第33話 試練の紅白戦 中編 その2
~昨日~
「アナタにはこれから中盤をやってもらうわ、チームの中心を担ってもらいたいと思ってるの」
他の部員達を廊下に追いやった二人だけの教室の中、百合は手元の資料に目をやりながら、向かい合って座る松山にそう言った。
「嫌だね」
間髪入れず、机に肩肘を着いたままで松山がそう答える。
その言葉に反応するように、百合の綺麗に整った眉が一瞬ピクリと動いた。
「俺はずっとディフェンダーでやってきてる、好きなんだよ……あのポジションが……
特に……ゴール前でチャンスを潰された奴の……
その時の顔を見るのが……最高の瞬間なんだ……
絶望ってやつを間近で味わえる……
そんなポジションは他に無い……」
「好きなのは分かったけれど……今のままで上州学園と戦っても勝負にならないわよ」
口角を上げて不気味に笑う松山を前に、少しの反応も見せず百合が淡々と言った。
この子ちょっとあれかしら……
中々に拗らせてるわね
いずれ良くなるでしょうけど……
流石の百合にも、松山の病気に関してはすぐに分かったようだったが、別段それ以上興味を示す事は無かった。
「じゃあ逆に聞くけどよ……アンタの言う事聞いてれば上州学園に勝てるってのか?」
松山が手でピストルの形を作ると、百合の額を撃ち抜くような仕草を見せて言った。
「勝てる可能性を上げるって話よ……
少なくとも今のままじゃ勝てる見込みなんてまず無いわね
私から見たら姫野君のワンマンチームでしかない……
これでよく県大会に出れたわね、ってところかしら」
眉間の辺りを撃ち抜かれた筈の百合だったが、そのハキハキとした口調からは微塵もダメージを感じさせなかった。
「言いづらいような事……中々ハッキリ言ってくれるじゃねえか……」
松山が天を仰ぎながら恐ろしく低い声を出して言った。
「ええ、でも事実よ、そうでしょ?首戻したら?」
「……」
百合がそう返すと、松山はふんぞり返ったままで固まってしまったかのように動かなくなった。
「それで……勝てるのか……?」
「……さっきも言ったけれど可能性を上げるって話よ、保証なんて出来ない、でも……勝負に絶対は無い
私は、アナタ達が勝てる確率を少しでも上げるために、ただそのために全力を尽くすだけ」
「……俺のせいだ」
暫く間を空けて、松山が上を向いたままポツリと呟いた。
「……何?どうしたの?」
「敗けたのは……俺の……俺のせいだ」
「敗けたって……上州学園に?」
「……」
長い沈黙の後、松山の鼻をすする音が鳴り響いた。
相変わらず彼は椅子の上でのけ反ったまま、百合からはその表情が伺えなかった。
「疲れないならその体勢のままで良いけど……
アナタ自分のせいで敗けたって思ってるみたいね……」
「8失点……ほとんど俺からのミスで失点してる……
アンタの言うとおりだよ……俺は途中で捨てたんだ……
あの日……もう勝てない、勝てる訳がない、ってそう思いながら俺は戦ってた……」
百合はそっと目を閉じ眉間にシワを寄せて、彼の話に耳を傾けていた。
「……全員よ」
「……?」
「面談はアナタで最後だけど……面談した2年生全員が自分のせいで敗けたと言ってるわ」
「……」
百合の言葉に松山が思わずその顔を起こした。
彼の吊り上がった細い目は赤く染まり、涙が伝ったであろうこめかみの辺りはうっすらと濡れて鈍く光っていた。
「私が何を言いたいか分かる?」
「……」
百合がそう聞くと、松山は黙って首を横に振った。
「細かい事を言えば山ほどあるけれど……アナタのミスだけで敗けたんじゃないわ」
「……慰めてるつもりかよ?」
百合が少し笑顔を見せてそう言うと、松山は声を震わせながら振り絞るようにして、何とかそれだけ吐き出した。
「慰める?違うわ、全然……敗けたのはただの力不足
ミスうんぬんの前に、ただ単にアナタ達の実力が足りなかっただけ……
浸るのはアナタの勝手だけれど……現実からは決して目を反らさない事ね!!」
「な……!!!!」
衝撃だった。
松山の想像を遥かに超えた、センチメンタルの欠片も無い百合の回答だった。
「な……!!!!って何よ?そうやって全部自分のせいにして折角見つけた課題を有耶無耶にしてどーするの!?
まずはきちんと己を知りなさい!!
何が出来て何が出来ないのかを!!
そして自分の立ち位置をしっかり見極めなさい!!!!」
「う……あ……」
寸前に見せた優しい笑顔は一体何だったのか、ひっきりなしに繰り出される百合の口擊に、松山は自身の内側に巣食う邪王死黒破龍ザキアの存在もすっかり忘れ、金魚のようにただ口をパクパクさせるしかなかった。
それから百合は、急にしおらしくなった松山に対して、今現在彼らが抱える課題、これからの静和中サッカー部の今後の展望、そして彼自身のコンバートの必要性と重要性について延々と熱く語るのだった。
「ハァ……ハァ……どう?分かってくれた?」
「……分かったから……分かりましたから……もう帰らせて下さい……」
マラソンでも走り終えたかのように、二人はすっかり疲弊しきって机の上に項垂れていた。
ようやく解放された松山はヨロヨロと立ち上がり、おぼつかない足取りで何とか教室の出入口まで辿り着く。
自慢のツンツン頭も、心なしか萎れているように見えていた。
閉められたドアにもたれるように手を掛け、最後に彼が言った。
「上の位置に上がっても俺のやることは変わらねえ……向かって来る奴を……ぶっ潰すだけだ!!!!」
「……それで良いわ……」
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