第26話 馬車
「おはようございます……」
セシリアがしゅんとしていた。
どうやら、酔っ払って町の人達の前で、語りに語った記憶が残っているらしい。
「気にしなくていいのに」
「かーわいい」
「うううーっ!! 一生の恥ですっ!!」
セシリアは長い髪を抱え込んで、真っ赤になった顔を隠そうとしている。
隠れてない、隠れてない。
「セシリア、それはいいからさ。ちょっとお願いしたいことがあるんだけど」
「あ、はい、お願いしたいこと……?」
ということで、俺達三人、スマホを囲むことになる。
地図アプリに表示された、ディアスポラ近辺の情報。
これを見ながら、次の目的地を決めるのだ。
「うちさ、二百年間死んでたでしょ。流石にこれだけ経つと、色々変わっちゃっててわからないのね。
セシリアちゃんの力が必要なわけ」
「頼む。俺も検索することは出来るけど、土地勘がなくてさ。セシリアだけが頼みなんだ」
「そ、そうですか。私が頼りなら仕方ないですね……」
おっ、セシリアがちょっと嬉しそうだ。
彼女は、頼られるのが好きなのだ。
「ここから近いのは、岩石砂漠にある温泉都市です。
黒貴族には縁がない土地ですが、多くの人が集まる保養地ですので、人間に害意を持った悪魔がやって来ることがあります」
「なるほど、温泉……」
「蒸気浴じゃないんだね。お湯かー。熱いの苦手だなあ」
砂漠の国の英雄姫が何か言ってる。
「今回のように黒貴族の手がかりが簡単に見つかることが、そもそもありえないのです。
近いところから、少しでも悪魔が出るところをしらみつぶしにしましょう」
「賛成だ」
「うちもそれでいいかな」
満場一致で決定した。
「温泉都市ゴーラム。実は私も行ったことが無いのですが、卵料理が名物なのだそうで……」
セシリアが語りだした。
何気に彼女、博識だよな。
「英雄姫って、戦う以外の時間は自由だからねえ。
うちは食べ歩き、飲み歩きで過ごしたけど、セシリアちゃんはどうやら、そういう知識が書かれた書物を読んで過ごしてたみたいね」
セシリアは、人間ウィキのようなものかも知れない。
結局、旅の予定はセシリアが立てることになった。
明日は一日、王城に籠もって予定表を作るのだとか。
俺とエノアは、旅に必要なものの買い出しだ。
「あ、そうか。ラクダもあと一頭いなきゃいけないんだな」
「この国からラクダ馬車を貰えばいいよ。そうすれば屋根だってあるし、暑さはしのげるでしょ?
ディアスポラの裏手からは、道が延びてるようだし。ほら」
エノアが指差す先には、確かに石の道がある。
オアシスに沿って、黄色い石畳が敷き詰められているのだ。
「でも、それじゃあ砂嵐でも起こったら埋まってしまわないか?」
「カイル様、砂ばかりの砂漠は、この辺りの中央砂漠だけなんですよ。
ゴーラムに向かうに連れて、だんだん岩が多くなってきますから」
「えっ!? 砂漠って砂ばかりなんじゃないの?」
「むしろ岩石砂漠の方が多いですよ? 私達がディアスポラに来た往路の方が例外なんです」
知らなかった……。
これは、乗り物や道の選択はプロに任せたほうが良さそうだ。
「セシリア、お願いします」
「はい、任されました。旅に必要な道具は、エノアに任せますね」
「はーい、任されたよ! よーし、お姉さんがカイルくんに、旅の心得というものを教えてあげよう」
「うおっ、エノア近い近い」
「エノア!! カイル様にくっつかないで下さい! あっ、肩を組んで体を押し付けるですって!?
なんてとんでもない事をー!」
「うわー、セシリアちゃんが怒ったー!」
セシリアとエノアの追いかけっこが始まってしまった。
おいおい。
「二人とも待てー! 話が始まらないだろー!」
俺も慌てて、彼女達を追いかけるのだった。
そして翌日。
俺とエノアと連れ立って、ディアスポラの商店街を回る。
「まずは馬車だね、馬車。幸い、ラクダはカイルくんとセシリアちゃんのがあるから、その子達に引かせよ?
ラクダ達は仲いい?」
「普通かな。喧嘩はしてなかった」
「それならよし。カイルくん、馬車の好みとかある?」
露天に、何台もの馬車が並べられている店にやって来た。
大きな車、屋根のない荷車、
「分からないなあ……。何か違うの?」
「まずね、屋根はあった方がいいでしょ。壁だってあった方がいい。かと言って重かったらラクダが疲れちゃう」
「へえ……。そうすると、あれとかどうかな」
俺が指差したのは、居並ぶ馬車の奥にある、中くらいのサイズの赤い馬車。
飾りは派手だけど、ちょっとくたびれていて、あちこち塗装が剥げていた。
「いいんじゃない! 多分あれって旅芸人が使ってた馬車のお古だよね?」
すると、馬車が並ぶ奥から、ゆったりした衣装の商人がやって来た。
顔の半分が髭で覆われている人だ。
「お目が高い! さすがは英雄姫エノア様、そして勇者カイル様! それは大変な掘り出し物でして!」
商人が揉み手する。
お目が高いってどういうことだ?
「なーるほど。中身が補強してあるのね? これ、旅芸人が荷物を乗せて運んでた馬車でしょ?
これだけ丈夫なら使えそうだね」
馬車の壁をポンポンと叩くエノア。
そして、そそくさと乗り込んでいった。
「おー、おおー!」
エノアが中でどたばたしている。
商人は俺の横までやって来ると、
「見た目はちょっと古いんですがね。とにかく頑丈なんですよこいつは。
ただ、使ってる塗料がちょいと特別なやつでして。おいそれと塗り直しができないんですよね」
「へえ……」
特別な塗料と聞いて、鑑定アプリを使ってみる。
『感知遮断の塗料。黒貴族アスタロトがこれを使い、気付かれないようにドッペルゲンガーを各国へ送り込んだ馬車です。魔法に探知されない塗料です』
「うわー。よりによってあいつが仕込みに使った馬車かあ……。どうりで古いはずだ。
でも逆に考えれば、これを使ったら悪魔達にも、こちらの行動が気づかれないってことでは……?」
「わはー、広い広い! ねえ、君も来なよ! カイルくん!」
「お、おう」
はしゃぐエノアにちょっと引きつつ、俺は馬車の後ろに回った。
その中では、赤毛の英雄姫がぴょんぴょんと飛び跳ねていた。
この人は本当に奔放だなあ……。
だけど、彼女がどれだけ跳ねても、馬車はびくともしない。
なるほど、これならちょっとくらい乱暴に扱っても大丈夫そうだ。
「じゃあ、これください」
「お買い上げありがとうございます!」
商人は揉み手をしながら、満面の笑みになった。
この人、どういう伝手でこんなとんでもないものを手に入れたんだろうか。
ちょっと気になって、彼を鑑定アプリで見てみようと思った時には……。
商人の姿は消えていたのだった。
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