試練の紅白戦 中編

第32話 試練の紅白戦 中編 その1


 テンポの掴みづらい変則的なリズムでボールを運びながら、大成がコート中央に切り込んで下がり気味だったラインを押し上げてくる。


「中野を止めろ!!!!」


 そうはさせまいと、藤波が大成にピッタリとへばり付いた松山に向かって叫んだ。


「俺に指図すんじゃ……ねぇっ!!!!」


「うおっ……」


 松山が強引に大成の懐に体を捩じ込みボールを奪い取ると、直ぐ様姫野に鬼気とした表情でパスを繰り出す。



「来るぞ!!陸」

「おう!!」


 ボールを受けた姫野の前に、1年生DFコンビ笠原かさはらりくかどつばさの二人が立ちはだかるが、姫野は二人の僅かな隙間にボールを通し、他を寄せ付けない圧倒的なクイックネスの裏街道でゴール前へと躍り出た。


 鮮やかに抜き去った反面、加速がつきすぎドリブルが大きくなったため、1年生ゴールキーパー佐々木ささき裕明ひろあきがその身をなげうって姫野に飛び込み、何とか事なきを得た。



「オイオイ……今のは決めてくれよ……」

「……パスが悪い……敵に向けて出すな」


 松山が肩をすくめながら不満全開に言うと、姫野は顔色一つ変えずにそう返した。



「スゲエ……」

 たった今姫野が見せたプレーに、颯太も開いた口が塞がらなかった。


 単純なスピードだけではない。


 元より、姫野はそれほど足の速い選手ではなかった。

 だが、対峙した相手に恐ろしく速い選手だと思わせるテクニックが彼にはあった。

 それもずば抜けて。


 走るというよりも一つ一つのステップが生み出す移動速度、彼は重心移動に関して群を抜いていた。


 裕明から右サイド側の翼にボールが渡ると、姫野が息をつく間も与えず寄せに来る。


 堪らない翼は即座に裕明へと戻し、今度は逆方向で構える陸、左サイドでの展開を試みた。


 2年生右サイドアタッカー石川友いしかわともが中央側を切りながら、お手本のようなワンサイドカットでコースを塞ぎながらジリジリと陸に迫ってくる。



「ヘイ!!」

 大成が深い位置まで下がって陸にボールを要求した。


 苦し紛れに出したパスは乱れ、大成のトラップは目も当てられない程無様な出来だった。


 そこへ更に2年生の追撃が波のように押し寄せる。


 何とかボールを収めた大成の懐に、又も松山が狂暴な勢いを保ったまま入り込んだ。



「うッ!!!!」

 その衝撃に大成が思わず呻き声を上げ、グラウンドに倒れ込む。



『ピピーーー!!!!』


「ファウル!!!!一体何してるの!!!!」

 百合がホイッスルと同時に叫んだ。



「オイオイ……ボールに行ってんじゃねえか……」

 松山は目の前で痛そうに転がる大成を睨み付けながらそう吐き捨てた。



『一体何してるの!!!!』か……



 どいつもこいつも……

 頼むからあまり俺を怒らすなよ……

 せっかく封じ込めてる俺の中のアイツを抑えきれなくなる……



邪王死黒破龍じゃおうしこくはりゅうザキア』を……



「出てくるなよ……」

 松山は僅かに震える自分の右腕を掴むと、心の奥底に棲まうザキアへ向けてそう呟いた。



 彼は人知れず怯えていた。



 ザキアはきっと近い将来宿主である自分をも喰らい尽くすだろう……


 そうなればこの輝かしい世界は一瞬で闇と化す……


 俺の側にいる、それは常に、死、破壊、恐怖、絶望、と隣り合わせである事を意味する……


 ザキアの犠牲は俺一人で充分だ……

 憎まれ役を演じれば周りに誰も寄り付かない……


 俺は嫌われもので良い……



 松山はある大病を患っていた。


 それは家族はもちろん、サッカー部の仲間達も知るところであった。

 本人だけがそれについて何も知らされていなかった。


 いかに名だたる名医でも彼をその病から救う事は出来ないだろう。

 特効薬などもちろんある筈もない。


 何の手立ても無い。

 病状は彼の知らぬ間に悪化の一途を辿るばかりであった。



『中2病』



 松山は重度の中2病を患っていたのだ。

 長い年月だけがその病から彼を解放するだろう。


『黒歴史』という大いなる代償と引き換えに……


 部員達も、そんな独自の世界観を持つ彼の取り扱いには常に細心の注意を払っていたのだった。



「確かにファウルだけど……

 そんな簡単に倒れるんじゃないわよ!!!!

 何回もやられてるじゃない!!!!

 ゴール前のど真ん中でボールを奪われるのがどれだけ危険か分かってるの!!!?」



「……」



 予想外の百合の言葉に、何とかザキアを制御していた松山も思わず言葉を失った。



「痛つつつ……ハハ……マジか……」

 大成がゆっくりと立ち上がり、松山に微妙な笑顔を見せた。


「……」

 首を傾げながら松山は無言で走り去っていった。


 自分のラフプレイにはファウル以外のお咎め無し、反対に倒れた大成にカミナリが落ちた。



 ……

 あのコーチ

 マジで読めねえ……




  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 補足


 今回出来なかった人物紹介

 1年生の三人と2年生一人です。


 1年生

 笠原 陸 DF 165cm

 ちょっぴり控え目、笑顔がキュートな男の子

 体を張ったディフェンスが売り


 角 翼 DF 163cm

 マイペースなおっとり屋さん、寝ぼけマナコが特徴的

 外見とは真逆の動物的とも言える反射神経で相手をブロック


 佐々木裕明 GK 168cm

 坊っちゃん刈りがトレードマーク、目付きは悪いが気は優しくて力持ち

 その長い手足で1年生ゴールを守る


 2年生


 石川 友 RMF 171cm

 勇人には劣るが、それでもかなりの肉体派

 フィジカルを活かした堅実なプレースタイルをモットーとする

 人見知りでおしゃれが好きな塩顔イケメン

 小学校時代からの姫野のチームメイト


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