第2話 ファースト・フォロワー
その時、時間が停止した。
動いているのは、俺とスマホだけ。
『勇者カイルの能力は、スマートフォンです。スマートフォン、以下スマホと省略します。スマホを用いることで、様々な
「分かりやすい。それに今はチュートリアルだから、周りが動いてないんだな」
『勇者カイルの能力は、あと二つ。アプリとして魔法をダウンロードし、行使します。画面上に現れる呪文をフリック入力してください』
「フリック入力は割と得意だ」
『勇者カイルの能力は、あと一つ。英雄姫を専用SNS、“ブレイブグラム”でフォローすることで、契約を結びます。英雄姫の能力をインストールし、勇者カイルを強化します』
最後のがちょっと複雑だな。
だけど、大体理解した。
スマホにチュートリアルを要求すれば、この説明がいつでも聞けるようだ。
『チュートリアルを終了しますか?』
俺は深呼吸した。
状況はまだ良くわかっていない。
多分、俺はあれだ。
異世界召喚された。
だからこれは、ゲームっぽいが現実だ。
眼の前にいた巨人はアスモデウスという名前の敵で、銀髪の彼女がヒロイン。
そして、このままなら彼女は死ぬ。
俺としては、それは嫌だ。
ならどうする?
「戦うしかないよな……! よっしゃ、チュートリアル終了!」
俺が宣言したと同時に、時間が動き出した。
眼の前の巨人が、兜の下の目を細める。
『お前……何をした? ほんの一瞬で纏う雰囲気が変わったぞ』
「そうですか、そりゃどうも……!」
俺はスマホを高速でいじりながら、ショップで使えそうなアプリを探す。まずは魔法。
初級、中級と色々あるが、そんなまだるっこしいことはしていられない。
いきなり上級魔法で行く。
『何をしている! その指を動かすのを止めろ!!』
アスモデウスは叫びながら、剣を抜いた。
剣は炎を吹きながら、俺に突きつけられる。
「止められない。止めてもお前、攻撃するだろ」
するとアスモデウスは笑ったようだった。
『その通りだ。どちらにせよ、人間は殺す。滅ぼす。それがこの儂、アスモデウスが定めた法だ』
よし、会話時間でダウンロードが終わった。
画面に流れ始める、呪文詠唱。
アルファベットに数字、ひらがなが混じったこれを、俺は高速でフリック入力していく。
『終わりだ、人間! そして英雄姫セシリア! 何を召喚したのかは知らぬが、とんだ役立たずだったようだな!』
「……!!」
俺の傍らにいる女の子、セシリアが、顔を上げた。
汗と血で、銀髪が張り付いた横顔。
だけどそれは、ハッとするほど美しかった。
「負けません……! 人間は、お前たち悪魔に、負けはしません!」
『ほざけ!』
振り下ろされる、アスモデウスの炎の剣。
だが、それは俺達に届く寸前、見えない壁のようなもので受け止められた。
「よしっ……! 上級魔法、“
まずは、防御だ。
こっちが攻撃魔法を使ったって、相手の攻撃と相打ちになったら話にならない。
俺達は死なないで、敵だけを倒す。
ゲームの鉄則だ。
「これは……!!」
セシリアが驚いて目を見開く。
その横で、俺は瞬きもせずに新しいアプリをダウンロードしていた。
うわあ、ダウンロードめちゃくちゃ速いぞ。
うちのwifiよりもずっと速い。
守りを固めたんだから、次にダウンロードするのは攻撃魔法だよな。
俺はその中でも、一番容量のでかい魔法を選択していた。
インストールが終了する。
その間にも、アスモデウスは理力の盾を力任せに殴りつけていた。
『人間風情が、生意気な!! このような守りなど、儂の前では意味を成さぬと教えてやる!!』
魔法を使ったりしない。
こっちを舐めているみたいだな。
好都合だ!
