第四話 遠くへ行きたい
「え…? は?え……? ほ……?」
ほ……? 謎のほはともかく、こんなことってありえるのか?
全てのステータスが ”1”。士名もなく突出した身体能力もない。
「ぁ……ぇ………?」
よりにもよって一番最悪な恥の晒し方を選択し、もはや放心状態になっていた烏丸を最後に、ステータスの発表は終了した。
『ステ一タスが極端に少ない者は……マた、別の場所に移ッてもラう。』
こうして魔法がほぼ使えなかったり、通常兵士のような人間がまた別の能力を育成したり、元の世界の情報などを話す「施設」に俺たちは行くこととなってしまった。
「ああ…あああああああ!!!!!」
号泣しながら寝っ転がる烏丸。もはや現実を放棄していると言っても過言ではない。
「あ゛あ゛あ゛っ゛!゛あ゛あ゛あ゛あ゛!゛」
掠れそうな叫び声を出しながら、朝皇が呼んだかなり大柄な兵士に連れて行かれる彼と一緒に、これはこの聖堂を後にする。
クラスメイトたちの可哀想というか、哀れなモノを見る視線が烏丸に刺さりまくる。
まあ当然だろう。あれだけ言っておいてあんなステータスを叩き出したんだ。
ただ不思議なのは、何故朝皇は烏丸やクラスメイトの方ではなく、
俺をただじっと見つめていたのだろうか。
—————
「グスッ……くそ、なんでだよ…?」
とても大柄の兵士と共に、未だに泣き続ける烏丸。
「施設」へと続く道は進むごとに暗く、まるでスラム街のような光景へと姿を変えていく。
「ナクナ、オトコダロ」
露出が異常なまで少ない制服。人間にしては大きすぎる体躯。そして明らかな片言言葉。
こいつもしかして……?
「すいません、」
一度話しかけてみると、その兵士は止まり、ゆっくりとこちらを振り返る。
「ンア?ドウシタ。」
一瞬ギョッとしてしまった。なんと肌の色が緑だったのだ。
そのもしかしてが的中するなんてことがあり得るのか。
こちらを振り返るその立ち姿は、昔見たアメコミのヒーローそのものだった。
便宜上ハルクと名付けた——おそらくちゃんとした名前があるのであろう——彼は、こちらをじっと見て若干不機嫌そうにもう一度問いかける。
「ドウシタ? イワナイトワカラン。」
「あ、イヤー靴紐ほどけちゃって、すみません、ハハハ」
咄嗟に靴を結ぶ仕草をした。とはいえ、だいぶこちらをだいぶジロジロ見ていたのでもしかしたら嘘と見抜かれるかもしれない。
靴紐はきちんと結ばれているからだ。
「ソウカ。チャントムスベヨ。」
そして一瞬しゃがんだ時に見れなかった靴を見る。
「とにかく相手の全てを見ろ。足元だってそうだ。」
詐欺で今頃塀の中にいるであろう、父親代わりの彼を思い出す。
最低な人間だったが、嫌いでは無かった彼の事を。
するとハルク(仮)の靴はベルトのようなもので留めるタイプだった。
まさかこいつは……。
「マ、オレモアンマリ、クツヒモ、ムスブベネーケドナ! ガハハ!」
間違いない!靴紐の時だってそうだが、こいつ人間じゃないだけあって知能が低いぞ。
それに良く見ると、服装もボロボロで余り良い環境で過ごしていないことも分かる。
こんな奴が何故、戦争の打開策の端くれの、俺たちを施設に送り届けるんだ?
