第16話 ショートカット

 隠し通路を使い、一気に迷宮をショートカットする。

 フロアマップを見ると、前半部分には多くのモンスターが仕掛けられていたようだ。

 スケルトンウォリアーとか、スケルトンジェネラルとか。

 竜の牙によって作られた魔法生物なので、槍や矢などの刺突攻撃のダメージが通りにくいのだとか。

 いやらしい敵だ。

 スルーして正解だった。


 隠し通路の中は一直線の道になっていて、どうやらこれは魔法の抜け穴みたいになっているようだった。

 進んだ先から出ると、フロアマップに記される現在位置が、大きく移動していた。


「今どの辺りにいるのでしょう……? 

降りてすぐの不思議な道に入ったら、突然こんなところに来てしまって……」


 セシリアが周囲を見回している。

 ここは、迷宮下層から始まる地下渓谷のような場所だ。

 鍾乳石があちこち垂れ下がっていて、遠くから水が流れる音が聞こえてくる。

 灯りはセシリアが使う光の妖精ブライトフェアリーしかないので、足元が危なそうだ。


「ええと、これ見て、セシリア」


「……これは?」


「この迷宮を俯瞰ふかんで見下ろしてるんだ。

俺達はこのアイコンね。で、矢印の方向が今向いているところ。

こうやれば迷宮をぐるぐる回して通路を見られるから」


「うっ、なんだかそのぐるぐるを見てると、気持ち悪くなってきます……!」


 セシリアが慌てて目を離した。

 そうか、3D酔いかあ。

 これは、マップ確認は俺だけの仕事にしたほうがいいようだ。


「じゃあ、俺が先行するのでセシリアは後ろからついて来てくれ」


「いいえ! 

スマホを迷宮探索の道具に使っておられる以上、カイル様が前にいては危険です。

私が前に行きます! カイル様は後ろからご指示を」


 なるほど。

 俺の武器は、スマホに全て依存している。

 マップの通り、アイコン通りに進めばスマホを見て無くても大丈夫だとは思うんだけどな。

 でも、セシリアの気持ちは尊重したい。


「じゃあ頼む。何かあったら、こっちで指示するから」


「はい!」


 前衛セシリア、後衛俺で進行開始だ。


「セシリア、そこ前方からモンスター……ゴーレムだ」


「はい! とぉっ!!」


 セシリアが壁を蹴って跳躍し、出てきた瞬間のゴーレムを槍で突き倒す。

 銀の槍が幾本にも分裂したかと思うと、ゴーレムの上半身がまるごと抉れて崩れ落ちていった。


「……早いなあ……。

あ、ゴーレムは斬撃、刺突があまり効かないって書いてある。

セシリア今、刺突だけで瞬殺したよな」


 英雄姫、半端じゃなく強いのでは……?


