第25話 最低な新入部員とKY女コーチ その4

「じゃあ、今までお疲れ様……これからは受験に向けて頑張ってな……」


「ありがとうございます……」


 小林がこれから去っていく3年生一人一人に花束を渡し、その手を固く強く握っていく。



「お前達にしてみたら……サッカーも下手くそだし、頼りない先輩だったろう、でも……3年間ホントに楽しかったよ、今日までありがとう……

 お世話になりました」


 大田原が言い終えると、1,2年生達から一気に盛大な拍手が沸いた。


「じゃ、大田原……

 最後に次の部長兼キャプテンを発表……」

「おじ……いえ、小林先生、ちょっと待って下さい」

「え?何?どうした?」


 止まない拍手が続く中、百合が小林を教室の隅の方に手招きした。



「部長は別に誰がやろうと構わないけれど……

 キャプテンは私が決めるわ」

「お前そんなのいきなり……もう決まってるんだよ、キャプテンは姫野だ!!変えられない!!」

 百合は周囲に声が漏れないよう、皆に背を向けそっと耳打ちしたが、小林は断固としてそれを突っぱねた。


「やっぱりね……私が考えうる最悪の人選よ、叔父さんはちょっと引っ込んでて」

「な……姫野以外なんてみんなが納得しないぞ!!」



「大田原君、ちょっと……」

 百合は額に手を当て深い溜め息をつくと、耳元で最小限に声を荒げる小林を遮るようにして今度は大田原を手招きした。



「……おい、どうなってんだよ?姫野って発表するだけだろ?」

「まさか……違うの?」

「いやいや、俺先生から姫野だって聞いてたし……」

「そりゃ無理だろ、姫野以外に出来ないって……」


 部員達からも二人のやり取りに自ずと注目が集まっていく。



「……」

 そんな中、話題の中心である姫野は、まるで興味が無いかのように、窓から覗く外の景色をただぼんやりと眺めている。



 早いとこ言ってくれよ……

 俺以外にコイツらまとめらんねーだろ……

 時間の無駄じゃねぇか……



 姫野には確固たる自信があった。

 自分以外に新体制となる次のチームを引っ張っていく人間はいないと。


 実際これまでもチームを牽引してきたのは姫野であったし、敗れたとは言え何の実績もない静和中サッカー部が県大会準々決勝まで登り詰めたのは、攻守に渡って活躍した彼のお陰であると言っても過言ではなかった。


 上州学園のセレクションに落ちた。


 その劣等感に駆られた部員達が大半を占めるチーム内、練習時から犇めく独特な空気感は生半可なものではない。


 そんなチームの上に立つ者、それは圧倒的な実力を有する者でなければならない。


 彼等にとって共通の認識であった。


 それはある意味、彼等にもう一度、自分よりも上の存在がいる、そう認めさせる事になる。


 それが許されるのは、


 姫野優


 やはり彼しかいない、

 全ての部員が口を揃えてそう言った。


 そんな背景があるとはつゆ知らず、百合はあくまでもマイペースに自分の考えを推し進めていく。



「良い?大田原君、キャプテンは私の口から発表するわ」

「え?それは……まぁ、構わないですけど……でも、大丈夫なのかなぁ?」


「お、おい……勝手なマネ……」

「叔父さん……言った筈よ、私が引き受けた以上、このチームは私の好きなようにさせてもらうって」

「そりゃあ……まぁ……その……でも……」


「良し、決まりね!!!!」

 百合はやや強引に話をまとめると、奥歯に物を詰まらせたままの小林と大田原に向けて悪戯な笑顔を見せた。



「……まとまったみたいだぜ……」

「どーなんだよ……一体……」

「姫野じゃなかったら……俺ら……」


「じゃあ次のキャプテンね、ゴールキーパーの勝田君、勝田港かつたみなと君にお願いするわ」

 若干混乱気味の部員達が固唾を呑んで見守る中、百合が振り向き様にあっさり言った。



『!!!!』



 百合があまりにもさらっと言ってのけた為、全員の反応がワンテンポ以上ずれてしまった。



「え!?俺!?姫野じゃないの!?何で俺が!?」

 一番驚いていたのは指名された勝田港本人、彼だった。

 そのあまりの衝撃に、両肘を乗せていた机をひっくり返してしまう程だった。


 港はサッカー部一の巨漢だったが、稀にみる小心者でもあった。


 余程ショックが大きかったのか、太い眉は見る見るうちに垂れ下がり、丸く大きい瞳にはキラリと光るものが滲み始めた。



「おいおい!!納得いかないぜ!?何で姫野じゃねーんだよ!!港がどうとかじゃねーけどよ!!」

「いきなりやって来て何言ってんだよ!!!!」

「ちょっとかわいーからって許さねーぞ!!」


 当然の如く部員達が一斉に不満の声をあげた。

 内情を知らない颯太は、訳もわからずぽかんとするばかりだった。



 何で姫野先輩じゃないんだよ……

 まずいって……


 紘が着席したまま上級生の方を振り向くと、何名かが立ち上がり百合に向かって激しく罵声を浴びせている。


 飛び交う怒号につられるように、机や椅子までもが軋みだす。

 まさしく暴動寸前だった。



「だから言ったんだ!!姫野以外無理だって!!彼等だって普段はもう少し大人しいんだぞ!!」


「……みたいね、ちょっと想像以上だったわ」

 小林が頭を抱えながら百合に言ったが、彼女はあっけらかんとそう答えた。



「こっちの事情も知らねーくせによ!!!!」

「でしゃばってんじゃねーよ!!!!」

「ひいいいいい……何で俺がキャプテンなんか……」


 様々な感情が混ぜ合わさった教室の中で、混乱が頂点を極めようとしていたその時だった。



 ドガンッ!!!!



