第43話 次のステージへ その2


「まったく嫌な奴だな……自慢したいなら隠さないでそう言えよ」


「ハハ!!何言ってんだよ、俺がそんな浅ましい事するかよ!!偶然だって偶然、アハハハハ……」


「颯太ってバカだけど不思議と勉強は出来るんだよねー」



 学校は午前中で終了、部活動も全般休み、久々に夏海を伴っての下校だった。



「……それってバカって言うのかなー?

 ショックだ……ハッキリ言って相当ショックだ、ハァー……」


「分かる、稲葉君……アタシもよく分かるよその気持ち」


「何で俺がオール5だとそんなにショックなんだよ?」



 二人の会話に何だか納得のいかない颯太であった。



 和気あいあいと歩いていた帰り道、彼らの少しばかり先をいった方にツンツン頭の少年が一人道路脇に立ち止まっているのが見えてきた。


『邪王死黒破龍ザキア』の宿主、松山だった。


 彼は、憂うような表情で真っ青な空を見つめながら、何やら小声でブツブツ呟いている。



「ん?……あれ松山先輩じゃん、何してんだろ?」

「お、おい……あの人は放っておけよ……関わると……」



「バカな……

 空の主達の間ではもう覇権争いが始まっているのか……

 まだ早すぎるだろ……

 こっちにも準備ってもんが……」

「松山先輩チワッス!!!!何が早すぎなんスカ!!!?」

「ヌオッ!!!!キサマッ!!!!いきなり背後から声を掛ける奴があるかッ!!!!」



「うぅ……やめろって言ったのに……」

「何で?先輩なんでしょ?挨拶くらい……」

 ガックリと肩を落とす紘を見て、夏海が不思議そうに言った。



「……お前には関係の無い事だ、これは俺の……俺個人の問題だ……関わるんじゃねえ……」


「ハァ、そうなんスカ……あっ!!!!どうしたんスカ?その右腕!!まさか昨日の練習で怪我も!!!?」

 松山の右腕に巻かれた大層な包帯を見て、颯太が心配そうに尋ねた。



 怪我のわけねーだろ……

 その人なりのファッションなんだよ、ファッション


 紘は軽く目眩を感じつつも、心の奥底でそっと彼等に突っ込んだ。



「クックックッ……練習で怪我……か……

 何も知らず呑気に平和で過ごせてるお前らが羨ましいぜ……

 こうしてる今だって危機が迫ってるってのによ……」

 松山はやれやれといったように鼻息混じりに笑うと、包帯の巻かれた右腕を擦りながら言った。


「危機が……ですか?」


「……何だお前、ホントに知りてーのか?

 構わねーが……もうお前が望む日常には戻れねえぞ……」


「え!?何スカそれ……戻れないって……」



「え、何?こわい、何かこわい事言ってる……

 あれって松山君でしよ?ほら……あの例の……」

「そうそう……今日も通信簿見て右手押さえてたらしーよ『鎮まれ……』とか言いながら……」

「しかもあの包帯……何か痛い漢字いっぱい書いてなかった?邪とか龍とか封とか……」


 道端で怪しげな会話を繰り広げる二人を、他の生徒達が訝しげな表情を浮かべながら大きく避けていく。


 図らずとも二人のそのやり取りは、周囲からの注目をジワジワと集め始めていた。


 きっとこのままでは自分だけでなく、何も知らない夏海の身にまで危険が及ぶ。



 うぅ、嫌だけど……

 しかたない……


 そう判断した紘は、意を決して嫌々ながらも二人の間に無理矢理割って入っていった。


「お、おい、颯太!!今日はホラ……早く帰って颯太の家で遊ぶんだろ?さっさと帰ろうぜ!!」


「……チッ、何だよ……そーなのか?テメーも結局はそっち側の人間かよ……ぬるい野郎め……」


「え!?そんな事一言も……モガガガ……」

「じゃ、先輩さよならー!!!!」

 空気の読めない颯太の口を押さえ込み、その場を強引に立ち去ろうとした時だった。



「ん?オイ、小川、お前通信簿落としてるぞ……」



 ________ビュンッ!!!!


「アザス!!!!」

 紘は松山が拾った通信簿を目にも止まらぬスピードで奪い取り、颯太の尻を何度か蹴り上げながらその場を離れていった。



「な!!!!……つーか家超でけえ!!!!