「さあ、次に行きましょうカイル様!」


「あっ、うん」


 すぐに見えてくるのは、地下を流れる大きな河。

 この迷宮の上はディアスポラだし、その周りは砂漠だろう。

 砂漠の地下に河が流れているのか。

 河には天然のものと見える岩の橋が掛かっており、これを渡る。


「セシリア、河からモンスター」


「はいっ!」


 この河、地下大河と呼ぼう。

 水面が泡立ったかと思うと、俺達目掛けて飛び上がってくるものがいる。

 ヒレを翼のように発達させた、人間の子供ほどの大きさがある魚だ。

 体の半分が顎になっていて、大きく口を開いて襲いかかってくる。


「ふっ、とおっ、はあっ!!」


 銀の槍が回転した。

 柄が敵を打ち据え、回る穂先が魚の頭を切断する。

 敵の数は多い。

 槍で突き刺してしまえば、その分だけ槍は重くなって取り回しが悪くなる。

 セシリアは槍を刃として、あるいは棍として扱う。


「手伝う?」


「大丈夫、ですっ! ほっ! これで、ラスト!!」


 槍を回転させたまま、セシリアが橋の上で跳躍する。

 最後に飛びかかってきたモンスター達は、これに弾き飛ばされて水面に叩き落とされていった。


「さあ、次行きましょう!」


「あっ、うん」


 この先からは、罠が幾つも仕掛けてある。

 ここではセシリアの出番は無いな。

 毒矢が降ってくる天井を回避し、落とし穴を迂回する。

 一室まるごとが人食いモンスターの擬態という罠をスルーしたら、あとは直線だ。


「よし、これで一通りの罠は回避したはず……」


 直線通路をセシリアと共に歩きつつ、俺はフロアマップをチェックした。


「……?」


「どうしたんですか?」


 俺が思わず立ち止まったら、セシリアもそれに気付いて振り返った。


「……さっきまで無かった罠が増えてる」


「はい?」


 直線の先で、ガッタン、と音がした。

 ゴロゴロゴロ、と何か大きな物が転がってくる振動が伝わってくる。

 これは……。

 いわゆる、迷宮ものの定番の……。


 向こうの曲がり角から、それは姿を表した。

 通路いっぱいの大きさの、巨大な岩の塊だ。

 それが俺達をすり潰そうと、ゴロゴロ転がってくる。


「うわあーっ!? 逃げろ、セシリア!」


「は、はい!!」


 俺とセシリア、二人並んで今来た道を戻っていく。

 やばいぞ、これは魔法を詠唱してる暇が無い。

 走りながらフロアマップにチラチラ目線を落とす。

 避難できそうな場所を探しているのだ。

 だけど、岩に追われながらでは冷静にチェックなど出来ない。


「ヘルプ機能!!」


『ご質問をどうぞ』


 スマホのヘルプを呼び出した。

 これなら音声で行ける!


「避難できる場所! 早く!」


 大岩はすぐ後ろまで迫っている。

 これは大変まずい。


「ここは私が岩を食い止めて……」


「そういうのはダメだ! 

どっちかが犠牲になるというのは無し! 

二人とも生き残るぞ! 

おいヘルプ機能、早くしてくれ!」


『検索終了です。その先の右手にくぼみがあります。密着すれば二人とも収まることが可能でしょう』


「よし!!」


 俺は顔を上げて、すぐさま壁のくぼみを発見した。

 そして飛び込みながら、セシリアの腕を引っ張る。


「こっちだ、セシリア!」


「はいっ!」


 彼女も躊躇なく、俺の腕の中に飛び込んでくる。

 密着どころか、くぼみに二人ぎゅうぎゅうになって詰まるような状態だ。

 そのすぐ目と鼻の先を、大岩は転がっていった。

 ここを抜ければ渓谷がある。

 程なくして、大岩が地下大河に落ちた水音がした。


「ふう……助かった……」


「ええ、危機一髪でした。でも、カイル様の機転で助かりましたね」


「いや、全部の罠を把握できてなかった俺のミスだよ。何だって、さっきの罠はいきなり現れたんだ……?」


『黒貴族アスタロトが、たった今設置した罠です』


「なんだと!?」


 俺がどんどん迷宮を攻略していくから、慌てて罠を設置したと言うわけか。

 つまり、アスタロトは俺達の姿をどこかで見ていることになる。

 一体どこから……。


「……あの、カイル様、そのー」


 すぐ近くから、セシリアの声がした。

 いや、さっきの声もとても近いところからだった。

 それは、俺の顔から何センチも離れてないところだ。

 そこに、彼女の瞳がある。

 セシリアの目が、ちらりと俺を見て、パッと伏せられた。


「あっ、めちゃくちゃ密着してるもんな……」


 ほとんど、抱き合うような姿勢でくぼみに収まった俺達だ。

 我に返ってみると、これはなかなか恥ずかしい……!


「よ、よし、これで罠は突破だ!」


 くぼみから出て、セシリアからちょっと離れた。


「は、はい! さすがカイル様です!」


 セシリアはちょっとどころではなく顔を赤くしている。

 これは、俺の顔も赤くなってるんじゃないだろうな。

 ええい、くそ、アスタロトめ。

 俺はこのもやもやした気持ちを、とりあえず黒貴族にぶつけることにしたのだった。

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