第九話 コーヒーを一杯

この世界に来てニ度目の起床。


新しい朝ではあったが、希望の朝ではない。


最初に見る物が見知った我が家の天井ではないことは俺に、


こんな世界に迷い込んだ挙げ句、今のままでは元の世界に帰ってこれないという事実を嫌でも感じさせた。


こんなもの希望でもなんでもない。


絶望の朝だ。


───


『朝食置いとくから朝起きたら食っとけ』


昨日言われたその言葉を思い出した俺はとぼとぼ居間に向かう。


コーヒーとパンが焼けたような香りが、鼻腔にふわりと届いた。


そういえばここに来てから、まともに何か食べた記憶がないな……。


烏丸はもう起きてパンを食べていて、しかもコーヒーまで嗜んでいた。


ホフマンの方は片眼鏡をつけ何やらぶつぶつと呟きながら、おそらく"冒険"の依頼であろう書類を読んでいる。


「これは……プラットに回すか。いやアルフォンソか……? うわ、この現場ほぼの国境じゃねーか」


「おはようございます」


「ん、起きたか。コーヒーは自分で入れてくれよ」


「ほはほう」


書類の虫と化したホフマンは、挨拶をしながら恐らく魔法で動作するであろう、金属光沢が目立つコーヒーメーカーの場所を指差し、


烏丸はパンを頬張りながら適当に挨拶を返した。


椅子に腰掛け、俺は同じようにパンを頬張る。


ぱっと見はなにも塗られていないプレーンのパン。


だが、キッチンにあるそのパンが大量に入った透明な紙袋には、「素パン」と印字されている。


ドラクエのようなファンタジーな世界と思っていたが、コーヒーメーカーだったり透明な紙袋だったり、妙に小物が発展しているのを見るに、


どうやらこの世界は、科学の代替技術として魔法や魔力が一般的に使われ文明が発展してるようだ。


元の世界とは違い水分こそ少ないが、独特の甘味がじんわりと舌に広がる。


この世界では恐らく小麦そのものの甘味が増しているのだろう。


「素パン」……赤茶色かつラグビーボールの様なこのパンは、俺にとって最初の好物となった。


(ついでにコーヒーも飲むか…)


棚からカップを取り出しコーヒーメーカーに入れて、手のひらを上部の金属の円に乗せる。


すると乗せた瞬間、手のひらが少し熱く強張る感覚が体感で20秒ほど続き、その間にザリザリと豆を高速で挽きたてる音がする。


そして同時に、かつ瞬間的に熱せられたお湯をすぐさま掻き混ぜ、その数秒後には程よい音量のベルのメロディとともにコーヒーが出来上がる。


少し手の力が抜ける様な感覚がしたが、それも席に着く頃には無くなっていた。


勿論電気や手動で動いているわけでは無い。


全て、俺の体内にあった魔力が動かしたのだ。


ざっと家を見回すとそんな“家魔製品”が所々目についてくる。


冷蔵庫に洗濯機、しまいには電話——この世界ではなんと言うかわからないが——まで存在しているのだ。


この世界で電話の呼び名を考えていると、暇になったのかホフマンが喋りかけてきた。


「なんだ? そんなに珍しいのかそれ?」


「それはな、“遠話”って言うんだよ。家にいても他人と喋れる。」


「流石にそれは知ってますよ。でも、向こうじゃこれは電話って言うんですよ。」


「ふーん…話ねぇ…」


この世界の文明にはまだ知らないことが多すぎる。


とにかくかき集めれるだけ情報を集めよう。 と、俺は決心した。


まずはそこからだと。






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