第14話 アスタロトの悪意

 動画を見せると、国王は俺の話を信じてないような顔から、劇的な表情の変化を見せた。

 無表情から、目を見開き、口をぽかんと開け、手をぶるぶると震わせ、「ほぁぁぁぁ」と不思議な声を漏らし、ついには腰が抜けたようで玉座から滑り落ちた。


「あ、あ、悪魔! ディアスポラに悪魔がいる……!」


「だから言ったでしょう? ……でも、傭兵国家の王がどうしてそこまで悪魔に驚いているんだろう」


「陛下は、生まれてから一度も悪魔を見たことが無いのです。無論、我もですが」


 ハマドがこっそり教えてくれた。

 そうか。

 悪魔を見たことが無いんじゃ、ディアスポラに悪魔がいるなんて言っても、現実味がないものな。

 俺が撮影してきた、掃除人がドッペルゲンガーになる動画は、素晴らしい効果を示した。

 王だけではない。

 ディアスポラの大臣や将軍や、誰もがこれを見て驚き、仰け反る。

 傭兵国家だと言うのに、今まで誰も危機感が無く、マイペースな感じだったこの国は、一夜にしてその雰囲気を一転させたのだった。


「済まなかった……!」


 王様が、セシリアに頭を下げる。

 セシリアは、むふーっと鼻息を荒くした。


「私じゃありません。謝るべきなのは、勇者カイル様です!!」


「あ、いや、俺は別にいいんだけど……」


「だめです!!」


 ええ……。

 セシリア、俺がないがしろにされた事に怒ってるみたいだ。

 王様、改めて俺に向かって頭を下げる。

 ちなみにこれ、王様の威厳とか色々あるので、謁見の間ではなく王族の私室で行っているやり取りだ。


「もういいですから。頭を上げて下さい。

ディアスポラが不自然なほど悪魔に会うことが無かったということはハマド王子から聞きました。

みんなアスタロトっていう奴の仕業なんです」


「なんと……。

ディアスポラがこれまで悪魔に会うことが無かったのは、黒貴族アスタロトのせいだったと言うのか……?」


 驚く王様に対し、俺の言葉をハマドが補足する。


「陛下、勇者殿の言うとおりなら、何もかもが腑に落ちます。

世界の強い戦士を集めるこのディアスポラが、何故悪魔と戦うこと無く、世界で最も平和な国になってしまっているのか……」


「アスタロトが、我らを飼い殺していたというのか……!」


「間違いなくそうですね。それで、俺が思うんですけど、多分アスタロトはこの下にいます」


 俺は床を指差した。

 ディアスポラの遥か地下に広がっている、アスタロトの迷宮を。


「それで、情報を集めたいんです。俺、ゲームは攻略wiki見ながらやるタイプなんで」


 それに、国王に信頼してもらい、ディアスポラに掛かったアスタロトの呪いみたいなものを解く事は、必要だった。


「手を貸してください、王様」


 俺は、ディアスポラの全面的な協力を取り付けた。






 俺達は、ディアスポラにて、迷宮とアスタロト、そして英雄姫と勇者に関する情報を集めた。

 そしていよいよ、その最終段階。

 英雄姫エノアに関する重大な物を、王家が所有しているという。


 王様が案内してくれたのは、城の最深部にあるという宝物庫だった。

 二重の封印を解き、三つのパスワードを超えた先に、それはあった。

 真っ赤に塗られた、不思議な材質で出来た弓だ。

 矢は無い。


「こちらが、英雄姫エノアが使っていたという弓です。

魔弾の弓と呼ばれていまして、我が国を象徴する国宝です。

年に一度の祭りには、この弓が輿こしに載せられて国中を巡り、多くの民が英雄姫エノアのために祈ります」


「これが、伝承で語られる魔弾の弓……。

英雄姫エノアは、“魔弾の射手”と呼ばれていました。

彼女の放つ矢は、どれだけ遠い相手であろうと、そしてどれだけ素早い相手であろうと必ず捉え、貫いたと言います」


 王様とセシリアの説明を聞きながら、俺はスマホを確認していた。

 人の話の最中にスマホをいじるのは行儀が悪い事だが、これは必要なことなのだ。


 起動するのは、専用SNS、“ブレイブグラム”。

 もしや、エノアに関連する場所に行けば、彼女をフォローできるのではないかと思ったのだ。

 ……新着メッセージがある。

 だけど、これは新しい英雄姫が見つかったというメッセージではない。

 俺がフォローしているセシリアの、ユーザーレベルが上がりました、という情報だ。

 英雄姫エノアに関する記述は、どこにもない。


「残念」


 俺はスマホを仕舞おうとした。

 そして、ふと思いつく。

 魔弾の弓を鑑定してみようかな、と。

 スマホを向けて、カメラを起動させた。

 いつものように、鑑定アプリは被写体を高速で分析する。

 そして、説明文が飛び出した。


『魔弾の弓レプリカ。黒貴族アスタロトが作り出した呪物で、これによって真の魔弾の弓を封じ、英雄姫エノアを閉じ込めている。人々の祈りを魔力源とし、活動し続ける』


「おい」


 ちょっと待て。

 冗談じゃないぞ。

 これは英雄姫の弓どころか、当の英雄姫に害をなす邪悪な代物じゃないか。

 アスタロトはつまり、ディアスポラ建国のいしずえであった英雄姫を封じ、封印の呪物をディアスポラの人間に後生大事に守らせていたということだ。

 しかも、呪物が力を発揮するための魔力は、年の一度の祭りで、ディアスポラの民衆から供給される。


「ただ一人戻ってきた勇者は、この弓をたずさえていたと言います。

それより、魔弾の弓は我がディアスポラの一番の国宝となっているのですよ」


 俺が目を見開いて画面を見ていることに気づかず、国王は朗々と弓の説明を行う。


「そして、勇者は傭兵王国ディアスポラを築きました。

悪魔に抗うための、戦士達が集まる場所となることを願って……」


 たった一人戻り、この国を建国したという勇者。

 そいつは本当に勇者本人だったのか?


「カイル様、なんだかとても怖い顔をしています」


 傍らに立ったセシリアが、俺の横顔を心配そうに見つめた。


「あ、ああ、ごめん。ちょっとさ、とんでもないことが分かりそうなんだ。そして、ちょっと俺は怒ってる」


「ええ、最後のところは分かります。私だって、いつも怒っています」


「悪魔にだろ?」


「はい!」


 セシリアが力強く答えた。

 俺だって、悪魔がどうやら悪いやつであろうという事くらいは、漫然と思っていた。

 だけど、それはあくまで現実世界にいた時に、悪魔という言葉から連想する曖昧あいまいなイメージから来る考えだった。

 今は違う。

 ディアスポラという国は、存在自体が巨大なブラックユーモアなのだ。

 英雄姫が封印された迷宮に、蓋をするように立ち、世界中の優れた戦士を集める。

 戦士達が悪魔と戦えないようにコントロールし、飼い殺す。

 国を上げて、英雄姫を封印した呪物をまつらせる。


 何もかも、全部が皮肉でできている。

 これをやった黒貴族、アスタロト。

 こいつは、最悪の野郎だと俺は思った。

 まさしく、悪魔だ。

 だから、


「俺も悪魔に対して怒ってる。めちゃくちゃ怒ってる」


 野郎、絶対にぶっ潰してやる。

 そして、二百年間もずっと封印されているであろう、英雄姫エノアを助け出すのだ。

 

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