 鉄アレイでも落としたかのように、鈍くて重量感のある音だった。


 不穏な音の発信元に皆の注目が集まった。


 叩きつけた衝撃の余韻を残しつつ、姫野の拳が机に貼り付いたまま僅かに震えている。


「おい!!!!黙れ!!

 黙れ、お前ら……あのねーちゃんが決めた事だ、

 なら黙って従えよ……」


 姫野が放った一言に、そこにいる全員の動きがぴたりと止まり、何事も無かったかのように黙って自分の席へと戻っていく。


 百合も姫野の圧倒的な統率力を目の当たりして、あっと驚いたように目と口を丸くしている。


「……そ、そうよ、姫野君の言う通りよ……従ってもらうわ……それからねーちゃんって呼ぶの止めてね、これからは田代コーチでヨロシク……」


 思わず百合の声が上ずったが、表面上は冷静を装い何とかその体裁を保っていた。



 ……流石ね、ホントに想像以上だわ……

 あー、びっくりした……


 軍隊じゃないんだから……



「……あの田代コーチ、ちょっと良いですか?」

「ええ、良いわよ、何?」

 これまで傍観していた3年生の1人が質問した。


「田代コーチは一昨日の1試合見ただけですよね?それで港がキャプテンに相応しいとか分かるんですか?」

「アナタ達の試合の動画なら夕べ何度も見たわ、港君に関してはね……

 相応しいって言うか、う~ん……直感よ直感、港君なら何となく出来そうって思っただけ」


「……え!?そんな理由で!?」


 百合のその回答に一同が唖然とした。



 これだけの混乱を招いておいて……

 答えがそれか……


 血の気が引いた小林は、ヨロヨロとしながら近くの壁にもたれ掛かった。



「え!?何!?直感って結構大丈夫なのよ!?気に入らないの!?」

「……あ、大丈夫です、ハイ、ハハ…………」

「何よ!!!!絶対納得いってないじゃない!!!!」


 百合は逆に問い詰めたが、質問した3年生も笑って流すしかなかった。



「……やっぱりアンタふざけてんのかよ……」



 姫野が百合に言い放った。

 周囲にいた部員達にも、姫野の感情が再び昂っていくのが伝わる。


 そんな姫野に対し、百合は少しも悪びれず、それどころか柔らかく微笑みかけてすらいた。


 姫野と百合、二人の間には凍てつくような緊張が走っていた。



 元プロ選手かもしれねえが……

 さっきから虚仮にされているとしか思えねえ……



「ふざけてないわ……さっきも言ったけれど港君に関しては私の直感、キャプテンが務まる務まらないは蓋を開けてみないとね……

 納得できないって言うのもまぁ分かるわ……でもね、姫野君、アナタにキャプテンが相応しくないって事は自信を持って断言できる」



「!!!!……何だと!!!?」

 咄嗟に姫野が立ち上がって百合を睨み付けた。


「お、おい姫野……ちょっと落ち着けよ……

 お前が暴れたら誰も止めらんねーぞ……」

「それにしてもあのねーちゃんさっきからホント空気読めねーな……一体どうしたいんだか」


 今にも飛び掛かりそうな姫野を、周りの部員達が何とか押さえつけ椅子に座るよう促す。



「うぅ……百合……頼む、これ以上彼を刺激するのは止めてくれ……」

 小林は壁に寄り添ったまま、最早虫の息だった。


「田代さん、ちょっと言い過ぎですって……空気読んで下さいよ!!そりゃ姫野だって怒りますよ!!」

「空気!?さっきからずっと読んでるわよ!!失礼な!!そんなの女性に一番言っちゃいけないワードじゃない!!!!パワーワードよ!!!!」

 たまらず詰め寄る大田原を逆に一蹴するよう言ってのけた。



 何なんだ?この人……

 さっきから何がしたいんだ?


 紘には目の前の百合の人物像が全くもって掴めなかった。


 ただ最近、それもごく最近、言ってしまえばつい昨日、

 全く同じような気持ちに陥った感覚がある……



 似てる……

 隣の坊主とよく似てる……


 そう思って隣にチラッと目をやると、颯太も何か言いたげに紘を見ていた。


 目があった瞬間紘は思わず目を反らした。

 颯太は紘のその反応には何も言わず、ただ寂しげに背中を丸めている。


 紘は横目でチラッとそんな颯太を覗き見た。

 あれほど大きな体が驚くほど小さくションボリ縮こまっていた。



 うぅ……

 気まずい……

 早いとこ終わってくれ……



「もう、分かったわよ……姫野君、私が軽率だった、ごめんなさいね……謝るわ、これで良いのかしら?」


「ハハ、あの……もう良いです」

 言葉だけをきちんと並べた形ばかりの謝罪に、大田原も呆れて降参するしかなかった。



「チッ……調子狂うんだよ」

 姫野はそう言って百合から視線を外した。



 マジで何なんだよ、この女……

 頭おかしいんじゃねえのか?




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る