第3話 アフターバトル
戦いは終わった。
後に何も残らなくなったけれど、とりあえず危機は脱したようだった。
問題は、セシリアが傷を負っている事だ。
「セシリア、大丈夫……?」
「はい。平気です……くっ……」
強がってみせるが、痛みを隠しきれないセシリア。
周辺は魔法の影響で、クレーター状になった地形。
その中心に俺達はいる。
ここから移動するのは、傷を負ったセシリアを連れてだと難しいかも知れない。
俺って、ただの男子高校生だからな。
例え女の子でも、一人連れて抉れた地面に降りるのは厳しいぞ……。
「おい、チュートリアル」
『この場合、適しているのはヘルプ機能です。ヘルプ機能をご利用なさいますか?』
「なんだよ、訂正してくるのか……。まあいいや。頼む」
俺がスマホと会話しているのを、セシリアは目を丸くして眺めている。
「その……スマホというもの、中に人が入っているのですか? それとも、遠隔地と話せる魔道具なのでしょうか」
「えっと、後者が正しい。だけど、今は正確にはどっちでもないかな」
俺の説明に、セシリアが首を傾げた。
分かんないよなあ。
『ヘルプ機能を起動します。ご質問をどうぞ』
「ええと、今、俺は傷ついた女の子と一緒に、クレーターの中心の盛り上がったところに取り残されてる。
俺一人だと彼女を連れて降りられないと思うんだけど」
『可能です』
「えっ、出来るのかよ!?」
『英雄姫と契約したことで、勇者カイルの性能は向上しました。当スマートフォンの演算性能、通信速度、ストレージ残量も拡大しています。ご安心下さい』
「いちいち分からない事を言うな……」
だけれど、俺の性能が向上したって事は分かった。
具体的にどうなんだろう。
「セシリア、移動しよう。ええと、肩を貸してくれないか」
「は、はい」
俺は彼女の脇に体を差し入れるようにして支えた。
……あれ?
さっきまで重いと思っていた、鎧姿の彼女が、今はそうでもない。
感覚的には、半分くらいの重さに感じる。
これが、俺の性能が上がったって言う事なんだろうか。
「よっと……お、おおっ!?」
セシリアを支えたまま、出っ張り部分を降りると、ちょっとした下り坂を降りるような感覚でいける。
これ、未知の感覚だな。
「あ、あの、カイル様?」
「あれっ、揺れた? 痛んだ?」
「え、いえ、あの、痛いのは別に大丈夫なのですが、そのお……私、重くはないですか? ほら、先程……」
あーっ。
俺が、重っというリアクションを見せてしまったもんな。
英雄姫も女の子なのだ。
「いや、その、別に重くないよ」
重さよりも、こう、血の臭いがする。
早く手当てしてあげたいな。
俺は彼女を支えたまま、クレーターの底へと降りた。
このクレーター、どれだけ大きいんだろうか。
小さな町なら、すっぽり入ってしまうくらいありそうだ。
結構な距離を歩き、クレーターを脱した。
その間、セシリアはぶつぶつと呟き、手のひらを自分の傷口に当てている。
手のひらが光った。
回復魔法みたいなものを使っている?
すっかり、彼女の息が穏やかになっている。
「もう大丈夫です、カイル様。ありがとうございました」
セシリアは、深々と俺に頭を下げた。
頭を下げられると、落ち着かないな。
「頭を上げてくれよ。そういうの、俺は好きじゃないんで。それで、怪我は治ったみたい? 次はどうすればいい?」
「カイル様は、怒らないのですか?」
「何を」
「私、勝手にあなたをこちらに召喚してしまったのです。
カイル様にも、元の世界での生活があったとは思うのですが」
「うん、正直びっくりした。でも、不思議と怖くなかったんだよな。
チュートリアルのお陰かも。どうやったらいいかって方針をこいつが教えてくれてさ」
俺の言葉を聞いて、セシリアの表情が晴れた。
まだ、顔は血で汚れている。
俺はポケットからハンカチを取り出して、彼女の顔を拭いてやった。
おお……べたっと行った。
「ありがとうございます……!」
血の汚れが取れた彼女は、とても綺麗だった。
年の頃は、俺とそう変わらないくらいだろう。
だけど、白い肌に、神秘的な金色の瞳。桜色の唇はふっくらとしていて、俺の目を奪わずにはいられない。
「こちらこそ……」
思わずそう呟いたら、セシリアが首を傾げたのだった。
「まずは、私が拠点としていたファルート王国へ向かいましょう。
このロシュフォール公国を除けば、最も近い国です」
次なる目的地をセシリアが示す。
ファルート王国、ね。
もしかして、スマホで調べられるんじゃないか?
