2・傭兵国家ディアスポラ
第9話 ディアスポラ
砂漠の夜は冷える。
オアシスだってそれは例外じゃない。
俺はサバイバルアプリに従って、風を避けるようにテントを張った。
その中で、セシリアと二人で眠るのだけれど。
「カイル様。私が最後の英雄姫だって、昼間お話ししましたよね」
急に彼女の話が始まった。
「ああ」
「その理由は、簡単なんです。
聖王国で英雄姫を選び出す、姫巫女の血が途絶えてしまったんです。
私を選びだした姫巫女が、最後の一人。だから、もうこの世界に英雄姫は生まれないんです」
「姫巫女が……」
それがどういうものかは知らない。
だけど、眠気が襲ってくる今、わざわざ検索しようという気にもならなかった。
テントの中は狭くて、自然と、俺とセシリアは密着しないといけない。
寒い夜の中で、セシリアの体温が暖かくて気持ちいい。
「じゃあなおさら、セシリアを助けられて良かったよ」
「はい。私が生きてさえいれば、人類にはまだ反攻の目が……」
「そうじゃなくて。じゃなきゃ、俺はセシリアと会えなかったじゃないか」
眠気半分で、心の中のことを素直に呟く。
隣で、息を呑む音がしたように思った。
あれ?
セシリアがさらに暖かくなった。
これはちょうどいいや。
ついでに、スマホの発熱アプリも起動して、俺とセシリアの上に暖房代わりに載せてっと。
「おやすみ……」
俺は眠りに落ちていった。
「驚きですね……。砂漠の夜だと言うのに、ちっとも寒くありませんでした。これがスマホの力……」
セシリアがしみじみと呟く声で目を覚ました。
彼女は、俺の上に乗ったスマホを突きながら首を傾げている。
そして、俺が目覚めたことに気付くと、
「おはようございます、カイル様。今日も良いお天気ですよ!」
日が徐々に高くなってくる頃合いだった。
これから、砂漠の気温はどんどん上がっていく。
「夕方近くまでオアシスで過ごして、日暮れから移動するのが良いと思います。
徒に熱で体力を奪われませんからね」
「うん、そうだね。サバイバルアプリにもそう書いてある」
人間、暑いときに脱げるのは服までだし、砂漠で服を脱ぐのは自殺行為。
だが、寒い時は着込めばいいのだ。
それに、俺達には発熱アプリがある。
日暮れが近い頃合いに、俺達は移動を開始した。
たっぷりと草と水を胃に入れたラクダはご機嫌だ。
砂丘をとことこと歩いていく。
やがて日は落ち、周囲は夜になった。
俺はスマホを発光させ、灯りとする。
すぐ横で、セシリアも魔法を使用した。
彼女の周りを、淡い光がくるくると回り始める。
「その魔法、可愛いね?」
「はい。
使う魔力は小さいのですけれど、こうやって動き回るので、周囲をまんべんなく明るく出来るんですよ」
「なるほど、便利だ。その魔法は、俺のスマホよりも使えるかもしれないね」
「いえ、そこまででは……!
でも、夜の砂漠は様々な生き物がいるんです。
中には、人を襲う怪物も現れます。ですが、それらは一様に強い光を恐れるのです。
光の妖精を動かしていれば、彼等は怖がって近づいてきません。余計な戦いをしないで済むのです」
「へえ……灯りを点ける以外にもそんな意味があるんだ」
奥が深い。
どれどれ、本当にこの近くに、怪物が寄ってきているんだろうか。
ちょうどいいアプリがあったので、ダウンロードして使ってみる事にする。
「索敵アプリ……っと」
起動すると、バッテリーがぐんっと減った。
おお、まずいまずい。
残り40%を切りそうだ。
だけど、画面の中には俺達の周辺が、見下ろすような形で映し出されていた。
中心にある、緑色の点が二つ。
これが俺とセシリア。
そして……俺達を取り巻いている真っ赤な点が、一つ、二つ、三つ、四つ五つ六つ……。
おいおいおい。
本当に、夜の砂漠は怪物だらけだ。
どんな奴がいるのかは分からないが、みんなセシリアの光の魔法を恐れて、遠巻きにこちらを
やがて、砂漠の向こうに太陽が昇ってきた頃。
地平線から上る光に照らされて、そのシルエットが見えた。
「街……? いや、国?」
「はい。傭兵王国ディアスポラ。巨大な砦の中に築かれた、二百年の歴史を持つ王国です」
それは、土色の大きな城壁がどこまでも続き、あちこちから塔が飛び出す不思議な形をしていた。
「へえ……。変わった国だなあ。ネットでもこんなの見たことないや」
ネットで見た、モンサンミッシェルとも違うし、九龍城ともまた違う。
見たことも聞いたこともない形をした国だった。
近づいていくが、巨大な城門は閉ざされ、開く気配がない。
隣でセシリアがラクダから降り、すうっと大きく息を吸い込んだ。
来るぞ。
「頼もう!!」
ついさっきまで、丁寧な口調で談笑していた女の子のものとは思えない、凄い大声。
体の芯まで、びりびりと響いてくる。
心なしか、門までが震えたように見えた。
ガタリと音を立てて、門の一部が窓のように開く。
「何者だ、こんな朝早くに」
「私は英雄姫セシリア。“風の銀槍”と言えばお分かりか」
不機嫌そうに顔を出した兵士だったが、セシリアの言葉と、彼女が持つ銀の槍を目にした瞬間、顔を
兵士用らしい扉を開いて飛び出してきて、ビシッと直立不動になる。
「英雄姫様、お迎えできて光栄であります!!」
おお、凄い。
王様よりも格上であるという英雄姫。
その威光はやっぱり本物だ。
「では、扉を開けて下さい。
こちらにおわすのは、勇者カイル様。
カイル様と私とは、ディアスポラに入る用があるのです」
あっ、兵士は一瞬、俺を怪しげに睨んだな。
そりゃあ、セシリアと比べたら、パッとしない外見だからな。
いきなり勇者だなんて言われても怪しいだろう。
この兵士の反応は真っ当なものの気がする。
「その目は何ですか」
だけど、セシリアは許さなかった。
かなり厳しい口調で、兵士を問いただす。
「え、いや、あの。なんでも」
兵士がもごもご言う。
そして扉の奥に飛び込むと、
「い、今すぐ開けまぁす」
と細い声を出した。
セシリア、腰に手を当てて
「カイル様を疑うような目をして、信じられません!!」
「もしかするとこの国では、俺はあまり歓迎されないかもね」
「そんな! 私がここにこうしているのは、カイル様のお陰なのに。ありえません」
「うん。
俺は俺自身が疑われるのはいいけど、でもそれって、俺を信じてくれるセシリアまで疑われるってことだもんな。
セシリアが疑われるのは、嫌だ」
「カイル様……!」
セシリアの目が見開かれ、徐々にうるうるしてくる。
彼女、俺の前だと本当に、ころころと表情が変わるなあ。
見つめ合う俺達の前で、扉がきしむ音を立てて開いていく。
その奥には、たくさんの兵士達が立っていた。
彼等の目に共通しているのは、セシリアに対する敬意と……俺への疑心。
どうやらこの国では、まず、俺の身の証を立てなければいけないみたいだぞ。
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