第23話 最低な新入部員とKY女コーチ その2

「いやー、通り道なんだからもっと前からこうしておけばよかったな、うん、それにしても素晴らしい朝だ」


 小鳥がさえずる朝の登校時間。


 颯太はようやく思い描いた中学校ライフを送れそうだと、無量の喜びに満ち溢れていた。



「……あのさ、小川君……」

「あ!!稲葉君、俺の事は颯太って呼んでくれよ、俺達もう友達だろ?」

「……じゃあ……颯太……」

「おおっ!!良いねー!!あの、俺もさ……

 稲葉君の事紘って呼んで良いかな?」

「……まぁ……別に……大丈夫です……ハハ」

「ほんと?……じゃあ……紘」

「……はい」

「くうーっ!!キタキター!!これだよ、これ!!」



「ハハハ……」


 ……何だコレ?


「ところで今何の話してたんだっけ?」

「あ、あぁそうだ……その、おが……いや颯太は本当にサッカー部に入るつもりなの?」


「あぁ、もちろんだよ!!アイツとの約束だからな!!」

「でも、大場さん……凄く怒ってたような気がするんだけどそれは大丈夫なの?」


「え?……そうなの?そう言えば帰り一言も喋ってなかったけど……え?……マジで?」

 みるみる颯太の顔が青ざめていく。


「ハァー……君本当に鈍いなぁ、帰りの電車なんて最悪の空気だったってのに……」

「……ハッ……ハハッ……

 ま、まぁ俺が何しようとアイツには関係無いし……関係……ホゲッ!!!!」

「ホゲッ?……何を言って……ウボッ!!!!」


 心臓を抉られたようだった。


 噂の夏海が二人の目の前に突然現れたのだ。


 と言うより、友人達と登校中の夏海と偶然出くわしてしまったのだった。



「……フン!!!!」

 夏海は颯太の顔を見るなり不機嫌な態度を露にし、顔を背けて足早にその場を去ってしまった。


「うわぁ……ど、どーすんの?大場さん滅茶苦茶怒ってんじゃん……」

「……どどど……どど……どーしよう」

 颯太があわてふためいて紘にすがり付いた。


「え!?……うーん、やっぱりサッカーじゃなくて陸上やったら良いんじゃないの?多分……」

「それはダメ!!!!他で!!!!」


「……」


「ほら早く、何か無いの?他に何か……ねぇってば」


 ……マジかコイツ



 夏海は酷く怒っていた。


 極力外側には出さないように努めていたが、怒りの元凶と出くわしてしまったのだから歯止めも何もなかった。


 友人達の話も先程からろくに頭に入らない。

 これまでの人生でこんなに酷い朝は無かった。



 ……何よ、アイツ……


 また陸上やるキッカケになればって……

 そう思って協力してやったってのに……


 よりにもよって……

 サッカーやりますとか……


 あり得ない!!!!



「でもさー、やっぱ夏海も何だかんだ小川君が気になってしょうがないんでしょ?」

「いやいや……ホント止めてよ、気持ち悪い……」

「だったら小川君の好きにさせてあげれば良いのに」

「!!……そ、それは……だって……その」



 ……

 言われてみれば確かにそうだ……

 アイツが何をしようとアタシには関係無い……


 でも……

 正直、走って欲しい……


 アイツには陸上やってて欲しい……

 理由はよく分からないけど……


 ……

 あーもう!!……スッキリしないなぁ……




「おはよー!!みんな!!」

 気力に満ち溢れた挨拶と共に颯太が颯爽と教室に現れた。


 傍らにはもう笑うしかないと開き直った紘が、身長差の大きい颯太とデコボコになりながら肩を組んでいた。


「おはよー、おはよー、おはよー!!」

 颯太は取って付けたような笑顔で、自分の席に着くまで通り掛かる一人一人にきちんと挨拶をしていく。


「おい……あれ……」

「マジかよ……」

 教室中のあちこちで驚きの声が上がった。


 昨日までとは180度違う。

 颯太のあまりの変貌ぶりに、クラス全体がパニックになりかけた。


「お、おい稲葉……どうなってんだよあれ……

 昨日あの後何があったんだよ……」

「ハハ……昨日の事ね、あの後実は……かくかくしかじか……」


 この異様な光景の真相を問いただそうと、紘の周りには男子生徒達の人だかりが出来ていた。



「……マジかよ……じゃあアイツサッカー部に入るのかよ」

「みたいだよ……あと……みんなが思ってる程そんなに狂暴な奴じゃないって事は付け加えてとくよ……一応……」



「……おぉそうか、まぁ何をやるかはお前の自由だからな……ウチは大歓迎だよ、ヨロシクな」

 昼休み、紘と共に職員室を訪れた颯太は、サッカー部顧問である小林久男に入部の意思を告げていた。


「でもお前、早川先生がやきもち焼くぞ……ねえ?」

 小林は向かいの席でお茶を啜っている陸上部顧問である早川に、イタズラっぽく伺いを立てた。


「何だよ小川、ずっと俺がアプローチしてたのに……先生悲しいなぁ」

 早川は大袈裟な溜め息と共にそうぼやくと、目を擦りながら泣く振りをしてみせた。


 今時の若い体育教師にしては珍しく、随分と古くさい時代錯誤なリアクションだった。


「ごめんなさい早川先生、俺にはどうしても倒したいヤツがいるんです!!」

「え?それってサッカーでって事だよね……?

 サッカーで個人を倒す?……ん?」


「そうッス、サッカーでそいつを倒します!!」

「……サッカーで倒す??んん??」


「……」


「……あ、あぁ、そうか……とにかく、お前の足を何にも活かさないってのはホントもったいないからな、まぁサッカーなら活躍できるだろ、頑張れよ!!」

「ウッス!!!!」


「でもウチの奴等もガッカリするな……とくに大場なんて怒っちゃうんじゃないのか……?

 ……何つってな!!ワハハハハハ」


 早川の最後のセリフに颯太は引きつりながらも何とか笑顔を作ってみせた。



「おい稲葉!!今日はミーティングだからな、放課後3年4組に集まるようにみんなに言っといてくれ……紹介したい人もいるからな」


 去り際小林が紘にそう声を掛けた。




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