第6話 英雄姫街を行く

「アスタロトって言ってたな」


 悪魔の残骸は、一握りの灰みたいなものしか残っていない。

 これを鑑定アプリで調べながら、俺はドッペルゲンガーが発した言葉を思い返していた。


「それって、もしかして」


「はい。黒貴族の一柱です。既にファルート王国に、尖兵を潜り込ませていたみたいですね……!」


 セシリアはそう言うと、朝食をもぐもぐもぐ、と一気に平らげた。


「ふぁあ、ふぁいるふぁまも、ふぁやふふぁふぇふぇ」


「もぐもぐしながら喋らないでいいから! ちゃんとごっくんして!」


「ふぁい」


 セシリアはよく噛んで飲み込んだ。


「口の周りにおかずがついてる」


 俺は身を乗り出して取ってやる。


「あっ、済みません」


 セシリアはちょっと赤くなった。

 この英雄姫、ちょこちょこぽんこつかもしれない。

 でも、可愛い。





 その後、ファルート王に事の顛末てんまつを伝え、城内のスパイを片っ端からあぶり出す事になった。

 鑑定アプリは大活躍し、兵士に化けていたドッペルゲンガーをあと三体探り出した。


「セシリア、こいつらは俺にやらせてくれ。魔法以外の戦いも出来るかどうか、試したいんだ」


「分かりました。ですが、危なそうならすぐに行きますから!」


 セシリアに見守られながら、ドッペルゲンガーと向かい合う。

 既に、目当てのアプリはダウンロードを始めている。


『ばれてしまったのなら、一人でも多くの人間を殺して……!』


 悪魔が叫ぶ中、スマホはダウンロード終了を告げる。


『剣スキルをインストールします』


「よし!」


 ドッペルゲンガーは、腕を触手のように伸ばして襲いかかってくる。

 それが俺に到達する瞬間、インストールが終了した。


「行くぞ!」


 握ったスマホの端子部分が光った。

 そこから真っ直ぐに、光の剣が伸びる。


「せえいっ!!」


 光の剣は、襲ってきた触手をあっさりと切り落とした。

 続いて、横薙ぎに振るわれた触手も切断する。


「やった! 凄いです、カイル様!!」


「ああ! 分かるぞ……! 剣の振るい方が!」


『なんだ!? なんだその武器は!! おのれ、アスタロト様に伝えねばならないのに!!』


 ドッペルゲンガーは、全身から触手を伸ばし、全方位から俺を襲う。

 こいつ、スパイするだけの悪魔だと思ってたけど、結構強いのかも知れない。


「だけど、見えるぞ!」


 剣スキルをインストールした俺は、熟練の剣士並の動きをできるようになっている。

 距離が近い触手から次々に切り落とし……。


「そこだ!!」


 触手の隙間をくぐり、俺は光の剣を伸ばした。

 それは深々と、ドッペルゲンガーの胴体に突き刺さる。


「せいっ!!」


 俺の体が、前進した。

 悪魔を上へと叩き斬り、返す刃で足元まで斬り下ろす。


『あああああーっ!!』


 ドッペルゲンガーは叫びながら、真っ二つになり、消滅していった。


「わあああああ!」


 セシリアが駆け寄ってくる。

 うわ、なんだなんだ!?


「さすがです、カイル様!! たった一人でドッペルゲンガーを倒してしまえるなんて! 

魔法の他にも、剣の腕まで凄いんですね!」


「いや、武器なら君のほうが凄いだろ……」


「英雄姫は別次元ですから。ですけど、カイル様ならこの領域にもすぐに辿り着けます!」


 そう言って、セシリアは俺に抱きついた。

 うわお、女の子の柔らかい感触が、俺を包み込む。

 嬉しい。

 だけど、ちょっと照れくさい。


 周りにいた兵士達は、みんな見ないふりをしてくれている。

 そうだよな。

 憧れの英雄姫が、他の男に抱きついてたら目のやり場に困るよなあ。


「でも、良かった。これで、セシリアだけを前に立たせないで済むよ。

俺も肩を並べて戦いながら、君を支援できる!」


「はい!!」


 その後、残ったドッペルゲンガーを探して城下町に繰り出す俺達。


「カイル様が人間に化けた悪魔を見破れるなら、これはもう成功したも同然です! どんどん退治しますよ!!」


 むふーっと鼻息を荒くするセシリア。

 せっかくの美人なのに、彼女はよくそういうアクションをするなあ。


 完全武装で、大通りを歩くセシリア。

 長い銀髪と銀と青の鎧。そして銀色の槍。

 彼女の姿はとてもよく目立つ。


「あっ、セシリア様だ!」


「セシリア様ーっ!」


 道行く人々は彼女に気付くと、一斉に声をかけ、手を振る。

 セシリアは彼等に向かって、柔らかく微笑みながら手を振り返すのだ。

 とても上品で、大物感漂う仕草……。

 今朝見たセシリアはなんだったんだろう。

 俺に向ける表情と、他の人に見せる顔が全然違う気がする。


 だけど、みんな距離を取り、セシリアに近づいてこない。

 彼女が近づくと、地面にひざまずく。

 セシリアは国王よりも立場が上だ。

 だから、この扱いは仕方がないのかも知れないが。


「……」


 ちょっとだけ、セシリアは寂しそうな顔をした。

 そうか、彼女の横に並べる存在が、この世界にはいないのだ。

 みんながセシリアを、貴いもの、自分達の上に立つものとして崇める。


「だけど、それはちょっと違うよな」


「カイル様?」


「いやね。セシリアをもっと、みんなに親しんでもらう方法は無いかなって考えてさ」


 俺の思いつきに過ぎない言葉。

 だけど、それはとてもいい考えだと思った。

 やってみようじゃないか。

 親しみやすい英雄姫を演出する作戦!

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