第5話 鑑定アプリ

 セシリアとは昨日、ちょっといい雰囲気になった……と俺は感じたのだけれど、残念ながらそれ以上の進展は無かった。

 最近のアニメやマンガだって、ヒロインと出会って仲良くなるまでは、それなりに時間が掛かるもんな。

 よし、頑張れ、俺。

 恋愛経験ゼロだって、今の俺には勇者であるという圧倒的なアドバンテージがあるのだ。


「おはようございます、カイル様」


 扉が開いて、セシリアがひょっこり顔を出した。

 与えられた寝巻きで寝ていた俺は、大いに慌てる。


「う、わわわっ! ノックしてくれよ!」


「きゃっ、済みません! 今までノックなどしたことが無かったもので」


 そうか、セシリアって英雄姫で、その国の国王よりも格上だから、どこにでもずんずん入っていけるんだな。

 彼女は恥ずかしそうにしながら、ずんずん部屋の中に入ってきた。

 入ってくるのかよ。

 いそいそと着替える俺。

 昨日まで着ていた部屋着ではなく、ファルート王国からもらった麻の衣服だ。

 ちょっとゴワゴワしてて固い。

 戦闘用の上質な衣類らしいんだがなあ。


「お着替えは終わったようですね? では、ファルート王、アラクマ三世殿に挨拶に行きましょう」


 王様なのに、陛下とか付けないんだな。

 ファンタジー物を見たり読んだりしてると、そこはちょっとカルチャーショックを受ける。

 アラクマ三世って、昨日、玉座をセシリアに譲った人だったはず。

 怖そうな外見なんだけど、誰よりも戦争の終わりを喜んで大酒を飲んでいたよな。


 セシリアに連れられて、薄暗い廊下を歩く。

 王城だというのに、ファルート城の廊下は広くない。

 敵に攻め込まれた時、一度に兵士を進ませないための工夫なんだとか。


「そう言えば、珍しいところに来たんだから、写真撮っておこうかな」


 ポケットに突っ込んでいたスマホを取り出し、スリープモードを解除する。

 そこで気付いた。

 バッテリーがあまり減っていない。

 昨日は酷使したし、それからずっと充電だってしていない。

 なのに、バッテリーが減らないってどういうことだ?


 さらに、カメラを起動して周りを観ると、カメラ越しの風景に何か色々と表示がされている。

 壁際に立っている鎧を見れば、鎧の構造、性能、来歴が。

 これ、鑑定アプリか!


 セシリアを見てみたら、まるでRPGみたいにステータスが映った。

 十七歳……。

 一つ年上かあ。

 メイン武器は銀色の槍で、エクセリオン・スピアと言うらしい。

 そして、ある程度の魔法を心得ているようだ。

 身の軽さと、手数で勝負するタイプの英雄姫、と。


「? なんです?」


 俺がスマホ越しに、じーっと彼女を見ていると、セシリアが振り返って小首をかしげた。

 可愛い。

 ここで俺は、彼女を見ていたことを言いつくろおうと思った。

 現実の世界ではこんな事していたら、盗撮だって言われて捕まってしまう。

 だけど、よく考えたらここは異世界じゃないか。

 正直に話すことにしよう。


「これ、ここのレンズでセシリアを写すとね、君のステータスが見えるんだ」


「ステータス……?」


「ええと、能力のこと。セシリアが槍の使い手で、力より速さを重視する、とか分かるわけ。

あとは魔法を幾らか使える、とか」


「まあ! スマホとは、凄いものなのですね! それを使いこなすからこそ、カイル様はもっと凄いのですね!」


 セシリアが目を輝かせる。

 そうだなあ。

 俺が凄いと言うより、スマホが凄い。

 あきらかにおかしいだろって言うアプリがインストールされてるし、魔法までアプリにしてインストールしてしまう。

 だけど、俺もスマホと連動して強くなるから、凄いと言えば凄いのかも知れない。

 それに、アスモデウスとの戦いは、俺のフリック入力速度がなければ死んでいた気がするし。


「カイル様の凄さ、素晴らしさを、もっと多くの人に知ってもらいましょう! さあ、早く早く!」


「うわっ!? 待ってくれセシリアー!」


 彼女は俺の手をぎゅっと握ると、凄い力でどんどん引っ張っていく。

 さっきまで進んでいた方向とは、全然違う所へ向かおうとしている。

 一体、何をやらかす気なんだ!?




 鼻息も荒く、セシリアがやって来たのは食堂だった。

 あ、普通に朝食食べるのね。

 俺はホッとする。


「皆さん、おはようございます!!」


 そこでセシリアが、大きな声で挨拶した。

 食堂に集まった人々の目が彼女に注がれる。

 そして、ザザッと音を立て、誰もが立ち上がり、セシリアに敬礼した。


「頭を上げて下さい! 

