第4話 宴
「開門!!」
巨大な門を閉ざす扉の前に立ったセシリアが、物凄い声を出した。
俺は腰を抜かさんばかりに驚いた。
「え……ええぇ……?」
「
にっこり笑ったセシリアは、この数日の旅で見慣れた彼女のままだった。
「そ、そういうものかな」
俺はと言うと、慣れない野宿を何度か繰り返して、すっかりくたくただった。
地面は硬くて、寝づらい。
かと言って、セシリアに自分の衣を敷いて寝ろなんて言われても、女の子を裸で地面に寝かせるわけにはいかない。
無理やり地面の上で寝て、いつも首や肩が痛い状態だった。
ファルート王国について、ようやく布団で眠れる……!
そう思うとホッとした。
「とにかく、王国に入ったら宿にでも入ってゆっくり眠りたいよ……」
俺が冗談めかして言うと、セシリアがきょとんとした。
「はい。ですけど、まずはファルート王に会いませんと。
ロシュフォール公国が滅びたことを伝えるのです。宿に関しては心配はいりません。
王が寝床を用意するでしょう」
「まだやることがあるのか……。って、セシリア、なんか王様に会うって言うのに全然敬意を感じないんだけど」
「英雄姫は、王よりも格上なのです。聖王国の姫巫女が託宣によって選び出す、神の使いなのですから」
「えっ、そうなの」
じゃあ、その英雄姫に
「さあ、参りましょう、カイル様」
セシリアが微笑んだ。
そして、悠然と開いた門の中へ歩いていく。
俺は少し茫然として、それから慌てて彼女の後を追った。
街に溢れていた男達は、みな膝を突き、頭を垂れる。
うわ、なんだ、これは。
セシリアは堂々と胸を張り、男達が作った道の中心を歩く。
俺は落ち着かなくて、おっかなびっくりセシリアに続く。
「落ち着かないなあ……。こんないかつい男達が、みんなセシリアに頭を下げてる。
っていうか、こいつらの目、セシリアを尊敬する目をしてたぜ」
「はい。英雄姫とは、全ての戦士の頂点に立つ存在です。悪魔と戦うため、人が生み出した最強の武器なのですから」
武器……か。
なんか、釈然としないよな。
すぐ前を行くセシリアを見る。
こんな綺麗な女の子が、悪魔とか言う奴と戦うための武器なのか。
「それだけ厳しい世界なんだろうってのは分かるんだが……だけど、違うだろうがよ」
「カイル様、何か?」
「いや、セシリアがみんなを守るんなら、セシリアは俺が守らないとなって」
思わず口にした。
そのまま、目の前に見える王城への道を歩く。
セシリアの反応が無い。
あれ、と思って隣を見た。
いつの間にか、俺達は並んで歩いていたようだ。
そして……。
「…………」
赤くなって俯いている。
「あれっ」
「そんな事言われたの初めてです」
心なしか、今まで堂々としていた彼女は、しおらしくなっていた。
あー……可愛い……。
セシリアが現れると、玉座にいたファルート王が立ち上がった。
そして、玉座の前の階段を一つ降り、
「ご無事のお戻りをお祝い致します」
「はい。ですがロシュフォール公国は滅びました」
セシリアの言葉を受けて、その場にいた者たちがざわめく。
銀の髪を揺らしながら、セシリアは壇上に立った。
そして玉座の横に立つ。
「カイル様」
「えっ」
なんで玉座が空いてるんだ……?
セシリアが本来はそこにいるべきなんだろ?
え、ええっ?
もしかして、俺がそこに座るの?
