第26話 最低な新入部員とKY女コーチ その5

「えーっと……ところでアナタ達……試合をする上でFWに必要なものは何か分かる?」


 突然百合が全員に向けて発信した。



 は?……何を突然……


 いきなり虚を突かれた彼等は、肩透かしを喰らったようになった。



「FWに必要なものよ、分からないの?」


「……あ、あの……スピードですか?」

 もう一度百合が聞くと戸惑いながらも目の前の紘が答えた。


「そう、スピード……それと?」

「え?……それと?……じゃあテクニック……テクニックですか?」


「なるほど、スピード、テクニック、じゃあその次は?」

「え?……えっと……」



「決定力だろ!?」

 矢継ぎ早に畳み掛ける質問の嵐に、息つく暇もない紘だったが、助け船を出すように後方の2年生が野暮ったく答える。


「まぁ、大体そんな所ね、じゃあMFに必要なものって何?」



「キープ力かなぁ……」

「視野じゃね?」

「パスセンスでしょ……やっぱり」

「戦術知識?」

「そりゃ全員必要だろ……」


 次第に百合の問い掛けに殆どの部員達が考え始め、気付けば十人十色、様々な意見を述べるようになっていた。



「うん……良いわね、それじゃDFには何が必要?」


「寄せの速さ……っつーかやっぱりフィジカルかなぁ?」

「あー、それに尽きるかもね……」

「ずっと走りっぱなしだしスタミナも相当いるぜ」


「凄い……沢山挙げられるじゃない、まだまだありそうだけど取り敢えずもう良いわ……

 じゃあキャプテンは?キャプテンに必要なものって何?」



「……え?……キャプテンに?……」



 それまでひっきりなしに動いていた彼等の口が、何故だか急に重たくなった。



「えーと、何だ?……何て言ったら良いか……」

「カリスマ……ちょっと違うか?頼りがい?……」

「テクニックとかは……そうか、別に無くても……」

「……う~ん……中々言葉には……」



「はい、充分よ……今ので分かった?……アナタ達がキャプテンに求めるもの……それは目に見えるものでもないし、言葉にするのも難しいものよ……それぞれのプレイヤーに求められる能力とは違って、はっきりコレだと言えるものではないの……そうでしょ?」



「……」

 一同が黙って百合の言葉に耳を傾ける。



「キャプテンっていうのはピッチで戦っている人間の精神的支柱になるだけじゃない、ベンチで応援する人間も含めチーム全員の魂を背負って戦うの……まだあるわ、去っていった選手達、3年生や卒業生、両親、指導者、サポートしてくれる人々の想いまで紡いでいかなければならない、それ程の重責を持って戦うのよ……」



「!!……やっぱり俺……そんなの……」

 港がつい立ち上がって不安を口に出した。


「駄目よ、それは絶対許さない!!私が決めた事よ……やってもらう……勝ち上がるために!!」


「!!!!」


 そう言うと百合はゆっくり港に近づいていった。


 彼の目の前に立つと、今にも泣き出しそうな情けないその表情を見てクスリと笑った。


「……大丈夫よ、アナタはもう少し自分に自信を持ちなさい、あの点差でも最後までボールに喰らいついてみせたじゃない、それに……私には分かるの、上州学園との試合、最後まで勝利を信じて戦ったのは姫野君……そして勝田君、アナタ達二人だけよ!!」