検索ソフトに掛けてみると、案の定ヒットした。
ほうほう、人類の最前線……。
武人達の国、ね。
「それは、カイル様の世界の文字ですか? 繋がっていないのですね……。一つ一つが大きくて、なんだか不思議」
スマホを覗いたセシリアが感想を漏らす。
特に見られて困るものでも無いので、覗かれるままにしておいた。
「日本語って言うんだけどね。これで、ファルート王国のことを調べてた。
今回はセシリアが知っていると思うけど、道筋だって調べられるんだぜ」
普段はそんなに口数が多い俺では無いのだけど、セシリアといると、いろいろ余計なことまで喋ってしまう。
言った手前、地図アプリを検索しないとな。
ええと……出た。
この世界、“ガーデン”を上空から見た図だ。
これの便利なのは、実際に街道を進むとどういう風景であるかを見られる点だ。
実際に、地図の隅っこでちょこちょこ動いている人型のアイコンをタッチし、ドラッグして街道に下ろしてみる。
「あっ! 変わりました! これ……どこかで見たことがあるような気がする。
あ、これ、ファルート王国へ向かう道のりですよね?
へえ……。実際に行ってもいないのに、これで街道を見ることが出来るんですね」
セシリアは、地図アプリの構造をすぐに理解した。
頭がいいんだな。
「凄い道具ですね、スマホって……」
感心しながら、距離を詰めて画面を見てくる。
ぎゅっと横にくっついてくるので、なんというか気恥ずかしい。
「あっ、済みません! 私、血の臭いがしますよね。今、着替えてまいります!」
セシリアはそそくさと、物陰に行ってしまった。
「あ……」
着替えるだって……?
ドキドキしてきた。
アスモデウスを前にした時は、ドキドキというか、あまりにもゲーム然としていてそんな感覚は無かった。
だが、今、あの物陰でセシリアが着替えているのだ。
俺はそっと足を忍ばせ、物陰に近づいた。
衣擦れの音がする。
俺の足が止まった。
こ……これ以上先には行けねえ。
俺の度胸だと、ここまでが限界だ。
くそお、俺は小市民だ。
何が勇者だ。覗き一つできないとは。
今にも物陰からセシリアが顔を出しそうな気がしたので、俺はそのまま元の位置へと戻るのだった。
「お待たせしました!」
「は、はい!!」
俺は文字通り飛び上がった。
セシリアが不思議そうな顔をする。
気にしないでくれ、なんでもないんだ。
ちなみに、汚れた衣服を着替えた彼女は、とてもいい匂いがした。
「それから、カイル様。この布で足を」
「ああ、ありがとう」
そっか、俺って裸足だった。
ベッドに寝転んだままでこっちに来たんだものな。
足を布で覆ってもらって、これでよし、と。
女の子に足を触られるって、なんだか照れくさいな。
だけど不思議と、裸足でも足の裏は痛くなかった。
これも、俺の性能が上がっているからなのか?
「済みません。気づかなくて……」
「ああ、いいよ。全然構わないって。というかセシリアも、いちいち
俺と君は年も近いし、俺だってついさっきまでただの人なんだから」
「ですが、私はあなたに命を救われました。それに、異世界からあなたを召喚して……」
「そう、その召喚だよ。召喚って、ほいほいやれるものなのか?
俺が知ってるアニメとかマンガだと、最近はまとめて召喚したりするみたいだけど」
「アニメ……? ええと、召喚は、英雄姫が一生に一度行うことが出来る
黒貴族との戦いの中、私は世界に助けを求めました。その結果、あなたが召喚されてきた。その……思っていたよりもずっと若かったし、普通の男の子っぽかったですけど」
そうか、一生に一回しか使えない召喚で俺が呼ばれたのか。
でも、セシリアはどんな奴が召喚されてくると思ってたんだ……?
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