第36話 試練の紅白戦 中編 その5
「はい、ラスト1点、1年生根性見せるのよー!!!!」
藤波君、意外とプレーに感情出すじゃない
2年生は本当にタレント揃いね……
纏めるのに一苦労って感じだわ
さあ、1年生はどうするのかしら?
後が無くなった……
もう、攻めるしかない……
ハンデも貰っておいて……
それでもこのまま終わるなんて……
また
絶対嫌だ!!!!
大成の顔からはすっかり笑顔が消え失せ、代わりに何処か他人を寄せ付けないオーラのようなものが出ていた。
「稲葉!!!!渡せ!!!!」
開始直後、大成がポジションを無視してボールを持った紘よりも高い位置へと上がっていく。
「!!!!」
慌てて紘が大成へと強めのパスを出す。
「2度もやらすかよ!!!!」
トラップの大きくなった所へ松山が飛び込んで来た。
大成はすかさず松山に背を向けボールをキープする。
反転した大成の目の前には、ボールを要求する紘がいた。
!!……下げれば小川君に繋がる……
いや……
全員抜いてやる!!!!
だが、大成が選択したのはやはりドリブルだった。
松山から掛かる凄まじいプレッシャーを背中に感じながら、ボールの間に体を挟んで何とか必死に前を向く。
「抜いてみろ」
「!!!!」
どうにか振り返った大成の目の前に、圧倒的な存在感を放つ姫野が構えていた。
うっ!!何で!!!?姫野先輩!!!?
~~~
「癪だ、限りなく癪だが中野の突破力はやっかいだ……姫野、上がる前に一旦俺のカバーに入れ」
松山の策略だった。
何だこれ!!!?
触られてもないのに……
圧力が全然違う……!!!!
姫野と対峙した瞬間、それまで自然と湧き出たアイデアが一切そのなりを潜めた。
目の前で急に萎縮し、今までの事が嘘だったように動きを止めた大成から、姫野が一瞬でボールを奪い去る。
しまった!!!!
「止めろ!!!!止めてくれ!!!!」
大成が叫んだ。
時既に遅く、加速の体勢に入った姫野には、ゴールへの道筋が見えていた。
この道を辿れば終わりだ……
トップスピードに入った姫野には、向かって来る1年生達がスローモーションで再生する映像のように見えていた。
守備の要である大成もいない、ゾーンに入った姫野に残りの1年生全員を躱す事は容易かった。
たまにある……
周りの動きが酷くゆっくりに見える時が……
悪いな小川、これでお前も終わりだ……
ゴール前、フリーでシュートモーションに入る姫野、誰もがこの試合の終わりを想像した。
姫野が何の迷いもなく、ボールに向けてその右足を力一杯振り抜く。
姫野の足に分厚いボールの感触、重みが伝わる……
そして直ぐ様感じる途方もない違和感
!!!!!!!?
「いってええええええええええええ!!!!!!」
聞こえてきたのは、ボールがゴールネットを揺らす音ではなかった。
小川颯太の鼓膜を裂くような絶叫だった。
『!!!!!!!!』
目の前の光景に、敵味方全員が言葉を失った瞬間だった。
「あ……え……」
百合はあまりの衝撃に、目を丸くして言葉を詰まらせていた。
な……
な……
速すぎて……何が何だか……
……嘘でしょ!?
いつの間にかボールと小川君が入れ替わって……
キーパーの裕明が、目の前のこぼれ球にハッと気付いてすぐさまサイドに蹴り出した。
ボールは誰にも触れられる事なく、そのまま静かにサイドラインを割っていく。
目の前で左太ももを押さえながらのたうち回る颯太をよそに、姫野は後ろの勇人を振り返ってその位置を確認した。
コイツ……
あの距離を一瞬で!!!?
あり得ない颯太のスピードに、姫野の頬を恐ろしいほど冷たい汗が伝う。
「うそ……」
マークに付いていた勇人も、あまりの出来事に口を開きっぱなしで唖然としている。
「小川君!!!!大丈夫!!!?」
「いつつつつ………………大丈夫、大丈夫、全然問題無い!!」
大成が心配そうに駆け寄ったが、颯太のその様子に安心したのか、大きくほっと肩で一息ついた。
「颯太!!!!ナイス!!!!やっぱ凄いよ!!!!」
「小川君、スーパーセーブだよ!!!!」
「ほんと速すぎ!!!!チートすぎだよ!!!!」
次第に颯太の元へ仲間が集まり、どんより沈みかけた空気が軽くて明るいものへと変わっていく。
「みんな、ごめん……俺のスタンドプレーのせいで」
異様な興奮状態の中、大成が申し訳なさそうにしんみり言った。
その表情からは、自責の念で酷くネガティブな心境に陥っている事がありありと伝わってきた。
バシッ……
「痛っ!!」
「何言ってんの、一人で突っ込むとかメチャクチャカッコ良いじゃん!!もっとバンバン行こうよ!!!!」
暗い表情の大成の背中を紘が軽くひっぱたいて言った。
その目はどこまでもキラキラ輝いて、スター選手でも目の前にしたかのようだった。
「稲葉……」
その言葉に大成が思わず目を潤ませる。
「そうだぜ大成、もっとアグレッシブにやってくれよ」
「あぁ、ガンガン攻めようぜ!!!!」
「たまにはサイドも使ってくれれば……ハハ」
自分のエゴでチャンスを逃してピンチを招いた。
それでも背中を押してくれる仲間達のその声に、大成は再び柔らかい笑顔と戦う勇気を取り戻した。
大いに盛り上がる1年生達をよそに、顔には一切出さないが内なる怒りに震える者がいた。
姫野優、彼だった。
決定機を潰された彼の心の中で、怒りの炎が余す事なく激しく燃え上がっていく。
「小川……颯太……」
颯太はまだ気付いていなかった。
自分のプレーが一人の男の逆鱗に触れ、本気で潰す決意をさせた事に。
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