第25話 OS

 周囲が盛り上がる中、すっかりお酒が回ってしまい、セシリアはうとうとしている。


「ちょっと落ち着ける場所に行って休むか」


「そだねえ。ほら、セシリアちゃん、うちとカイルくんで支えるから寄りかかりな」


「うーん……済みません……」


 セシリア、何気に酒弱いよな。

 二人で彼女に肩を貸しつつ、落ち着けそうな場所を探す。

 そうしている間にも、町の人々が声を掛けてくる。

 彼等に挨拶を返していると、


「あっちがね、オアシスに通じてるんだよ」


 エノアが城の横合いを指差している。

 なるほど、城に入る前の通りは十字路になっている。


「この国さ、砂漠の真ん中にある割には物の揃えがいいと思わない?」


「そう言われれば……」


 種類は少ないが食べ物はあるし、飲み物だってお酒に水、果汁と色々だ。

 なるほど、この国がオアシスに面しているならば、それは納得だ。

 オアシスへの出口には兵士がいて、俺達が来ると居住まいを正して会釈した。


「ども」


「英雄姫の方々、そして勇者カイル! お会いできて光栄です! どうぞ!」


 兵士は満面の笑顔で、俺達をオアシスへ案内する。

 この国に来たばかりの時と比べて、随分俺への待遇が変わったなあ。


 オアシスへの門は、それなりに大きい。

 荷物を満載した馬車が通過できるくらいはあるだろうか。

 そこには、砂の中から川が現れていて、城壁の周囲を流れていた。

 小高い丘があったので、その辺りの木陰にセシリアを転がした。


「うえー……」


「ほい、セシリアちゃん、水」


 どこで買っていたのか、セシリアに水を飲ませるエノア。


「うちはゆっくりしてるから、カイルくんはどうぞ。やらなきゃいけないことがあるんでしょ?」


「ありがとう、助かる!」


 さて、ではじっくりとスマホを確認するとしよう。

 大量のアプリをダウンロードしているが、一つ一つチェックしていかないと。

 横でセシリアの息を聞きながら、ストレージを調べる。

 ……うん。

 まず、この世界に来る前の俺のスマホ、ストレージは32GBだった。

 そいつが、セシリアを仲間にしてから512GBになった。

 基本OSと理力の壁と禁忌魔法でパンパンになってたのが、余裕が生まれたわけだ。

 そして今は……。

 8TBになっている。


「……? パソコンかな?」


 これによって、今までインストールしていたアプリの数々が、十分な活動領域を得て本来の性能を発揮し始めているみたいだ。

 サバイバルアプリが、水のありかを正確に感知しつつ、その成分も分析している。

 地図アプリは、ピンチインすることでどこまでも遠ざかれる。

 思い切り画面を縮小したら、まるで浮遊大陸のような地形になった。

 多分、これが“ガーデン”の全図。

 インストールしている上級魔法アプリは、付属する全ての魔法について、細かなセッティングが可能になった。

 だけど、それぞれの魔法についてセッティングするのは複雑過ぎるなこれ。

 支援してくれるアプリがあると嬉しい……。


「うんうん唸ってるねえ。それがカイルくんの力の源、スマホなの?」


 いきなり、セシリアとは逆側の俺の肩に、エノアが顎を乗せてきた。

 じいっとスマホを覗き込んでいる。


「うわっ! びっくりした……。

そうだよ。俺は全部このスマホでやってる。

こいつが無くなったら、俺はちょっと動けるだけの一般人だ」


 自虐っぽい事を言いつつ、設定画面を次々に開いていく。

 ほんと、電池の量も異常になってるし、時間が経つと回復するし……。

 メモリは16GBか。

 最初4GBじゃなかったっけ?

 そしてバージョンが……。

 ……なんだ、これ?


 “Metatron1.0.2に更新済み”


「メタ、トロン……? 聞いたことが無いOSだ……」


 でも、こいつが今までの異常な力を発揮させてきたOSなんだよな。

 現実世界から“ガーデン”に来る時に変化してしまったようだ。


「なあ、エノア。メタトロンって知らないか?」


「メタトロン……? 

知らないねえ。それって、カイルくんの世界の言葉じゃなくて?」


「俺のところだと、それは強大な天使の名前だな。

あと、黒貴族の半分くらいは、俺はゲームの中で見たことがある悪魔の名前だった」


 アスモデウス、アスタロト、ベルゼブブ、アマイモン、ペイモン……。

 そういう意味では、“ガーデン”は俺のいた世界に繋がっているのかも知れない。


「……天使? 天使ってなに?」


 ん?

 天使を知らない?

 悪魔を知っているのに、天使は知らない……。


「ええと、天使は神様の使いなんだ。この世界にも神様はいるだろ?」


「うん。神様って言うのは、人に味方する魔王のことでしょ?」


「ええっ!?」


 話が大きくずれてきたぞ……。

 神様が魔王なら、この世界には本当の意味での神様なんていないじゃないか。


「ん? もしかしてカイルくんの世界じゃ違うの? こっちには四柱の魔王がいてね。

 呪われた大地から“ガーデン”を切り離した、ベリアル。

 “ガーデン”を管理するレヴィアタン。

 黒貴族達の主であり、人と悪魔双方に祝福を与えるルシフェル。

 最後に、ルシフェルの分身とも言われ、今もどこかを彷徨っているサタン。

 これが、“ガーデン”の四柱の魔王だよ」


「割と知ってる名前ばかりだ」


 やっぱり繋がってる気がする。

 この世界、色々と秘密がある気がするな……。


「さて、お話を変えようカイルくん」


「お、おう!」


 突然、エノアが言葉の調子を変えてきた。

 くるりと俺の前まで回り込み、スマホの下から覗き込んでくる。

 上目遣いで見つめられると、ちょっとドキッとするな。


「これから、どこに行くの?」


「どこって」


「目的地だよ。アスタロトは倒したでしょ? 

なら、次に目指す場所はどこにする?」


 考えてもいなかった。


「えーと、えーと……」


 地図アプリを起動して、縮小してみる。

 よし、“ガーデン”全図。

 で、俺達がいるのは、この中央から西方に広がる砂漠地帯、と。


「ファルート王国は北か」


「へえ、空から見ると、世界はこういう構造になってるんだ……。

ファルート王国ってまだあったの?

最前線でしょ。よく持ってたもんだ……」


「エノアの時代にもファルート王国があったのか?」


「もちろん! あそこの城壁凄かったでしょ。あれで、無理やり悪魔の攻撃をしのいでたの。

ファルート王国から分離した、武闘派のロシュフォール公国があったはずだけど、そこも元気?」


「あー……滅びた」


「あちゃあ……」


 全滅した後、国ごとふっ飛ばしたのは俺だけどな。

 


「ん……んむむ……」


 むにゃむにゃ言いながら、セシリアが身じろぎした。

 顔の赤みがかなり引いてきている。

 これはもうすぐ起きるな。


「よし、セシリアちゃんを交えて相談しよう。うちの知識って、二百年前のものだからさ」

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