第17話 スピードスター 前編 その4
「ったくよ……ビショビショじゃねーか……」
「あたしもスカートが……うぅ……気色悪い」
「ホントにごめんなさい……」
公園の水道で泥を落としながら、颯太と夏海は不満をタラタラとこぼした。
海は紘と共に備え付けのベンチに腰を下ろし、一人頭を抱えている。
「でもまぁ……怪我が無くて良かったよ……所で勝負はどうなったの?」
紘が当然のように聞いてきた。
「あぁ……それは……もちろん僕の反則負け……」
「ダメッ!!あんなの勝負だったなんて認めない!!!!もう一度日を改めて俺と勝負して下さい!!!!」
「それは……まぁそうよね……」
「小川君の気が済むなら僕はそれで……それで許してもらえる?」
「ああ、もちろんだ!!男と男の勝負なんだ……血が登ってカッとなる時だってあるよ!!」
「……カッとなって田んぼにねぇ……」
颯太が笑顔で答えると紘がボソッと呟いた。
「でも島崎君はやっぱり凄いよ……あのフォームであそこまで速いなんて……」
夏海が持っていたタオルで頭を拭きながら言った。
「フォームか……やっぱり陸上やってる人から見ると変だよね?」
「陸上やってなくても変だよ、普通は段々上体が起き上がるんだぜ……
あのフォームであんなに速いなんてあり得ない……」
「そう……島崎君のフォームってずっと頭が下がってる……前傾姿勢気味なんだよね、スタートからずっと同じ……でも……それで日本一になれたんだからやっぱり凄いよ!!」
「ハハ……それって誉めらてるのかな?でも……二人にそう言われると何だか凄く嬉しいな……」
すっかり落ち込んでいた海にようやく笑顔が戻った。
「でもさ、島崎君今日は本気じゃなかったんだよね?」
紘の何気ない一言だった。
その一言に、その場にいた全員が固まった。
「……おいおい……本気じゃないってそりゃあないだろハハハ……何を根拠にそんな事言うんだい?」
颯太が引きつりながらも、何とか強引に笑い飛ばした。
「いや、本気だったよ……調子だって悪くないし……もちろん手だって抜いてないよ……」
「そら見ろ!!!!君は何だってそんな事言うんだよ!!!!」
「うーん……そうかなぁ??」
海は穏やかに否定したが、紘にはそれがどうにも納得が出来なかった。
どこかしらわだかまりの残ったままの彼らを煽るように、無関係で身勝手なカエル達の鳴き声がそこら一帯に延々と鳴り響いていた。
「じゃあまたねー!!今度合コン誘うからー!!」
「うん、またー」
ファミレスの駐車場、百合は車の中から友人達に手を振った。
「ハァー、合コンか……苦手だな……」
運転席で一人、ついこぼしてしまった。
あ、そうだ……
百合は思い出したようにスマホを取り出すと、もう一度海の動画を検索しだした。
映し出されたのは、小学生時代の海がドリブルをしながら一気に左サイドを駆け上がっていく映像だった。
喰らい付いてくるDFをその圧倒的なスピードで引き離していく。
こんなに浅い位置から仕掛けるのね……それにしても本当に凄いスピード……
「……」
確かに速い……
でもどこか変な感じがする……
何だろう……
見落としちゃいけない何かがあるような……
ほんの少し観るだけのつもりだった。
だが、偶然選んで観たその映像にどうにも拭えない違和感を感じてしまった。
消化不良のように何かがずっと胸につかえている。
先程から一刻も早くそのつかえを取ってしまいたいという欲求が止まらない。
同時にプロサッカー選手にまで登り詰めた百合の直感が彼女自信に告げていた。
島崎海……
彼のプレーは私の知るサッカーとはどこか違う……
何かが……
次に百合は U12 島崎海 スーパープレイ そう銘打った別の動画を観始めた。
ほんと個性的な走り方……
これでよくあんなスピードが……
「!?……え!?」
突然やって来たあるシーンに百合は思わずその目を奪われた。
それは明らかに目測を誤ったスルーパスだった。
ボールはDFとDFの間を綺麗に両断し、左サイド側へと鋭く突き抜けていった。
だが、受け手との間に存在するその距離は誰の目にもそれが絶望的だと一目で分かる程のものだった。
おそらくこのまま誰にも触れる事なくボールはラインを割るだろう。
相手DFもそのまま見送るようなボールだったが、ただ一人そのパスに反応する者がいた。
受け手である海だった。
絶望的だと思われたボールとの距離をあっという間に埋める程のスピードだった。
パスミスだと思われたそれは海からすれば最高のパスだったのだ。
圧巻なのはボールを受けてからだった。
完全にフリーな状態でボールを持った海は、そのスピードを緩めるどころか更に加速させながらゴールへと向かって行く。
誰の手にも届かない領域に入った海は、ためらう事無くそのまま鮮やかにゴールを奪い去っていった。
その一連の流れが、全て一瞬の出来事のようだった。
ちょっとこれ……嘘でしょ!?
ボールを持った瞬間……
間違いなくギアが一つ上がってる……
そんなバカな……
こんな事……あり得ない……
あまりの衝撃に思わず背筋が震える程だった。
それから何度も何度もそのシーンだけを見返した。
繰り返し繰り返し、それこそ目を閉じても瞼の裏に映像が焼き付いて残る程。
駐車場に車を停めたまま、かれこれ30分近くは経っていただろうか。
百合はスマホを助手席に置き、シートベルトを締めると、ようやくハンドルに手を掛けた。
「やっぱり……この子……」
そう言って百合は何かを悟ったような表情で助手席のスマホに目をやった。
暗闇の中で煌々とした輝きを放つその液晶画面には、満面の笑みで仲間達と抱き合う海の姿が映し出されていた。
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