次のステージへ

第42話 次のステージへ その1

「ゲッ!!!!マジか……」

 渡された通信簿を覗き込んで、紘は思わず深い溜め息を落とした。



 明日から夏休みだと言うのに、学校というものはどうしてこんなにも嫌な気持ちにさせてくるのだろう?


 教師は平等である事の大切さを説いておきながら、平然と優劣を数値化して明確にその事実を知らしめてくる。



 この矛盾は何だ?



 個人を尊重すると公言しながらも常に競争を促し、勝ち残った者のみを大いに称え、敗者は容赦ないまでの絶望、喪失感、無力感……そういった類いの決して抗えない苦しみの淵に追いやられ……

「紘!!!!一体どうしたんだよ!!!?通信簿持ったまま固まって」

「ぬおっ!!!!……って見るなよ!!!!」


 現実世界を遠く旅立っていた紘は、急に後ろから声を掛けてきた颯太に飛び上がるように驚いた。



「ハァーーー……こんなの母さんに見せられないよ」

「ハハハ!!!!何だよ、成績悪くて固まってたのかよ?どれどれ……」

「このバカ!!!!見るなって!!!!」

「ハハ、冗談、冗談、怒るなって!!」

 そう笑いながら颯太が紘の背中をバシバシと叩いた。


「痛ッ!!やめろ!!この馬鹿力!!ったく……自分はどうだったんだよ?どーせ俺と大して変わんないだろ?」

「ハハ、まあ俺の事は気にすんなよ、普通だよ普通……」


「怪しい……」



「うおっ!!!!小川、通信簿広げっぱなしじゃねーか!!!!

 ……ってうそだろ!!!?」

 急に後ろの方で一人の男子が騒ぎ立て、皆の注目を集めたかと思った次の瞬間、彼は酷く青ざめた顔でその場にしりもちをついた。



「ゲッ!!!!ヤバッ!!!!」



 _______ビュンッ!!!!

「何、何!!!?そんなに酷いの!!!?」

 紘は慌てる颯太を差し置いて、急降下する隼の如く瞬く間に彼の元へと飛び付いた。



「……あ……う……」


 床に座り込んだ少年は相当なショックを受けたのだろうか、ブルブルとその体を震わせ言葉さえも失っているようだった。



 ダメだ、正気を失ってる……

 あの通信簿にいったいどれほどの破壊力が……



 尋常ではない彼のその様子に、紘も思わず生唾を飲み込んでいた。



「見たな……」



 大きく一歩出遅れた颯太がそっと通信簿を閉じ、それを机の中にしまいながら少年にそう言った。

 酷く冷静な口調で。



「……ご……ご……ごばっ……ごばっ……」

「!?……何?……何が言いたいの?ごばっ?……少し落ち着いたら?」


 少年は紘に何かを伝えようと必死に口を動かすが、どうにもそれ以上は喉元で言葉が詰まっていた。


 そんな二人を横目に颯太は黙って席に着くと、何かしらの苦悩を表現するかのようにそっと頭を抱えていた。



 ……何だ?

 何か妙だ……何だかとてつもなく変な感じがする


 紘は息も絶え絶えになっていた少年の背中を擦りながら、颯太のその様子にどこかしら違和感を感じていた。


「はあっ……はあっ……稲葉ありがとう、落ち着いたよ」

「良かった……大丈夫?……それで……何にそんなに驚いてたの?」

「あぁ……聞いて驚くなよ稲葉、小川……アイツ……アイツはな……」



「オイ!!!!小川!!!!今度は通信簿床に落ちてるじゃねーか!!!!しかも中見えてるぞ」

 彼が真実を語ろうとしたその時、また別の少年が颯太の通信簿を発見して騒ぎ立てた。



 え?

 アイツ通信簿はしまったはずじゃ……



 突如湧いて出た新たな事実とともに抱えていた違和感の謎を解き明かそうと、紘の頭の中で今までの出来事が急速に整理されていく。



 そもそも通信簿を開きっぱなしで席を離れるなんて事があるか?

 しかも俺が飛び出した瞬間、アイツは俺を止めようともしなかった……


 アイツならそれが出来た筈だ

 俺が通信簿を覗かないなんて保証はどこにもないのに


 そして最後に……しまったはずの通信簿が今度は床に落ちてただと?それも開きっぱなしで



 !!!!!!



 コ、コイツ……まさか……まさか……

 でもまさかコイツに限ってそんな馬鹿な事が……



 頭に懸かった靄の中から何かを掴みかけた矢先、親切心から颯太の通信簿を拾い上げた少年が叫んだ。



「ゲッ!!!!

 5ばっかり……

 つーかお前オール5じゃねーか!!!!」


 少年の口から飛び出した驚愕の真実、そして直ぐ様訪れる一瞬の静寂。


 何とも言えない奇妙な空気が教室全体を包み込んだ後、その場に居合わせた誰もが同じ事を思い、その胸の内を皆一斉に力の限り叫んだ。



『自慢したいだけじゃねーか!!!!!!』



 クラスメイト全員からの壮大なツッコミを受け、一人密かにほくそ笑む颯太であった。


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