第五話 「俺たちには明日がある。」
「……そんなの、こんな所からさっさと出るに決まってるだろ。」
「よし決まりだっ! 説明するからよく聞いとけよ———」
作戦はこうだ。まず鍵を開け出来るだけバレないように構内を移動する。
人間の兵士は全員で四人。うち二人は深夜の当直の為就寝中。一人はゴードンと共に政治犯たちの労働の監視。
つまりこの構内にいるのはたった一人の人間の看守のみということになる。
「他の囚人に見られて告げ口されたらどうすんだよ?」
「その点は心配ない。最初食堂に何人も集まって飯食ってたろ?今が何時かわからないけど、少なくとも懲役に夜勤なんて無い。多分昼食の時間に挨拶したってことだ。」
たった一人しかいない看守に注意しながら、鍵を開け牢を出た俺たちは慎重に行動する。
看守のブーツの足音を聞きながら、俺たちは来た道を戻る。やはり囚人は誰一人いない。
建物こそ地下帝国だったが、この場所に充満する冷厳な雰囲気は、半年居た少年院と全く同じだった。
一瞬学校を思わせるようなあの内装。そしてその中に浮いたようにある重く頑丈なドア。
どいつもこいつも人間味を感じ取れなかったあの教官たち。
坊主頭に青い制服を着た入院者。
その雰囲気を不思議と感じた俺は気づいたら立ち止まっていた。
長く続く暗い廊下。
「おい、何やってんだよ」
不安げに烏丸が急かす。そうだ、こんな所で立ち止まっている場合ではない。
どんどん道を戻り、ついに朝獄の出口に近づく。このまま聖堂と繋ぐ通路に入れば良いが、
そうは問屋が卸さない。
出口と通路の間は広く開かれており、囚人たちが労働をしている坑道や、それらを監視する看守、そして獄長からも丸見えとなってしまうのだ。
「烏丸……お前確か部活やってたよな?」
「ああ、それがどうしたんだ?」
「じゃあ…死ぬ気で行くぞ。」
「えっ?何が?」
「行くぞっ!!!!」
「えっ!?!?!!えっ?!?!!!?」
透明になれるような魔法があれば、誰にもバレずに行動できたのかもしれない。
看守を全員ボコボコにできるような腕力があれば、堂々とここを通れたかもしれない。
そして俺たちにはそんなもの一つだって持っていない。でもそんな事を、何もしない言い訳にしたくなかった。
俺たちは、最も単純で、最も難しく、最も危険な方法を選ぶ。
そのまま全力で走ったのだ。
「「ウオオオォォォオォオォッォッッッッ!!!!!!」」
通路との距離は50m。行くしかない。どうせバレる。正直そんなことしか考えていない。
「ン……? アッ!ゴーさん!あいつゴーさんが朝皇から直々に引き渡した奴らっすよ!!」
「ン……? アッ! アノ野郎逃テンジャネエカ!追ウゾッ!」
やはりバレたか…!だがそんな事は承知の上だッ!
「このまま聖堂まで全力で行くぞ武藤!」「当たり前だろ!」
間を抜け通路に滑り込む。獄長率いる兵士達達も負けじと迫ってくる。
「ゴーさん!“アレ” 使いましょう!」
「……! ワカッタ!」
後ろから迫る兵士の言葉が気にかかる。“アレ”……? アレって何だ?
「………!!! 武藤伏せろッ!!」
背中に殴られたような衝撃を受けて俺は体勢を崩す。
位置から考えても烏丸だ。 だが何故……!? 殴打の理由を考えたその瞬間、
聞いたこともない大きな音ともに、頭上スレスレに一部、壁がはりだしてきたのだ。
「通路に仕掛けまであんのかよ……!?」「こいつらやべぇよマジで!」
恐怖と闘争による苦痛で、心臓はバラバラにはち切れそうだった。
とにかく早く、速く。一刻も一秒もはやく、俺は聖堂に、クラスメイトがいる所へ目指す。
少なくともあいつらなら、今襲い来る脅威に太刀打ちできる……!