 お前の家モデルハウスかよ!!!?」

「……そうか?ってかうちの前であんまり叫ぶなよ……」


 成り行きで訪れた颯太の自宅を前に紘は愕然とした。


 高い塀に囲まれた広い庭、景観に馴染むよう主張し過ぎない程度にモダンな造りの巨大な住宅、一般家庭のそれとは明らかに一線を画するものだった。


 まさに高級住宅と呼ぶに相応しいものであった。



 ……何だコレ?

 言っちゃ悪いが、俺のイメージだと何かもっとこう……


 ……何だか色々と……裏切られた気分だぜ……



「じゃ、またねー」

 夏海と別れ、颯太と紘は小川邸・・・へと入っていった。



「稲葉君の事、颯太から話はよく伺ってるわ……

 ご挨拶もしたいし、今度お家にご招待なさいって言ってるのに……それなのにこの子ったら……

 中々お家にご案内しようとしないんだから……

 キャルピスで良かったかしら?……どうぞ」


「いや、ハハ……あ、どうも……」



 マジか……こんなキレーな人がこのウマゴリラの母ちゃんかよ……

 この母親の遺伝情報とかコイツのどこに反映されてんだ?

 つーかシャンデリアとかあるし……



 それなりの規模のホームパーティでも難なく行えそうな広いリビング。

 紘は本革のソファーに埋もれるように腰掛け、颯太とは似ても似つかぬ気品溢れる彼の母親が丁寧に差し出したキャルピスに口をつけた。



 !!!!……うおっ

 こ、これってまさか……


 ……原液?


 い、いや……

 我が家うちが異常に薄く作ってるだけかも知れん……


 このレベルの家庭ではこの濃さが標準なのかも……

 それが常識なのかも……


 今まで欲するがままにゴクゴク飲むもんだと思ってたけど……

 こうして舌の上で転がすようにゆっくりと味わえば……


 ……


 ヴオェッ!!……やっぱダメだッ!!……相当キツイ!!

 こんなのただの罰ゲームじゃねーか!!!!



「……ウベェッ!!!!な、何だこれ!!!?

 ねえ、母さん……これ薄まってないよ!!!!

 原液のまんまじゃん!!!!」

 向かいに座った颯太が口に含んだキャルピスを勢いよく吐き出した。


「あら!!ごめんなさい、薄めるの忘れてたわ……

 私ったら……ホントにうっかり屋さんね……

 稲葉君も遠慮しないで言ってくれれば良いのに……」


「……」


「まったく……こんなの飲んでたら病気になっちゃうよ……なぁ紘?」


「ハハ……ホントに……そうだね……」



 ……流石にキャルピスの感覚はどこの家庭も一緒だったか……

 危ないトコだったぜ……



「ただいまー……あ、颯太のお友達?いらっしゃい」

 こっそり冷や汗を拭う紘の背後から、突然そよ風のような可憐な乙女の声がした。


「お、ねーちゃんお帰り、いつも話してる友達だよ……」

 颯太がサラッと紘を紹介する。



 ね……ね……ねーちゃんだと!!!?


 クッ……コイツこんな良い家住んでる上にねーちゃんまでいるのかよ!!!!


 ねーちゃんなんてそんなに良いもの……俺だって持ってねーのに!!!!


 今日のこの流れからいくとどーせねーちゃんだってカワイイ顔してんだろ!!!?もうわかってんだよ!!!!

 いいぜ……その面キッチリ拝んでやる!!!!


 さあ、見せてみやがれ!!!!


「お邪魔してます!!!!僕稲葉って言います!!!!颯太君とはクラスメー……ヌオオオッ!!!!」


 密かに練習していたとびっきりのスマイルを作って振り返ると、紘はその目に飛び込んできたあまりの衝撃に言葉を失った。



 舐めてました……


 僕が思ってたより……

 ずっとずっと……ずーっと

 天使でした……



「小川君……

 神様って一体何考えてるんだろうね……」


「ハハ、いきなり何だよそれ?目がチョット変だぞ」


「アラアラ急にどうしたのかしら?ウフフフ……」


「え?なーにそれ?後で私にも聞かせてね」



『アハハハハハハハハ……』



 吹き抜けの広いリビングに、四人の笑い声が木霊する。



 あれ、おかしいな……

 悲しい事なんて一つも無いのに……


 どうして僕は今……

 こんなにも泣きたくなっているんだろう……



 色々とショックを受けた1日であった。




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