第34話 試練の紅白戦 中編 その3


 高い位置でのハイプレス……

 これが出来なければ話にならない……


 それにはまず姫野君の豊富な運動量によるプレス

 そしてその後に訪れる急激な状況の変化

 これに素早く対応できる判断力……


 松山君

 アナタならきっとゲームを支配出来る……



 奇妙な振る舞いや言動はさておき、目の前で見せる松山のそのプレーに関して百合はある程度の手応えを感じていた。


 彼の空間把握能力はかなり異常で、時折見せるトリッキーなプレーは背中に目が付いてるかと錯覚させる程だった。


 また、危機察知の能力にも大変優れていた。


 あの日、いち早く島崎海への対応を見せたのも彼だったし、パスカットに関してもかなりの数を成功させていた。


 結果に関してだけ言えば、対戦した上州学園の選手の能力が圧倒的に高かった、ただそれだけの話だった。



 彼の能力を活かすならもっと高い位置……



 百合の狙いは、松山に高い位置でDFの仕事をさせ、中盤でのボール支配率を上げる事だった。


 カバー能力の高い藤波、一対一で圧倒的なディフェンス力を見せる勇人、この二人が松山の背後にいる事で、自然と彼のプレーにも迫力が加わる。


 8人制ではあったが、まさしく百合の読み通りに機能していた。



「!!!!」



 松山の一瞬の隙を縫って、大成から紘へとパスが繋がる。


 ようやく事態が好転したかと思った矢先、すかさず藤波からのプレッシャーが紘に襲い掛かる。


 圧倒的な対格差を前に成す術もなく紘がボールを奪われると、それを皮切りに2年生チームのラインが一気に押し上がっていく。



「!!!!」



 大成、陸、翼の三人は切り替えのスピードに反応するのがやっとで、気付けばゴール前で松山がシュートのモーションに入っていた。


 ゴールを背負いたった一人で松山と対峙した裕明は、右足を大きく振り上げた彼の不気味な笑顔に未知の恐怖を感じて、前に出るのを一瞬躊躇してしまった。



「BANG!!!!」



 ボールがゴールネットに突き刺さると、松山は自分のこめかみに向けてピストルを撃つジェスチャーをして見せた。


 湧く筈の歓声を一気に彼方へ追いやる天才だった。


 ハイタッチをしようと松山に歩み寄っていた藤波さえも、彼のゴールパフォーマンスに思わずその身を素早く反転し、たった今植え付けられたばかりのおぞましい記憶を消す事に努めた。



「はい、後2点ねー!!

 1年生チーム頑張りなさいよー!!」

 百合がガックリと肩を落とす1年生に向けて言った。



「時間制限無し、2年生チームは5点取ったら勝ち、1年生チームは1点でも取れたら勝ちにしましょう、2年生はその方が緊張感出るでしょ?あと1年生、小川君縛りはもう無しで良いわよ」


 後半戦開始前、百合が全員にそう告げた。

 後半のスコアは今のゴールですでに3-0

 1年生チームは後半開始以降、敵陣地にボールを運ぶ事すら出来なくなっていた。



「後半は全力で行く」



 前半終了の際に松山が言っていたセリフが、1年生達に重くのし掛かってくる。



 何もさせてもらえない……

 これ程差があるなんて……



「おい!!!!1点取れば勝ちなんだぜ!?みんなもっと元気出してこーぜ!!!!」

 ここまで全くボールに関わっていない颯太が、暗い影を落とす仲間に向かって叫んだ。


「……あぁ、そうだよね、ごめん」

 紘はそう返したが、明らかに覇気の無い空返事だった。


 フリーでボールを受けても中盤を抜け出すコースがどうしても見つからない……


 一体どうしたら……



 稲葉君

 相当迷ってるみたいね……


 これまでは中野君がある程度ボールを運んでいたけれど、松山君が中央でキッチリ仕事をするようになれば簡単に手詰まりになる


 皆、基本はしっかりと出来ているようだけれど……

 アナタ達1年生のサッカーは綺麗すぎるのよ


 ある程度のズル賢さも、先輩達からキッチリ学んでもらわないとね……


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る