今日は、皆さんに我らが勇者にして、アスモデウスを倒した英雄、カイル様の素晴らしいところを一つ教えて差し上げ……」


「ストップ! セシリア、ストップー!!」


 慌てて彼女の口を手で塞いだ。

 セシリアがもがもがもぐもぐ言う。


「それほどのものじゃないから、ね。あと、みんな朝ごはんを食べてるんだから、邪魔しちゃいけないだろ」


「でも……。カイル様、凄いのに。

スマホを使いこなして、凄いことが出来ることは、もっと多くの人々が知っているべきだと思うのですよ」


 セシリアがちょっとむくれている。


「うん、セシリアの気持ちは嬉しいけど、こういうのは秘密にしておいた方がいいだろ。

ほら、手の内を知られたら、悪魔がそこを突いてくるかも知れないし」


 俺の言葉に、セシリアはハッとしたようだ。

 こくこくと頷く。


「確かにおしゃる通りです! 私、カイル様の深いお考えも知らずに、とんだことをするところでした」


「あ、あ、落ち込まないでセシリア! 君は別に間違っちゃいないんだから!」


 食堂の人達は不思議そうに俺達のやり取りを見ていた。


「済みません、皆さん座って、食事の続きをして下さい!」


 俺が促すと、みんな腰掛けて食事を再開した。

 さて、俺達も朝食を取らないとな。

 そう思って歩いていると、兵士達はテーブルひとつ分を丸々空けて、席を作ってくれた。

 朝食はビュッフェ形式みたいだけど、俺が立つまでもなく、一通りのおかずが乗った皿を兵士が運んできてくれる。


「あ、ありがとう」


「いえ! この程度しか出来ませんが、自分は勇者カイル様を尊敬しております!! 

どうか、悪魔どもに鉄槌を!!」


「は、はい。がんばります」


 兵士は頬を真っ赤にして、鼻息も荒く頷くと、深々と礼をして去っていった。

 周囲に座っている人々も、同じような感じだ。

 みんな、じーっと俺とセシリアを見つめている。

 熱視線だ。


「見られているよセシリア」


「もちろんです。今やカイル様は、全ての戦士達、兵士達の尊敬を集める、伝説の勇者様なのですから」


 そうか……。

 行く先々で、こういう注目をされてしまうのかも知れない。


「それで、カイル様。先程の、私の能力が分かるスマホの力ですが」


「うん」


 俺は、干し肉で出汁をとったスープをごくごく飲んでいる。

 塩気がちょうど良くて、なかなかいける。

 俺が飲み終わるのを待ってから、セシリアは口を開いた。


「その力を使って、やって欲しいことがあるのです。

実は、この場にいる兵士の中に、悪魔のスパイが混ざっているかも知れないのです。

私が公国に向かい、悪魔の軍勢と戦うという情報が漏れていたようで……」


 セシリアが声を潜めている。

 内容は、潜めるだけの理由がある、とんでもない話だ。

 悪魔がスパイを紛れ込ませてる!?

 それは、洒落にならない。

 何もかも、悪魔に筒抜けになってしまうという事じゃないか。


「ですから、スマホで兵士達を見て欲しいのです。

これで、誰も悪魔でないなら、それは良い事です。ですけど」


「分かった。やってみる」


 俺はスマホを取り出し、立ち上がった。

 兵士達をカメラで捉えながら、ぐるりと食堂中を見渡してみる。

 兵士、兵士、兵士。

 強さの差はあれど、みんな普通に兵士だな。


「何をなさってるんですか?」


 最後に映したのは、俺達に食事を運んできた兵士だ。

 不思議そうに、俺がやることを見ている。

 じっと見ている。

 ……まさか、なあ。

 俺がカメラを彼に向けた瞬間だ。

 画面に映し出された表示は、今までと違うものだった。


『種族:悪魔 クラス:ドッペルゲンガー』


「いた」


 俺が呟くと同時に、セシリアが動いた。

 今までどこに持っていたのか、彼女の手に銀の槍が光っている。


「!!」


 兵士が反応するよりも早く、セシリアの槍は一瞬で彼を刺し貫いた。

 食堂中が動揺する。

 いきなり英雄姫が動いたと思ったら、兵士を槍で刺したのだ。

 何事かと思うだろう。

 だが、セシリアが槍を使った理由は、すぐにみんなにも理解できたようだ。


 刺された兵士の姿が、どろりと溶けて床に落ちる。

 それはぶくぶくと音を立てて集まり、真っ黒な人影になった。


『何故……何故分かった……!!』


「それが勇者カイル様の力です!」


 セシリアは、相手……悪魔ドッペルゲンガーに反応する隙を与えない。

 銀の槍が、何本もに分かれたように見えた。

 俺の目には、ほとんど同時に、ドッペルゲンガーの全身が槍で貫かれたように映った。


『英雄姫セシリアのスキル、九段突きです。槍を高速、連続で繰り出すことで、相手の回避を許しません』


 スマホに映る彼女の動きを、鑑定アプリが分析する。

 そして、この攻撃に悪魔は耐えられなかった。


『ぐわああああ!! 申し訳ありません、アスタロト様あーっ!!』


 ドッペルゲンガーはそう叫ぶと、空気に溶けるように消えてしまったのだった。

 鑑定アプリ……凄いぞ。

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