第27話 新しい国へ
ラクダを二頭並べて、馬車を曳かせて……。
旅の準備は整った。
「カイル様、エノア、これが旅の予定表です。
それから、ディアスポラ王国から頂いた支援物資諸々が、こちらの目録に……」
「お疲れ様、セシリア。おお……字が読めない」
そうだ。
この世界の文字、俺は読めないんだった。
それを聞いて、セシリアが「あわわ、私としたことがカイル様が読めない文字を書いてしまうなんて」と慌て始めた。
「いやいや、ほら、世界が違うから読めないだけだから!
それも、スマホの翻訳アプリでいけるから」
画面越しなら、文字がどういう意味なのかはっきりと分かる。
いやあ、俺、スマホが無かったらこの世界で一歩も動けないな。
「片道三日ね。結構掛かるんだねえ。途中に小さい宿場とか無かったっけ?」
「それは五十年前に悪魔との戦いがあり、破壊されました」
「悪魔めえ……」
エノアが怒ってる。
セシリアもよく、年刻みでこの辺りで何があったかを覚えているな。
「エノア、悪魔への怒りを燃やすのです。温泉街にはまだ潜伏している悪魔がいるかもしれませんから。
記録上は、“名前のある悪魔”が出現した例も多いとか」
「名前のある悪魔?」
よく分からないフレーズが出てきた。
普通は名前があるものじゃないのか?
「それはですね……」
『下級の悪魔は種族名とクラス名のみがあり、個体名を持ちません。上級の悪魔は個体名を有し、下級悪魔とは比べ物にならない強さを持ちます』
「むー」
セシリアが、ヘルプ機能に説明の役割を取られてむくれている。
俺としては、どっちも同じ声だからいいんじゃないかと思うけどな。
「うわっ、今セシリアちゃんの声がダブって聞こえた」
「あー、エノアにも同じ声に聞こえるんだ。
これさ、俺のスマホのヘルプとかチュートリアルしてくれる声なんだけど……なぜかセシリアと同じ声でさ」
「へえー! ちょっとクールで大人っぽいセシリアちゃんって感じだったね。もっと喋らせてみて」
「やめて下さい! それに私、そんな声してません!」
むきー! と暴れるセシリア。
自分で自分の声は分からないからなあ。
いざ出発、となったら、前回のように王国の人々が見送りに出てきた。
なぜか、オアシスには屋台まで幾つも並び、まるでお祭りのような騒ぎだ。
「ゴーラムまで向かわれるのですね。我らディアスポラ傭兵団が護衛を致しましょうか」
「あ、いやそういうのはいいので。この馬車、悪魔に見つかりにくいようにできてるらしくて」
「なんと、いつの間にそのような魔法の馬車を見繕われたのか」
ハマドが感心していた。
ここに滞在する間、ハマド王子には世話になった。
俺も、彼とはかなり仲良くなったのだ。
ただ、そんな彼にもこの馬車の
手に入れた後、スマホを使って隅々まで鑑定してみたが、怪しいところはなかった。
でも、あの商人が何者なのか、そしてどうして俺達にこれを売ったのかは分からないままなのだ。
「ではカイル殿! 我ら傭兵王国の助けが必要な時には、いつでもご連絡を!」
「ああ、世話になった! ありがとう!」
俺とハマドは強く握手を交わす。
これから、ディアスポラは本来の役目を果たすことになるだろう。
それは、悪魔と戦う傭兵達を世界中に派遣することだ。
人間と悪魔の戦いも、これで新しい局面を迎えることになるかもしれない。
セシリアとエノアが並び、ディアスポラの民に向かって手を振ると、大きな歓声が湧き上がった。
二人の英雄姫の名を、何度も呼び続ける人々。
せめて、ディアスポラが見えなくなるまでの間、彼女達に手を振っていてもらおうと思って、俺が馬車の手綱を握ることにした。
当然、俺には御者の経験なんてない。
「御者スキルダウンロード……っと」
今回もお世話になります、スマホさん。
俺は熟練の御者の手綱さばきで、ラクダを走らせた。
馬車がガラガラと音を立てて動き出す。
そんな俺達に向けて、ディアスポラから歌声が聞こえてきた。
それは……。
勇者カイルと、英雄姫セシリアが、アスタロトの迷宮に挑む歌だ。
あの日、セシリアが酔っ払って人々に向けて朗々と語った物語が、英雄を称える歌になっている。
なんだろう、とてもこそばゆい。
だけど、胸の奥がじんと熱くなる。
「あー……。勇者やって良かった」
しみじみとそう思った。
「ところでですが、カイル様、エノア。ここから先でご注意いただくことがあります」
ガタゴトと馬車が行き、そろそろディアスポラが見えなくなってきた頃合いで、セシリアが切り出してきた。
改まってなんだろう?
「なーに?」
「昨今の“ガーデン”ですが、エノアが活躍していた頃とは民が英雄姫に接する態度が異なって感じるかも知れません。
今まで私達がいたのは、最前線の国ファルート、傭兵王国ディアスポラと、戦いを常とする国でした。
だからこそ、悪魔と戦う象徴である、英雄姫への強い敬意が残っていたのです。
これから向かう国は違います。より平和で、国家存亡の危機というところまで悪魔に脅かされたことがない国々です」
「ふむふむ。平和ボケしてるってこと?」
「さすがカイル様! はい、簡単に言えばそうです。そのぶん、英雄姫を敬いません。
道中、不快な思いをすることが増えると思います。
ですが、それだけ悪魔との戦いから切り離されて生きていられるという事でもありますから、どうぞ大目に見てやってください」
セシリアがこれだけ言うということは、相当だな。
覚悟しておこう。
ただまあ、それって今みたいに、めちゃくちゃに敬われたりしないってことだ。
現実世界での、いつもの俺じゃないか。
ところが、エノアはどうも不満げだった。
「なにぃー。たった二百年で、世の中そんなに変わっちゃったわけ? けしからんなあー」
地位や名誉とか、あまり気にしなさそうな彼女が腕組みをして、難しい顔をしている。
「あれ、カイルくん意外? うちが怒るって」
「ああ、うん。エノアってそういう所全然気にしないタイプかと思ってた」
「うち個人としては気にしないよ?
だけどね。うちらへの敬意が無くなるってのは、そのままうちらと共に前線で悪魔と戦ってる人達への想像力が無くなることを意味してるの。
平和ボケって上手いい言い方だよね。ほんと、最悪だよ」
俺にはよく分からない。
それほど怒ることだろうか……?
そんな俺の疑問に対する答えは、旅立ってすぐにやって来たのだった。
岩石砂漠に入り、あちこちに小さな岩山が点在する辺り。
「おい、そこのラクダ馬車止まれえ! ここはな、我らジョルジ自警団のテリトリーだ!」
突然横合いから声がかけられたかと思うと、わらわらと姿を現す……ごろつきとしか思えない連中。
その先頭にいる、アイパッチをした巨漢がダガーを抜くと、ぺろりと舐めた。
「美しいお嬢さんがた。ここは自由には通行できなくてですねえ? どうか、この自警団に献身的協力をお願いできませんかね?」
エノアが顔をしかめ、「ね?」と俺を見てくる。
俺も
本当にろくでもない気がする。
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