第35話 試練の紅白戦 中編 その4

「ヘイ!!」


 大成が右サイドの突破を足止めされた蒼真にボールを要求する。


 ここでもやはり姫野のプレッシャーが大成に掛かり、簡単にパスを受ける事を許さなかった。


 辛うじてボールをキープした大成は、単独で中央突破を試みるが、加速の手前で松山が立ちはだかった。


 大成は目線を一旦右に外し、松山の注意を右方向へ反らすと体はその逆、左方向へと急速に舵を切って松山の間合いから抜け出そうとした。


 それでも松山は、全てを見越していたかのように行く手を先回りし、思わずブレーキを掛けた大成の足元のボールに狙いを付けた。



 松山はまず、動きを止めた大成の胸に肘を当てた。

 そして次に、肘先に体重を掛けてグリッと胸の奥の方まで押し込む。

 大成の胸に痛みが走ると、彼は顔を歪めて思わず上体をのけ反らせた。



 胸を押さえてそのまま崩れ込むかと思われた大成だったが、何とかその場に踏みとどまり松山からボールを遠ざけた。



 コイツ……



 松山は痛みに怯まずボールを保持し続ける大成から、計り知れない圧力を感じた。


 それは何処か覚えのあるものだった。



 そうだ……

 これは姫野の……



 松山は大成の内なる闘志に、姫野の姿を見たのだった。


 松山が一瞬たじろいだその隙を大成は見逃さなかった。

 大成は目の前で道を塞ぐ松山をその腕で横に払いのけ、強引に固く閉ざされた扉をこじ開けた。



「こっち!!!!」

 チャンスと見るや、紘がスペースへと躍り出てパスを要求する。

 しかし大成はあえて紘にパスを出さず、自分で運ぶ事を選択した。


 それは同時に藤波への挑戦へと繋がっていく。


 紘へのパスコースを切りながら藤波が大成に迫っていく。



 ふーん……俺に向かって来るんだ……



 藤波が腰を低く落とし、向かって来る大成のリズムに合わせて細かくステップを刻む。



「中野君、こっち、こっちーーー!!!!」

 颯太が迷惑顔の勇人の隣でピョンピョン跳びはね、自分の存在を充分にアピールするが、大成の目には最早藤波しか映っていなかった。


 大成は藤波の真ん前で一度止まると、それから大きく呼吸を一つして、一気に左方向へと加速した。


 紘が自分の方へと向かって来る大成を確認すると、反対方向へと駆け抜けここでもう一度ボールを要求した。


 大成は藤波を振り切れないままピタッと動きを止めると、一旦ゴール前の絶好のスペースで待つ紘に目をやった。


 瞬間パスの動作に入ると、すかさず藤波がパスカットに足を出す。


 パスカットのタイミング的にはドンピシャ、しかし大成がここで選択したのは、大きくポッカリ開いた藤波の股抜きだった。


 絵に書いたように美しく藤波を置き去りにした大成は、キーパーとの一対一、迷わずシュートモーションに入った。


 足は申し分なく上がった、後は振り抜くだけ、しかしその一瞬のタメを狙って、2年生DF栗田聖人くりたまさとが滑り込み大成のシュートコースを塞いだ。


 栗田 聖人 CB 173cm

 緊張とは無縁の快速CB、50mを6秒台後半で走る

 ボーッとした見た目だが反応速度はピカイチ



 無理な体制で放たれたボールは枠を大きく外し、ようやく一連の流れがここで切れた。



「……マジかよ」

 勇人も思わず舌を巻く、大成の圧巻のプレーだった。



「スゲエ!!スゲエよ中野君!!超カッコイイ!!!!」

「大成、マジで凄いよ!!!!」

「イタタタ……ハハ、ありがと、外したけどね」


 颯太と紘が駆け寄り、大成の背中をバシバシ叩いた。



「……」


 中野大成……

 聞けば彼は上州学園のセレクションに受かっている……

 それでも合格を辞退した


 理由は良く知らないけれど……



 百合はそんな大成を遠目に見ながら、つぶさに観察を続けた。



「松山、中野には深く当たりすぎるな……アイツは隙を突くのが上手い、後ろで持たせとけ」

「くそ……生意気な奴め……俺に幻影を見せるとは」

 姫野が、細い目をピクピク痙攣させて悔しさを滲ませる松山に言った。



「ダッセー!!!!1年に股抜きされてやんの!!!!」

「……その点勇人は足が短いからその心配が無くて良いよね」

 ここぞとばかりに勇人が藤波を指差して笑ったが、藤波は淡々と皮肉って港からのパスを受けた。


 ボールを受けて前を向くと、パッツンの前髪からチラリと覗く眼が鋭く光り、そのまま一気にフィールド中央を駆け上がった。



「オイオイ……何だよ、珍しく……怒ってるじゃねえかナミ!!!!」


 勇人はグングン遠ざかる彼の背中を見て、ついそうこぼした。


 1年生達が待ち受ける敵陣真っ只中、藤波は一人、果敢を通り越して無謀なまでにその中へと突っ込んで行った。


 同時に彼のその動きに釣られ2年生の最終ラインが押し上がっていく。



「だーーーーっ!!!!」

 颯太が叫びながら考えも無しに突っ込むが、藤波は何の問題も無いようにそれをスルリと躱す。


 すると今度は紘が彼の目の前に立ちはだかった。


 紘はその小さい体を更に低くし、向かって来る藤波に備えるが、藤波はフェイントを掛ける事もなく大きくボールを扱う事で、いともたやすく抜き去っていく。



「藤波!!!!俺によこせっ!!!!」

 大成の影から松山が飛び出してボールを要求する。


 が、藤波は何も聞こえていないかのように、更に中央を突破する事を選んだ。


 先程大成が見せたプレーを今度は藤波が再現してみせたのだ。


 大成が受けて立つと言わんばかりに、松山からマークを外して藤波へと距離を詰めていく。


 藤波が急加速で右方向へ大きくボールを転がすと、すかさず大成も藤波の動きに合わせて加速する。


 一瞬藤波がピタッと動きを止めると、大成はここでもまた同様にその動きを完全に合わせた。


 再び藤波が加速を始めると、左サイドを守る陸も姫野をフリーにしてコースを塞ぎに上がってくる。


 大成と陸、藤波が二人の隙間を抜ける動きを見せた瞬間、守備に徹する二人の視線がボールだけに注がれた。


 それまで押さえていた大成だったが、数的有利のこの状況では足を出さずにいられなかった。


 大成の足がボールに届く寸前、藤波は斜め左後ろへ足裏でボールを勢い良く転がした。



「ナイスパーーーース!!!!」

 ボールの行方、そのポッカリ空いた中盤のスペースに飛び込んできたのは勇人だった。


 左足でワントラップ、最高の位置へボールを置くと、後は力一杯右足を振り抜くだけ。


 しっかりと体重の乗った強烈なシュートを前に、キーパーの裕明はピクリとも反応する事が出来なかった。


「ワハハ!!!!見たか1年坊主ども!!!!」

 たった今豪快にネットを揺らした勇人が、もう後の無くなった1年生相手に大はしゃぎして見せた。



「藤波アイツ……俺を無視しやがった……この俺を」

 蔑ろにされた松山が、広げた両手を覗き込みプルプルと肩を震わせている。



「ホントは股抜きしたかったんだけどな……まぁ、次回にするか」

 独り言のようにそう言うと、藤波はスタスタ自陣へと引き上げて行った。



「……」

 大成は下唇を噛み締めて、グッと込み上げて来る感情を押し殺すしかなかった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る