしましょう」


 セシリアが平坦な声で呟くと、槍を振り上げた。

 あっ、終わったな。

 ニヤニヤ笑っているごろつき共の眼の前に、銀の槍が叩きつけられる。

 周りの目には、振り上げられた槍が、次の瞬間には地面に突き刺さっていたように見えただろう。

 そして、遅れて衝撃波がやって来た。


「うわーっ!?」


「ぎえーっ!?」


「ぎょえーっ!!」


 セシリアお得意の、音速を超えた槍使いだ。

 生み出す衝撃波で、ごろつき共が次々ふっ飛ばされていく。

 そして、吹っ飛んだ盗賊に走って追いつくのがセシリアだ。

 宙に飛ばされた彼等を、片っ端から槍の柄でぶっ叩いて地面に落としていく。

 びたん!「ふげえ」べたん!「ほげえ」と言う音と悲鳴が響き渡った。


 そしてエノアも負けちゃいない。

 いつの間にか、手の中に大量の小石を握りしめている。

 これを、指先の力だけで次々にごろつき目掛けて放つのだ。

 指弾というやつだ。

 それが、ごろつき共の鎧を容易に貫き、体に穴を開けていく。


「ほらほら、近づいてみなよ。離れるばっかじゃ、うちに触れないじゃん?」


「ぐえーっ」


「ぎゃーっ」


「おえーっ」


 うずくまったり倒れたりしていく、ごろつき共。

 これを見て、どうやらジョルジ自警団のリーダーだったらしい巨漢は真っ青だ。


「な、な、なんだよお前らは!! 何者なんだ!」


「だから、二人とも英雄姫だって言っただろ? 言う事聞かなかったのはそっちじゃないか」


 俺は呆れ半分で返事をした。

 巨漢は俺をギロリと睨むと、


「そうだ、ならばてめえを人質にして……!」


 その巨体からは想像もできない速度で、俺に迫ってきた。

 この巨漢、それなりに強いみたいだ。

 でも、ハマド程の腕じゃないな。

 俺はスマホを構えて、剣を呼び出した。

 そして、迫る巨漢に向かって、剣の平を叩き込む。


「ふんっ!」


「ぐわーっ!?」


 横っ面を張られて、巨漢が仰け反った。

 俺は御者台に座ったまま、彼の腹を蹴り飛ばす。

 そして、手綱を引いた。

 ラクダが「エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛」とか凄い鳴き声を上げつつ、よろめく巨漢を後ろ足でさらに蹴っ飛ばした。


「ぐわあーっ!?」


 こっちによろけてくる巨漢を、俺が剣でぶん殴る。


「がはあーっ!」


 それをラクダが蹴っ飛ばす。

 何度か繰り返すと、巨漢がボロきれみたいになって転がった。


「ま……参ったぁ……」


 ほらな、言わんこっちゃない。

 エノアの前にいたごろつき共は、皆膝をつき、呻き声を上げるばかりになっていた。

 セシリアの周囲には、もう動けるごろつきは一人もいない。

 今まで黒貴族を相手にしていたから意識していなかったけど、英雄姫というのは本当に規格外の強さなのだ。


「カイル様、これ、どうしますか?」


 ごろつきを『これ』扱いだ。


「とどめを刺しちゃう? 後始末が面倒だけど」


「うーん……。こういう連中だから、どこかから指名手配されてそうなもんだけど。どうかな、ヘルプ機能」


『ジョルジ強盗団。近隣諸国で指名手配をされています。頭目のジョルジは、隻眼の巨漢です』


「されてた。報奨金も出るみたいだ」


「でしたら、これからの旅でお金は入り用になります。連れていきましょう」


 セシリアはすぐに判断すると、エノアが馬車の中に潜り込む。


「こんな事もあろうかと、ロープを買っていたんだよね」


 とても長いロープが取り出されてきて、それがジョルジ強盗団達の腕を次々に縛り上げる。

 結局、彼等を連行しながら温泉都市に向かうことになったのだった。


 やがて、温泉都市ゴーラムが見えてきた。

 小さな岩山に囲まれたところで、ここからでも湯気が上がっているのが見える。

 心なしか、この辺りだけ地面の質感が違う。

 温泉だから、火山だったりしたのかな。

 オアシスで見るのと同じような植物が多く、その葉っぱだけは黄色く染まっていた。


「強盗団を連れたままですと、彼等の歩みが遅いですから、到着がゆっくりになってしまいますね。

私、向こうの兵士を呼んできます!」


 セシリアはそう宣言すると、馬車を飛び降りた。

 物凄い速度で、ゴーラムまで走っていく。

 あれ、絶対にラクダが走るよりも速い。


「温泉楽しみだねえ。今度こそ、カイルくんも一緒に入ろう?」


 セシリアがいなくなった途端、やたらボディタッチしながら誘惑してくるエノアなのだった。

 勘弁してください。

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