「セシリア様、こちらの方はもしや」
「はい。私が召喚しました。勇者カイル様です」
「おおっ」
どよめきが部屋を満たしていく。
注目が俺に注がれる。
やめてくれー。
「では、ロシュフォール公国を攻めたアスモデウスの軍勢は、セシリア様とこちらの勇者カイル様が相手取って下さると……?」
「その必要はありません。アスモデウスは、カイル様が直々に退けました」
「おおおーっ!!」
どよめきが一際大きくなった。
そして、それが歓声に変わる。
セシリアが手のひらを上に向けると、みんなが立ち上がった。
そして、抱き合ったり、飛び上がったりして喜ぶ。
「えええ……」
事情が分からない俺は、ドン引きだ。
だけど、みんなは俺とセシリアを見て拝み始める。
「カイル様。この地方は、もう十年もの間アスモデウスと戦っていたのです。
そして、最前線で悪魔の軍勢を食い止めていたロシュフォールが、ついに陥落しました。
私は一人、軍勢を食い止めましたが、そこにまさかアスモデウス本人が出てくるとは……」
「それってつまり……」
『勇者カイルが、十年に及ぶ人魔の戦いの一つを終わらせたのです』
「うるせえよヘルプ機能」
いや、セシリアと同じ声なんだけどさ。
つまり俺が降り立ったあの瞬間は、セシリアとアスモデウスが最後の決戦を行っているところだったわけだ。
そして、セシリアは敗れ、アスモデウスがとどめを刺そうとしていた。
俺はあの世界に来たばかりで必死だったが、どうやらとんでもないことをやっていたらしい。
まさに、俺、また何かやっちゃいました? だ。
本当に何かやってたよ!
「カイル様、がくがく震えるのはおやめ下さい」
「いや、無理だってこれ」
たくさんの人々が、俺とセシリアを褒め称える。
名前をコールされ、ここまで他人から褒められるなんて、普通経験できない体験だ。
それにまだ、俺は実感が湧いていないのだ。
その夜、宴が催された。
結構地味な宴会で、焼いた土の酒瓶に、蒸しただけの芋や干し肉、それに塩漬けになった豆類。
「質素だなあ」
「戦が続くから、常に物資が不足していたのです。ですが、彼らの顔を御覧ください。皆笑っています」
その通りだった。
酒の
ありったけの酒を飲み尽くそうという勢いだ。
「そうか……これで平和になるんだなあ」
俺はしみじみ呟いた。
こっちに来たばかりだけども。
「なりません」
セシリアが一言で切り捨てた。
…………。
……。
「……え?」
「なりません」
「なんで?」
「黒貴族とは、総主ルシフェルの名代。全ての悪魔の頂点に立つ、八柱の魔神です。
退けたアスモデウスは、このうちの一柱でしかありません。残るは、あと七柱」
総主ルシフェル?
それに、全ての悪魔の頂点って。
そうか、アスモデウスみたいなのが、まだまだいるのか。
どれだけやばい相手と戦ってるんだよ、この世界は。
「残りは、あと七人ってわけか。まだまだいるな……」
「はい。ですから、これから私達がやるべき事は、別の黒貴族の討伐となります」
そう言うと、セシリアは酒瓶を傾け、直接そこから酒を飲んだ。
うお、豪快。
「これまで、幾人もの英雄姫が黒貴族討伐を試み、彼等の勇者を呼び出し、旅立ちました。
そして、ときに黒貴族は倒され、英雄姫は戻ってこないものも多くいました」
「倒されてはいるんだな」
「はい。ですが、黒貴族を一柱よりも多く倒した者はおりません。
そして百年も間が空けば、空席の黒貴族は新たな悪魔によって埋められます」
「昇進制度があるんだ……」
「はい、故に、間を置かず、次々に黒貴族を討たねばならないのです。
私だけでは無理でした。ですが……あなたと一緒ならばやれます!」
セシリアが、俺の手を力強く握った。
金色の瞳が、物凄い
「や、やるよ。やる。黒貴族を倒す」
俺はかくかくと頷いた。
すると、セシリアの瞳がまん丸に見開かれた。
そして満面の笑みになる。
「そう言って下さると思っていました! 頑張りましょう、カイル様!」
凄い。
この娘、押しが強い!
そして、酒気を帯びて熱くなった彼女の手は、とても柔らかいのだった。
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