だが遠い。通路は果てしなく、どうしようもなく続いていく。
「だあああぁぁぁあぁあぁっっ!! いつまで続くんだこの道はよぉぉぉっ!!!」
怒りにも悲鳴にも似た叫び。文字通り俺は追い詰められていた。
行きは数百、多くて2km程度に感じた通路が、無限のように長く、そして終わりなく続く。
だが兵士達との距離どんどん縮まり、俺たちのすぐそばまで迫って行く。もう駄目になりそうな、そんな時だった。
「…! 出口だ!!」
遂に聖堂に戻れる……! そんな喜びが溢れたその瞬間——
「ウオオオオオオオオオオッッッッ!!!!」
「は!?」
ゴードンが飛びかかったのだ!
兵士たちの最後尾にいたゴードンは、凄まじいジャンプで俺たちのすぐ後ろにまで、最早攻撃できるほどの距離にまで距離を縮める。
腕っ節が強いと言っていたが…まさかここまでとは……!
「ウガアアアアアアアッッ!!」
出口まで残り約2m……! 畜生っ…!間に合わないのか……!
人間じゃないどうしようもないゴードンに絶望し、最早死さえ覚悟したその時だった。
「ひっ、いやああああああああッッ!!!?」
甲高い悲鳴と共に、耳が割れるような轟音と何かが高速で動くような衝撃波を感じた。
何だ!?どういう事だ……?!
通路は一部損壊し、土埃と、なぜか水滴がポタポタと滴っていた。
状況を知ろうと辺りを見回した俺は、その光景を見て驚愕した。
あれだけ接近していたゴードンが、兵士たちごと数十、いや数百メートル先まで吹っ飛ばされていたからだ。
そしてその反対方向を急いで見ると、そこには恐らくあの衝撃波の主である、クラスメイトの長谷部しえりが、いまにも泣きそうな顔でこちらを見ていたのだ。
「これ……長谷部さん……?」
信じられない何かを見る顔で烏丸は問いかける。
だが彼の問いかけは彼女にとって、更に恐怖心を増幅させていた。
「え…嘘……これ……わ、私…!? いや、いや!怖い、こわいよぉっ……!」
「うあぁっ…ああ……ああ…」
終いには号泣しながら震えることしかできなくなっていた。
多分余りの力の強大さにトラウマになってしまっているだろう。
だが、そんな事は今の俺たちにとっては切り捨てなければならなかった。
「烏丸…逃げるぞ。」
「は…!? 何言ってんだよ!ここで合流した方がいいに決まって————」
「いいから逃げるっつってんだよゴミが!またあそこ行きたいのか? テメェこの野郎…!!」
舐めた事を抜かす烏丸の胸ぐらを掴み、強引に引っ張って聖堂を出た俺たちは、あてもなくひたすら走って逃げ続けた。
日が暮れ、最早建物らしいもの見えないほど離れた森まで逃げた俺たちは、そこでやっと立ち止まった。
「なんであそこに戻らなかったんだよ…!あいつらに匿って貰えばいいじゃねぇかよ!」
「そんなことあの朝皇とかいうジジイが許すと思うか……?」
「間違いなく調べられて、すぐ見つかって、」
「見つかってどうなるんだよ……!」
「殺されるんだよ」
俺の一言を聞いた烏丸は、何もかも喪った様な感情を隠そうとも…いや、隠すことも出来ずにただ泣いていた。
「じゃあ……じゃあどうするんだよ……!」
「何もかも失っちまったんだぞ…? これからどうすんのかわかんねぇよ俺…!」
「いや、全部失ったわけじゃない。」
「は……? 何言ってんだよお前。」
「あいつらに無くて、俺たちが唯一持ってる物…何だと思う?」
「わかんねぇよ……」
烏丸には最早回答する気力すら残っていない様子だった。
「俺たちには明日がある。」
俺は烏丸と、そして自分自身に、言い聞かせるように語った。
“その明日に、俺たちにまた試練が訪れることなんて無い。”
“俺たちは自由だ。”
魔法が使えない俺たちにとって、それは最初で最後の呪文だった。
「とにかく、寝よう。森だし、人こないでしょたぶん」
「…………分かった」
こうして俺たちは森の中で、寝具もなくただ寝転んだだけの形で気絶するように眠りについた。
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