第17話 アスタロト

 ほぼ全ての罠を回避し、配置されたモンスターも蹴散らした。

 俺とセシリアは、怒涛の如く迷宮を攻略していく。

 時折、アスタロトが急造の罠を仕掛けてくる。

 だが、来ると分かっていれば怖いものではない。

 俺はスマホに鑑定アプリを常時起動させ、フロアマップと入れ替えながらそれらをくぐり抜けた。


「時々、とっても大雑把な罠が来るような気がするんですけれど」


「アスタロトがそれだけ焦ってるって事だろうな。じっくり準備する暇もないんだ」


 俺は今、セシリアに抱えられて宙を舞っている。

 いきなり地面がまるごと開き、落とし穴に変わったのだ。

 こんなもの、飛びでもしなければ回避できない。

 攻略不能になるような罠なんだから、ゲームとしては下の下だろう。


「っと!」


 セシリアが壁を蹴り、対岸に着地した。

 俺達の後ろで、落とし穴はどんどん戻っていく。

 ……よく見たら、穴の底もそう深くない。

 アスタロトにはより考える余裕が無くなってるってことだ。

 それもそのはず。


「フロアマップは、最下層に到着してるからな」


 最後のフロアの構造は単純。

 一直線に続く道だ。

 俺達はここを、突然発生する罠に気をつけながら進めばいい。


 通路の先を、カメラでズームしてみる。

 性能が上がったスマホは、ちょっとした望遠鏡なみの望遠性能がある。


「扉がある。あれが、アスタロトの迷宮のゴールだ」


「あと少しですね!」


 セシリアは、俺を信じてぐんぐん進んでいく。

 その足取りには少しの躊躇ちゅうちょも無い。

 なので、俺は責任重大なのだ。


「すぐ横、そこから最後のモンスターが出る! ミスリルゴーレム!」


「はいっ!」


 出現した銀色のゴーレムは、巨体からは想像もできない速さでセシリアに襲いかかる。

 まるで地面を滑るかのようだ。

 これに向かって、セシリアがさらに加速して駆け寄る。


 叩きつけられるミスリルゴーレムの拳。

 これを間一髪でかわしながら、セシリアが槍を振りかぶる。


「あああっ!!」


 セシリアが魔力を放った。

 銀の槍が光り輝く。


『英雄姫セシリアの技、迅雷の槍ライトニングスピアです。音速を超え、生み出される衝撃波と同時に相手を粉砕します』


 スピード系の英雄姫も、スピードを極めればパワー技になるのか!

 叩きつけられた槍は、纏った衝撃波をミスリルゴーレムの全身に叩きつけた。

 ゴーレムの巨体が、冗談のように吹き飛ばされる。

 ミスリル製のボディの胸に、大きな凹みができている。

 だが、破壊するには少し足りない。


「続けて!!」


 セシリアが一回転し、再び放たれる槍が音速を超えた。

 迅雷の槍の二連撃!?


『英雄姫セシリアの技、連携コンボです。任意の技と技を続けて放つ事が出来ます。同じ技であっても可能で、その技の使用時に発生する隙をキャンセルします』


 まるで格闘ゲームだ。

 衝撃波を纏った槍は、吹き飛ぶミスリルゴーレムに追いついた。

 そして凹んだ部位を正確に打ち抜き、そこからゴーレムを粉々に砕いた。


 一瞬遅れて、通路の中を猛烈な風が荒れ狂う。

 

「す……凄いもんだな」


「ありがとうございます。

ですけれど、黒貴族にはまだ通用しないレベルです。

私よりも、カイル様の方がずっと凄いんですよ?」


 そっか。

 俺が魔法で吹き飛ばしたアスモデウスって、このレベルの技でも倒せない化物なんだな。

 そして、俺達が向かう先に待っているであろうアスタロトも、同じようなとんでもない奴なのだ。


「じゃあ、行くかセシリア。いよいよ黒貴族アスタロトだ」


「はい!」


 最後の一歩は、俺とセシリアで並んで踏み出した。

 目の前で扉が開いていく。

 パズルのような鍵が組み込まれた扉だったが、その解法もフロアマップに載っていたからな。





 そこは、だだっ広い、灯りの無い部屋だった。

 ディアスポラ一つが、まるごと入ってしまうだろう。

 そして、部屋の壁には無数の光が宿っている。


「こ、これは、一体……」


 セシリアが呟く。

 光の中に映し出されているのは、この世界の何処かの光景だ。

 リアルタイムで、それが中継されている。


「多分、ドッペルゲンガーが見聞きしたものが、全部この部屋に集まってくるんだ」


「そんな……そんな事……。

それじゃあ、“ガーデン”で起きていることは全部筒抜けになっているんじゃないですか……!」


「ああ。それがアスタロトのやっていることなんだろう」


『実に不愉快だ』


 部屋の奥から声が響いた。

 その中央部に、玉座……と呼ぶにはあまりにも地味な、言うなれば椅子があった。


『せっかく私が、ドッペルゲンガーどもを使って世界を管理するシステムを築き上げたと言うのに……。

それに気付いた人間は君が初めてだよ』


 椅子に座っているのは、緑色の男だった。

 髪も、目も、身につけている衣装も緑色をしている。

 服装は、研究者っぽい服とでも言うのだろうか。


『君がアスモデウスを倒した、勇者か』


「ああ。お前がアスタロトだな」


『いかにも。

世界の管理者たる私は、この単純な業務に飽いていてな。

ささやかな娯楽をこの世界に用意しているのだが……君はそれをも不愉快なやり方で突破してきた』


 男は座ったまま、俺を睨んだ。

 セシリアの事は、初めから眼中に無いようだ。


『私は君が嫌いだ、勇者カイル』


「俺も、お前が大嫌いだ、アスタロト」


 俺もアスタロトを睨み返す。

 黒貴族は、座っていた椅子から立ち上がった。


「アスタロトーッ!!」


 セシリアが叫ぶ。

 そして我慢できないように、走り出した。

 手にした槍が唸りを上げる。

 さっきミスリルゴーレムを倒した、迅雷の槍だ。

 セシリアがアスタロトに迫り、槍が纏う衝撃波を叩きつけた。

 だが。


杜撰ずさんな技だ』


 アスタロトは、それに目線をくれもしない。

 槍はアスタロトの眼の前の見えない何かに受け止められ、衝撃波もあっという間に霧散する。


「このっ……!!」


 槍を握る手に、より力を込めようとするセシリア。


『なるほど。感情に曇った技では、私どころかアスモデウスにすら通用するまい。下がれ』


 アスタロトが呟くと、セシリアの槍を阻んでいた不可視の壁が、今度は彼女を吹き飛ばした。


「なんだあれは!」


 俺は宙を舞うセシリアを受け止めようと走る。

 そうしながら、一瞬だけアスタロトを鑑定した。


『黒貴族アスタロト。力場フィールドである、バルトロマイの壁を有する強大な悪魔です。他、多数の魔法を行使します』


「こいつがバルトロマイの壁か! っと!」


 落下してくるセシリアを抱き止めた。


「カイル様! め、面目ございません!」


「一人で突っ掛けるなセシリア。

こいつはアスモデウスと同じ黒貴族なんだろ。

だったら生半可じゃ通用しないのは分かってるんだ」


 アスタロトはじっとこちらを見ている。

 そして、悠然と歩み始めた。


『バルトロマイの壁……。

人間どもにその名を伝えたことは無いのだがな。

君は一体、何者だ? 

今までに私がまみえた勇者とは、何もかもが違う』


 さて。

 この化物を、どう退治したものか……!

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