そもそも施設がどんな場所にあるかも、朝皇は言っていなかった。
怪しい点を脳内にポツポツと浮かばせていると、ハルク(仮)が歩みを止める。
「ココダ!」
彼が指を指した建物……というかもはや地下にまで入り込んでいたので、建物と言うべきか判断に迷うそれは、どう見たって朝皇の言うような施設ではなかった。
例えるならそれは牢獄、もっとわかりやすく言うのならば、それはまるでカイジの地下帝国そのものだったのだ。
「嘘だろ……?」
土や砂にまみれ、この世の終わりのような光景をみた俺は静かに悟る。
「そっか、俺たち追放されたのかぁ……」
—————
「トイウ訳デ、新入リノ、ムトート、カラスマダ。オ前ラチャント仲良クシロヨナ!」
ハルク(仮)に連れられ
俺たちは地下帝国こと、「朝獄」の食堂のような場所に来ていた。
その凄まじい景色と裏腹に、朝獄にいる人間は皆生気の抜けた壮年か、或いは血の気が走った壮年しかいない。どっちにしろおっさんしかいないのだ。
ハルク(仮)、もといゴードン獄長は、この場所の説明をする。とは言ってもかなり大雑把だったが…。
どうやらこの「朝獄」とは今いる国、「ヴェリメリオ朝」の王朝そのものに犯罪行為を行った、謂わば政治犯が収容される施設らしい。
例えばクーデターだったり、革命を起こそうとした極左的な人間だったり、
汚職がバレたりした貴族の人間がここに放り込まれ、
炭鉱での労働を死ぬまで続けさせるのだ。
いくら極左がいるからといっても、皆リーダーや創立者クラスの老人や壮年だし、
それ以外の貴族もろくに運動もしない人間しかいないので、
腕っ節が途轍もなく強い(本人談)、オークという種族のゴードン獄長と、片手で数える程の人間の兵士が運営しているらしい。
まぁ、異世界から来た奴を入れておくには丁度いい場所という訳だ。
「初日ダ。マズハ寝ロ」
ガチャリと牢の鍵を閉め、ゴードンがそれを服のポケットに入れる。
そして後ろを振り向いた瞬間、俺は生きる為にしなければならなかったことを久し振りにやった。
「くそ、くそくそくそ!!なんで俺だけがこんな目に合わないといけねぇんだよッ…!」
涙声で悲嘆を叫ぶ烏丸。あまりにも哀れなその姿に笑みを浮かべそうになるが、
それを自然に抑え、俺はありのままの自分で話しかける。
「おいおいおいおい、そんなの俺だって一緒だろ。ステータス低いし? 追放されて地下帝国連れてかれるし?」
「う゛る゛せ゛ぇ゛っ゛!゛大体俺はな!事故に遭って夏休み丸々入院してんだぞ!!!
その上でこの仕打ちとかなんなんだよ!ふざけんなよまじで!!」
「ま、明日があるだろ。なんとかなるさ。」
「ハァ!? その明日から死ぬほど働かされるんだぞ!?こんっッなド地下でよォッ!」
「まーすぐここから出られんなら話は別だけどよ!そんな訳ねえだろオオオオッッ!!」
「うるさい、うるさい、鼻破れる」
「鼻は関係ねぇだろ!」
「じゃあさ、もしここからすぐ出られたら、どうする?」
「無理だっつってんじゃ……ん?」
俺は烏丸の顔の前で、“鍵”をぶらぶら振り回した。
「おい、おま、それって……!」
「ああ、借りたんだよ。あのハルクみたいな奴からな。」
「か、貸してくれるわけないだろそんなの。おまえ、盗んだのか?!」
「いいや、盗んではいない、借りただけよ。また後で返す。」
「絶対返さねぇだろそれ!」
あの時、俺はゴードンのポケットから牢の鍵をぬ……借りた。
なんでそんなことが出来るのか。出来ざるを得なかったからだ。
小学校一年生の頃親が突然失踪した。「ごめん」の三文字もなく、残ったのは俺一人だった。
学校にも行けず家も追い出され。天涯孤独で親戚もいない、ロクに飯も食えない。
ゴミ箱の残飯を食べたらすぐに体調を崩し、
公衆便所でゲロを吐き戻しながら俺は死ぬ寸前まで追い詰められた。
そんなゲロまみれの黄色い顔を見て喋り掛けてきたのが詐欺で捕まったあの男だった。
奴は生きる為の手段を俺に教えた。人との関わり方、 警察官の交わし方、そしてスリ。
殆どロクなもんじゃない。薄汚い犯罪行為。
だが俺にとっては、それが光り輝く蜘蛛の糸に思えた。
あいつは結局詐欺で捕まって、俺も今までのスリがバレて少年院に入って出所してからは、
犯罪を一切やめてしっかり更生して生きている。
生きる為に犯罪をしなくたっていい年齢にもなったし、
もう普通に生きていたくて仕方なかったからだ。
だが、運命は俺をどうしても死と隣り合わせな場所に追いやりたいようだ。
「さあ、どうする?」
口角を上げ、烏丸に語りかける。
悪いが、俺も労働は反吐が出る程嫌いなんでね。残り数時間でお暇を頂いてもらおう。
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