第13話 悪魔探し

「カイル様、このままでは掃除人を見失ってしまいます! 人が多すぎるんです!」


 セシリアは焦った様子だ。

 こうしている間にも、俺が発見したドッペルゲンガーは、人混みのなかに紛れ込んでいこうとしている。


「セシリア、よく見てて。

画面の中の掃除人に化けた悪魔を、こうしてグッと長押しでタッチする。そうすると……」


「あ、なんだか旗の絵みたいなものが出てきました」


「そう。目印にフラグが立つんだ。

そして、地図アプリ上で見れば、このフラグが立った相手がどこに行ったのかを確認できる。

さあ行くぞ!」


「はい!」


 駆け出す俺とセシリア。

 ハマドも俺達の後を追いながら、


「勇者殿は不思議な魔法を使われる。だが、実に効果的だ!」


 楽しげに呟くのだった。






 俺を先頭にし、人混みの中のドッペルゲンガーを追う。

 ハマドは何人かの兵士を連れて同行している。


「ハマド王子、往来で戦いを始めちゃったらやばいですか?」


 俺が問うと、ハマドは笑った。


「いや、構いませんよ。

我がディアスポラは国民全てが戦士。

例え日常の中であろうと、そこが戦場になる覚悟は出来ているでしょう」


 えっ、いいの?

 セシリアを見たら、彼女もそのとおりだと頷いている。

 どうやら、ディアスポラの国民は常在戦場らしい。

 この世界そのものが、長い間悪魔と戦い続けてきたらしいから、みんなそれなりの覚悟は出来ているのかも知れない。


「でも、それはもっと相応しい状況で戦うべきじゃないかな。なるべく巻き込まないようにしてみるよ」


 俺はそう宣言して、画面上を動くフラグに注目した。

 それは、ディアスポラの表通りから外れ、裏通りへと向かっていく。


「みんな、静かに動いて」


 俺は仲間達にそう伝えると、新しいアプリをダウンロードした。

 それは、サバイバルアプリの上位版。

 スカウトアプリだ。

 俺の足音が消え、静かに裏通りを歩き出す。

 後に続くセシリアは、息を潜め、ゆっくり足を踏み出した。

 ハマドと兵士達は、音を消す事を重視して、かなり移動速度が落ちた。

 けど、これでいい。


「画面上のフラグは、奥で止まってる。もしかして、ドッペルゲンガーが集まってるかも知れない」


「一網打尽ですね……!」


 セシリアがささやき声を返してきた。

 英雄姫として様々な戦場で戦ってきたであろう彼女は、隠密行動もそれなりに出来るらしい。

 スカウトアプリで完全に気配を消した俺に続き、無音のままで英雄姫が後に続く。


 速度の問題で、ハマド達を引き離すことになってしまった。

 彼等は傭兵だし、こういう隠密行動は専門ではないから仕方がない。

 まずは俺達が悪魔に戦闘を仕掛け、騒ぎが起こったら一気に飛び込んできてもらう、という手はずになった。


「いた……!」


 裏通りの奥に、広がった空間があった。

 そこに、掃除人の姿をした人物が三人いる。

 彼等は顔を合わせて何か話し込んでいるようだ。

 俺はすかさず、スマホでこの三人を撮影した。

 よし、三人共悪魔だ。



「セシリア!」


「はい! 参ります!!」


 俺の指示を受けて、セシリアが空間へと飛び込んでいった。


「!?」


 一瞬、ドッペルゲンガー達は人間の演技も忘れ、現れたセシリアを目を見開いて見つめる。


「英雄姫、どうしてここに」


「あ、あー……。どうされたんですか、英雄姫様。こんなところに……」


「お黙りなさい。貴方がたが人間ではなく、悪魔ドッペルゲンガーであることは分かっているのです!」


 人間の振りをしようとする悪魔に、セシリアは指を突きつけた。

 俺はと言うと、この光景をスマホで撮影している。

 動画で証拠を撮れば、ディアスポラの国王も、国の中に入り込んだ悪魔という存在を認めざるを得まい。


 ドッペルゲンガーは必死に、何の話だか分からないとか、勘違いではないか、などと繰り返した。

 彼等の演技は真に迫っていて、鑑定スキルによる看破がなければ俺だって人間だと思ってしまうだろう。

 だけど、スマホの画面表示は、彼等三人を悪魔だと断じていた。


「問答無用です!!」


 セシリアが槍を構えた。

 どうやら言葉が通じない、と悪魔も判断したようだ。

 彼等の姿が、変わった。

 一気に顔の凹凸や衣類の境目がなくなり、のっぺりとした黒い人影になる。

 人影は両腕のところから、黒い触手を生み出し、一斉にセシリアへと襲いかかった。


「よし、もう十分だ! 俺も行くぞ、セシリア!!」


 撮影を終了しながら、スマホを剣モードへと変化させる。


「カイル様! 私一人で問題ありません! ……けれどいらっしゃるのなら嬉しいです!」


 彼女の微妙な乙女心を感じつつ、俺も悪魔との戦いに参加する。

 剣と槍が唸る度、触手が切り飛ばされる。

 ドッペルゲンガー三匹と言っても、勇者と英雄姫が組んだら敵ではない。

 むしろ、瞬殺しないように気を使うくらいだ。


「カイル殿! セシリア様!!」


 ようやく、ハマドが駆け付けてきた。

 そして、彼と兵士は、俺達と戦うドッペルゲンガーを目の当たりにした。


「なんと……! 

ディアスポラに悪魔が! 

やはり、カイル殿の仰ることは真実だったか! 

我らの中にいる悪魔が、ディアスポラが戦うことを封じていたのだ!」


 雄叫びを上げ、ハマドも参戦した。

 こうなれば、一方的な展開だ。

 セシリアの槍が、ドッペルゲンガーの全身を串刺しにする。

 俺は剣で悪魔を切りつけつつ、距離をとって魔法を使う。

 生み出された氷の投擲槍が、ドッペルゲンガーを壁に縫い付けながら凍てつかせた。

 最後に、ハマドと兵士達が悪魔の一体を囲んで倒す。


 倒された悪魔は、粉のようになって消えてしまった。

 そうだ。

 ドッペルゲンガーは倒すと消えるから、証拠にならないのだ。

 だが、スマホの中には動画がある。

 そして、ハマド達の証言もあるのだ。


「証拠は揃った。これからディアスポラ王の協力を取り付けにいくぞ!」


 俺が宣言して動画をみんなに見せる。

 感心するハマド達だが、セシリアの反応は劇的だった。


「なるほど……! 

私を先に行かせたのは、このためだったんですね! 

私とドッペルゲンガー達のやり取りがあって、それから正体を表すドッペルゲンガー! 

これなら、信じないわけにいかないですね……!」


 さすが、と目をキラキラさせるセシリア。

 動画を撮っただけなんだけど……。

 なんか彼女の尊敬がくすぐったい。


「あっ、今のところもう一回見られますか?」


「ああ、うん。何回でも再生できるけど」


「ここ、ここです! 

最後のところで、カイル様の声がするんです! 

“よし、もう十分だ! 俺も行くぞ、セシリア!!”ですって! 

素敵……」


 ぽーっとなるセシリア。

 いやいや、俺の声を何回も再生しないで欲しい。

 恥ずかしいったら無い。

 結局この後、王城に到着するまでの間、セシリアは最後の場面だけを十回以上再生したのだった。

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