『!!!!』



 誰も百合に言い返せる者などいなかった。


 試合時間の決められたサッカーでは、点差と残り時間が残酷な程心に重くのし掛かってくる。


 安全圏を遥かに越えたスコアをつけられ、それでも最後まで絶望せず、勝利の為に走れる選手など本来いる筈がないのだ。


 だが、あの日のあの試合、姫野は試合終了間際に上州学園から唯一の得点を奪ってみせた。


 港からのロングフィードのゴールキックが起点となって。


 最後まで全力で走り続けた姫野に、心を折られることなく上州学園の猛攻に果敢に挑み続けた港、まさに2人の執念が挙げた1点だった。



「たとえどれ程の点差があろうとも、最後まで勝利を信じて戦い続けるのはキャプテンとして持つべき最低限の資質

 そして何より、最後にはそれが最強の武器となる

 どんな強烈なシュートよりも恐ろしい武器にね……

 勝田君、アナタには間違いなくそのキャプテンシーが備わっている……

 私が保証する……心配いらないわ」



「……俺に……最強の武器が……」

 百合の言葉を受けた港の表情が、心なしか引き締まっていくように見えた。



 大きな体にノミの心臓、小学生の時からずっと言われ続けてきた……


 デカいからキーパー……

 始まりはそんな理由からだった


 でも、俺にはきっとキーパーが向いている……

 だって俺にはみんなのようにフィールドに出て、誰かと争うなんて出来っこない……


 だって俺は……

 弱いから……


 でも、この人は言ってくれた

 こんな俺にも、武器があるって……

 しかも……強烈なシュートよりも恐ろしい最強の武器があるって……


 ……

 何か俺……



「あ、あの……コーチ……何か俺……」

「何かしら?」


「何か……凄い燃えてきた……」


「……そうこなくっちゃね!!」

 百合は港のその様子に満足気な笑みを浮かべると、今度は姫野の席まで歩み寄っていった。



「何だよ……!?」

 座ったままで姫野が目の前の百合を見上げる。


「コーチに取る態度じゃないわね……まぁ良いわ

 ……姫野君、アナタにキャプテンは相応しくないと言ったけれど少し言葉を選び間違えたわ……

 アナタにはこれから100%以上の力を発揮してもらう必要がある……

 でなければ上州学園に勝つなんて夢物語も良いところよ

 ……私の見立てじゃ本来のアナタのパフォーマンスはまだまだあんなものじゃない

 周囲のフォローばかりで本当の実力を出しきれていない、今のアナタにキャプテンの重荷は背負えない!!」



『!!!!』



「お、おい……実力をって……マジかよ……」

「アイツ……もっとやれるって事か?」

「そういやカバーリングは殆んど姫野だし……」

「元々中盤じゃなかったとは聞いてたけど……」


 チームメイト達の間に静かな動揺が広がっていく。


 彼女の輝かしい経歴については、この場にいる颯太以外の人間全てが知っていた。


 百合の人間性に関してはともかく、サッカーの技術、知識に置いて彼女がここにいる誰よりも優れている事に疑う余地などどこにもない。


 そんな彼女が言ってみせたのだ。


 姫野優


 間違いなくチームのトッププレーヤーとして君臨していた彼のパフォーマンスには、まだ未知の領域があると。



「……」


 コイツ……

 見抜いてたのか……

 元プロの肩書きは伊達じゃねえって事か……


 百合を見る姫野の目付きが明らかに変わっていた。


 不思議な事に、それまであった彼女に対する怒りや不信感みたいなものがうっすらと和らいでいく。


 百合の言葉をいくら掘り下げてみても、そこには少しの嘘もなく、代わりに人の心を焚き付ける何かがあったからだった。



「姫野君……

 アナタはチームの中心にいるべきじゃない……

 今の位置から一列上に上げる

 これからはアナタのワントップで行く!!

 次の試合からはたった1人で最前線に立ちなさい!!

 そうなったらアナタは自分の事だけ、ゴールを奪う事だけを考えるの!!

 仲間を気遣う必要なんてどこにもない!!

 試合中は他の誰よりもエゴイストでいなさい!!

 もし、文句を言う人間がいるのなら……

 アナタのそのプレーで黙らせなさい!!!!

 良いわね!!!!」


「!!!!……あぁ、分かった、それで良い……」


 百合の力強くも説教じみたその文句に、周囲は思わず圧倒されたが、当の姫野は相変わらずの無表情でそう答えた。


 それでも人知れず、姫野の胸には今までとは全く違う、新たな炎が火の粉を巻き散らし、激しくそして熱く燃え上がっていた。



 気に入ったよ……

 田代コーチ……

 しばらく俺の夢に手を貸してもらうぜ……



「他の皆も良いわね!!静和中サッカー部の新キャプテンは勝田君よ!!

 それと……今日はこの後個人面談をします、チームの再編成に関わる事よ、今までのポジションと変わる選手も何名かいるわ……

 楽しみにしといてね!!」



『!!!!』



 ……おい嘘だろ!?

 まだ爆弾持ってんのかよ……


 また来るであろう波乱の予感

 一同がガックリと机の上に項垂れた。


 田代百合新コーチ主導の下、怒濤のミーティングはまだまだ終わらない……




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