画面に浮かび上がる呪文。
長い。
洒落にならないくらい長い。
俺は必死になって、呪文を入力した。
頭上からみしみしと音が聞こえる。
入力画面の上端に、理力の盾を使った事を示すらしいアイコンが出ていて、これが点滅している。
多分、力任せの攻撃で理力の盾が破られようとしているのだ。
「カイル! 魔法の壁が壊れます……!!」
セシリアの悲鳴が響いた。
もうちょっと。
後少しで入力が終わる。
『これで……終わりだ!!』
アスモデウスの雄叫びが轟き、炎の剣が理力の盾を粉々に破壊した。
降り注ぐ、盾の欠片の中で、俺は最後の入力を完了する。
「そうだ。これで終わりだ!」
『何っ!?』
「上級魔法……禁忌・
次の瞬間、俺とセシリアを包み込む光の壁。
だが、これは理力の盾ではない。
禁忌魔法から俺達を守るための障壁なのだ。
そして、視界が一瞬で真っ白に染まった。
『お……おおおおおおおおっ!!』
アスモデウスの叫びが聞こえる。
遅れてやって来る、爆発音。
びりびりと光の壁が震えた。
「こ……これは……!?」
しばらくの間、震動は続いた。
爆発音は、多分光の壁で大部分が遮られているのだろう。
だけど、それでも耳がおかしくなりそうなうるささだった。
俺とセシリアは、自然と身を寄せ合うようにして、白い光が収まるのを待った。
やがて、唐突に終わりがやって来た。
気がつくと、周りは真っ青だった。
それがどこまでも広がる青空だと気付いたのは、しばらくしてからだった。
呆然としていたみたいだ。
「これは……勝利したのでしょうか。いえ、ですが……。国は無くなってしまったようですね」
ふらりと、セシリアが立ち上がる。
そして、よろけた。
俺は慌てて立ち上がり、彼女を支える。
うっ、鎧を着てるからか、結構重い。
「大丈夫か?」
「はい。凄まじい魔法でした。あれで、アスモデウスを退けることが出来たようです」
俺はセシリアの言葉を聞きながら、周囲を見回す。
そこには、何もなかった。
地面が円形にえぐれて、俺達が立っている部分だけが塔のように盛り上がっている。
燃え上がっていた炎も何も無く、建物の残骸も残っていなかった。
「あの、なんか、ここまですごい威力だと思って無くて……ごめん」
どう言ったらいいか分からなくて、俺はセシリアに頭を下げた。
後頭部に、そっと触れるものを感じる。
セシリアが撫でてくれているのだ。
「気になさらないで下さい。公国はアスモデウスの軍勢によって攻め込まれ、今まさに終わる所だったのです。
私以外に生きている者などいなかった。だけど、
眼の前で、銀色の髪が揺れた。
セシリアの目線が、俺のものに合わせられる。
彼女が今、俺の目の前で
「召喚に応じて下さり、感謝いたします。我が名は“ガーデン”最後の英雄姫、セシリア。
世界は今、悪魔の手によって滅びようとしています。この世界に生きる全ての人を救うため、あなたのお力をお借りします。勇者カイルよ……!」
「あ、ああ」
普通に高校生をやってて、他人に跪かれるなんてこと、ある訳がない。
だから、俺は戸惑った。
これからどうしたらいいんだ?
その時、俺はチュートリアルを思い出す。
『勇者カイルの能力は、あと一つ。英雄姫を専用SNS、“ブレイブグラム”でフォローすることで、契約を結びます。英雄姫の能力をインストールし、勇者カイルを強化します』
そうだ。
俺はスマホを操作する。
そのアプリは、最初からアイコンが存在していた。
SNS、“ブレイブグラム”。
アプリを開始すると、マイページに飛ぶ。
そこで、『新たなメッセージが一件』という表記。
『英雄姫セシリアがあなたをフォローしました』
「ああ、分かった。フォローバックする……じゃない。俺の力で良かったら、貸すよ……!」
俺は、“ブレイブグラム”上でセシリアをフォローした。
マイページに、フレンドアイコンが生まれる。
それが、セシリアだ。
こうして俺は……英雄姫を束ね、悪魔の軍勢に反抗する勇者カイルとして、異世界“ガーデン”に降り立ったのだ。
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