第10話 腕試し
ディアスポラの門は、二重になっているのだった。
門をくぐった俺達が通されたのは、外の門と内の門をつなぐ中間。
そこで、たくさんの兵士が俺を取り囲んだ。
「どういうことですか! 早く通しなさい!」
セシリアが
その姿に、兵士の大半は腰が引けている。
無理もない。
王様よりも偉い、英雄姫が怒っているのだ。
取り囲まれるような今の状況は、兵士達によるものではないのだろう。
指示した何者かがいる。
「お待ち下さい、“風の銀槍”様」
俺の予想通り、その何者かが現れて、こう告げた。
さっきセシリアが名乗った、かっこいい名前だ。
彼女の通り名だったりするのだろうか。
「あなたですか、こんな事をさせているのは」
セシリアがきつい目をそちらに向ける。
立っていたのは、なめし革の鎧を着込んだ長身の男だ。
よく手入れされた
鼻が高くて顔の彫りが深い。
なかなかのイケメンだ。
年齢はよく分からないけれど、まだ若いんじゃないだろうか。
「はい。
ご無礼をお許しください、“風の銀槍”様。
ですが我がディアスポラは、傭兵の国家。力か、金か。
単純明快な論理で動いております。力であれば、英雄姫たるあなたを試す必要もない。
だが、そちらの男は違います」
彼はじっと、俺を見つめた。
「そうか。俺を試したいわけか?」
こんなに大人数に囲まれているのに、俺の声は震えなかった。
隣にセシリアがいてくれるから、かも。
「そうなるな。
我が名はディアスポラ傭兵隊長ハマド。
カイル殿と言ったか。貴殿には、力か、金か。どちらかの試しを受けてもらわねばならん」
ハマドと名乗った彼の態度は、セシリアに対するものとは明らかに違う。
隣で銀髪の英雄姫が、みるみる不機嫌になって行くのが分かった。
落ち着いてセシリア。
どうどう。
「お金は無い。だから、力の試しとやらを受けることになると思う」
俺が言うと、周囲の兵士達がちょっと馬鹿にするような雰囲気になった。
「あんなひょろっとしてる癖にかよ」
「まだ髭も生やしてない」
「武器を帯びてないじゃないか」
いけない。
隣でセシリアが、爆発寸前になっている。
悪魔ドッペルゲンガーを、軽々と倒してしまうような彼女が怒ったら、文字通り血の雨が降りそうだ。
俺は慌ててセシリアに肩をくっつけ、
「大丈夫だから。俺を信じて。君が信じてくれてる、俺を信じて」
「! はいっ!」
よし、セシリアの機嫌が直った。
なんだか、前にも増してキラキラした目で見つめられている気がする。
「いいかな?」
傭兵隊長ハマドが先を促してきた。
「ああ。力の試し。それは、例えば剣でも魔法でもいいのか?」
「魔法……? なるほど、貴殿は魔法を使うのか。
良かろう。こちらも魔法使いは用意している。どちらでも好きな方を選ぶがいい」
ハマドは、俺を馬鹿にしてはいない。
こいつの目は冷静だ。
じっと俺を見極めようとしている。
いいだろう。
俺がどれだけ出来るのか、見せてやる。
「では、剣と魔法、両方の試しを受ける。どちらも合格でなければ入れてくれなくて構わない」
俺は断言した。
ハマドが、一瞬目を大きく開き、「ほう」と呟いた。
だが、周りの兵士は違う。
よろしくない意味で、ドッと笑った。
「こんな小僧が、剣と魔法だと?」
「おいおい、力の試しは遊びじゃないんだぞ?」
なんだろうなあ。
煽らないと死んでしまう病気なんだろうか。
隣のセシリアが激怒しているのは分かる。
だからこそ、俺は冷静でいられた。
彼女が俺の分も怒ってくれてるんだもの。
案内されたのは、傭兵達が訓練を行う場所だった。
俺はその中でも、広い空間へと通される。
頭上は空。
吹き抜けになっている。
「まずは兵士が相手をしよう。おい、お前」
「はっ」
ハマドに呼ばれ、屈強な兵士が進み出てきた。
彼は、練習用の刃を潰した剣を持っている。
「カイル殿にも剣を」
「いや、俺はいいよ。自前の剣がある」
ハマドの言葉を断って、俺はスマホを起動する。
剣スキルは、アプリを使わなくても、既に俺の中に完全にインストールされている。
必要なのは剣だ。
「練習用に出力を抑えた剣を」
『はい。打撃モードで出力します』
ヘルプ機能が、俺の要望に応じた。
スマホの端子から、光が伸びる。
それは、バトン状の光だった。
