最低な新入部員とKY女コーチ

第22話 最低な新入部員とKY女コーチ その1

「紘、選ばれし者……伝説の剣ギャラクシーソードをこの世で唯一使いこなす者よ……」


 夏海……いや、プリンセスオーシャンサマーがそう言って玉座からゆっくりと立ち上がり、大層なドレスの裾を引きずりながら片膝を着いた紘の目の前まで歩み寄った。


 紘はオーシャンサマーの放つあまりの神々しさに目が眩み、彼女から視線を外すよう自然とこうべを垂れていた。


「魔王軍の進攻がとうとうこの城の手前の村まで……

 このままではこの国……いえ、全人類が滅んでしまう」


「……覚悟はできております、オーシャンサマー様」


 そう言って紘は立ち上がり、オーシャンサマーの手をギュッと握りしめた。



「紘……どうか無事で……」



 紘はオーシャンサマーの視線を背中に感じつつ、名残惜しむ間もなく玉座の間を後にした。



「開門!!」

 門兵によって重々しい扉が開かれると、刺し溢れる朝日と共に緑豊かで壮大な景色がその目に飛び込んできた。



「勇者紘よ……この旅はきっと長く辛いものになる、おそらく一人では3日と持つまい……そこでお前に二人の従者をつけよう……おい!!」

 そう言って見送り役の大臣が2回ほど手を叩いた。


 カツカツカツ……


 大臣の合図と共に背後から足音が近づいてくる。


 紘が振り向くと、見覚えのある坊主頭と甲冑に身を包んだ外人顔の少年二人がそこに立っていた。



「農民ソータに、狂戦士カイの二人だ」

「大臣様、従者など結構でございます、私一人で……」


 大臣に二人を紹介された紘は、即座にその申し出を断った。


「何を言う!!一人では危険な旅なのだぞ!!」

「そうそう、稲葉君にはやっぱり俺がついてないとな!!」

「魔王軍か……へぇ、楽しみだな」


「……」


「やはり一人で……」


「えーい、聞くのだ!!これはこの国の決定事項なのだ!!守れぬのなら魔王軍討伐などこの私が許さん!!」


「……」


 こうして勇者紘は、不本意ながらもお供二人を連れて魔王軍討伐の旅に出た。



「うおっ!!これがギャラクシーソードか!!」

「なっ!!やめろ!!この罰当たりめ!!」


 道中いきなりソータが紘の背中に収められたギャラクシーソードに手を掛けた。

 紘は急いで身を躱しソータから距離を取った。


「何だよケチンボ!!ちょっとぐらいいーじゃんか!!」

「愚か者め……これは使い手を選ぶ剣なんだ、選ばれし者以外が触れると……」


「触れると何だい?興味深いな」


「!!!!」


 いつの間にかカイがギャラクシーソードを鞘から抜き取り、刃先をじっくり吟味している。


「……ナマクラだな……良いとこグラム20円てところか……」

「返せ!!!!勝手に査定すんな!!!!」


 紘がカイからギャラクシーソードを奪い返して怒鳴った。


「まったく……」

「ハハ、ゴメンゴメン、でも稲葉君刃物なんて持ってたら危ないぜ」

「そうだね、物騒だよ、それに自分だって傷つく可能性もある」


「ならこれなしでどうやって戦えって言うんだよ」

「うーん、それもそうだなぁ……」


 三人は道の真ん中に腰を下ろして話込んだ。



「僕が前に聞いた話だと魔王軍の連中は甘いものにめっぽう目がないって……」

「甘いものって言っても色々あるからなぁ……でもそれでどうするんだよ?」


「分かった!!……毒だ!!それに毒を盛って魔王軍に配給すれば……」

「え?……いやいや、ちょっと待ってくれよ……よくもそんな卑劣な考えが浮かぶね、稲葉君それ本気?」

「そうだぜ稲葉君……君もちょっとは勇者の自覚持ってくれよな、ギャラクシーソードが泣いてるぜ」


「……」


「とにかく……魔王軍の連中は甘いものが大好物なんだ、それに付け加えて奴らの平均年齢がいくつか知ってるかい?」

「いや、分からねぇ……いくつ?」


「……」


「40代半ば……さ」

「マジかよ!!一番生活習慣病リスクの高い層じゃねえか!!

 ……俺何となくカイの作戦が見えてきたかも」


「……」


「やるねソータ、そこまで分かってるならほぼ正解だよ」

「へへ……つまりこういう事だな?

 今手前の村に駐屯している魔王軍に大量の甘いものを差し出す……

 それに目がない奴らは俺達の真意にも気付かずただ欲望の限りに貪り尽くす……

 それが罠だと気付いた時にはもう手遅れ、後は健康診断の結果をお楽しみって寸法、違うかい?」


「……」


「うーん……まぁそれでいいや……

 よし、話もまとまった事だし城に戻ってちょっと甘いものでも食べようか」

「おっ!!良いねえ、よし!!戻ろう!!稲葉君、さっさと帰るよ!!」


「……」



「ところでソータ、さっきからあのナンタラカンタラって剣から何か音が聞こえないか?」

「あぁ、ギリアモスクラッシュね……そう言えば何か聞こえるなぁ……」


「……」


「稲葉君、そのヴァリアンブレイドを僕に少し見せてくれないか?」

「いやいや、先に俺に見せてくれよそのビリゲストセイバーを」


「……」


「……早く渡したまえ、そのブリニックチェンバーを」

「何言ってんだよグリニベルランチャーだろ?」


「違う!!バジリスクスレイヤーだ!!」

「ハハ、何だよそれ、ジリナグルランスだっての!!」


「もういいからそのジリジリジリジリ……」



『ジリジリジリジリジリジリジリジリ……』



 ……!!!!


 ガチャン……

 紘は飛び上がるように起き上がって、枕元に置いてあった目覚ましをいつもより乱暴に止めた。



「ハァ……ハァ……何て夢だ……」



 憂鬱だった。

 変な夢のせいだけではない。

 とにかく紘は昨日の晩から酷く憂鬱だったのだ。


 母親の作った朝食を何となく食べ、登校時間まで上の空でテレビを見る。

 ここまではいつもと変わらぬ朝だった。



 ただ一つ昨日と変わった事と言えば……



「いーなーばーくーん!!学校行こうー!!」



 ……コイツ本当に来た


 玄関前でニコニコ顔の颯太を見た瞬間、紘の表情が露骨に強張った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る