兵士達がこれを見て、どよめく。
武器を持ってないとか言ってたな、彼等。
俺は、いつだって武器を用意できるのだ。
「ほう……! 光の剣……!」
ハマドが感嘆の声を漏らした。
そして、少しだけ笑う。
「なるほど、“風の銀槍”が認めた少年か。……両者、構え!」
「カイル様……!」
セシリアの声が届いた。
彼女は両手をグッとファイティングポーズに構えている。
俺も、拳を振り上げて応えた。
「始め!!」
「ウオオオオーッ!!」
ハマドの合図と同時に、兵士が斬りかかってきた。
刃を潰した剣でも、まともに当たれば死ぬ可能性がある。
そんな事を少しも考えていないような、いわゆる殺そうとする動きだった。
だが、剣スキルを習得した俺にとって、それはいかにも大雑把過ぎる。
「よっ……と!」
俺は一撃を、余裕を持って
その後、すれ違いざまに彼の背中を光の剣で打った。
「ぐおっ!」
打撃を受けて、つまずく兵士。
さらに、彼の足元をつま先で払う。
兵士は重心を崩され、見事に倒れ込んでしまった。
その喉元に、俺の剣が突きつけられる。
「そこまで!! 勝者、カイル殿!!」
ハマドが宣言した。
一瞬、兵士達が沈黙する。
そしてすぐに、わーっと沸いた。
「何だあの動き!」
「見えてたってのか?」
「いや、まぐれだまぐれ!!」
そんな声が聞こえる。
そして、兵士は俺も俺もと、名乗りを上げて次々、俺に挑戦してくることになったのだった。
一人は頭を打って気絶させ、一人は剣を払い落としてから、眼の前に剣を寸止めで降参させ。
一人は足元を薙ぎ払って空中で一回転させ、一人は開幕早々、こっちから突っ掛けて横一文字に叩き伏せた。
俺といい勝負をできる奴なんて一人もいない。
ついに、兵士から俺に挑戦する者はいなくなった。
「他にいないか? ……いないようだな」
ハマドが確認する。
そして、彼が剣を取った。
「では、このハマドが貴殿の最後の相手を勤めよう。疲れてはいないか?」
「大丈夫だ。結構紳士的なんだな」
「試しを行うには、公平でなくてはならないからな。では、始めるぞ」
ハマドが襲いかかってきた。
今までの兵士とはものが違う、鋭い斬撃。
それを凌ぐと、今度は鋭く、連続した突き。
俺はこれを弾き返す。
そうしたら、ハマドの足が飛んできた。
危うく足を払われそうになるのを、跳んで
おお、この男、強い!
間違いなく、剣スキル相当の実力がある。
ドッペルゲンガーよりも強いだろう。
「我の攻めを防ぎきったか! これだけの手練、我が王国にもそうはいないぞ!」
ハマドは少し嬉しそうだ。
「そうかい。じゃあ、こっちからも行くぜ!」
俺は踏み込んだ。
まずは鋭く斬撃を与え、そこから流れるような連続突き。
ハマドがこれをやり過ごすと、懐に飛び込みながら足を払った。
「……! 我がやった動きを返してきているのか!」
後退しながら俺の攻撃を防ぎ、ハマドが呻く。
その通りだ。
そしてここからは、俺のオリジナル。
「決めるぜ!!」
叫んだのは、セシリアへのアピールだ。
「はい、カイル様!」
返答を耳にしながら、俺はハマドへと突っ込んだ。
迎撃で振るわれる、鋭い剣の一撃。
これを紙一重で回避しながら、俺はカウンターの一撃を放つ。
ハマドの剣は、俺の耳をかすって後ろに伸びていた。
俺の剣は……。
「参った」
ハマドの首筋に、ピタリと当てられている。
これが本番なら、彼の首は落ちていた。
「剣において、貴殿は勇者であると認めよう、カイル殿……!」
「ありがとう、ハマド!」
彼が俺に注ぐ視線は、敬意に満ちたものになっていた。
兵士達から、歓声が上がった。
彼等は、俺とハマドの名を連呼している。
どうやら、兵士達からも認められたようだ。
「カイル様ー!!」
すぐ近くから声が聞こえる。
あっと思って振り向いたら、むぎゅっとセシリアに抱きしめられた。
「カイル様、良かった!
もちろん信じていましたけど!
ですけど、あれほどの技を使いこなすなんて!
さすがはカイル様です!!」
「セ、セシリア!
分かったから、人前で抱きつかないで!?
いや、気持ちいいけど、恥ずかしいから!」
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