第16話 スピードスター 前編 その3

「ヨーーーーイ……」


 颯太の目がカッと大きく見開いた。


 俺が勝つ!!!!


「ドン!!!!」

 紘の合図と同時に二人が弾丸のように飛び出した。


 颯太のスタートはこれ以上ないくらいに素晴らしいものだった。

 だが、それは海もまったく同じだった。


 田んぼばかりが広がる真っ直ぐな田舎道を、二人の少年が全力で駆け抜けていく。


 差が出始めたのはスタートしてすぐの事だった。


 始まった!!

 やっぱり初速が凄く速い……

 走り方は独特だけど……


 夏海が僅かに先行する海を見て思った。


 コイツ……

 やっぱスゲェ……


 目の前で風を切る海の背中に、颯太は改めてその凄さを感じた。


 大地を力強く蹴り上げる音が二人の加速を更に速める。


「速ッ……」

 紘はあっという間に遠ざかっていく二人に口が開きっぱなしになった。


 シマザキカイ……

 スゲェ……

 ホントにスゲェ……


 けど……

 俺の勝ちだ!!!!


 中盤に差し掛かり颯太のギアが一つまた一つと上がり、グングン加速していく。

 一方の海はスタートこそ素晴らしかったものの、颯太に比べると明らかに伸びが少なかった。


 100m走小学生日本一、海の才能は間違いなくトップクラスだったが、短距離走の本格的なトレーニングをした事など無いに等しい。

 才能だけで勝ち取ったタイトルだった。


 一方、同じ位の才能に溢れ、純粋に走りだけを極めるトレーニングをしてきた颯太……

 二人のこの差が徐々に現れてきた。


 捉えた!!!!


 あの日届かなかった背中が颯太のすぐ目の前に迫ってきた。


 颯太……

 勝てる、勝てるよ……


 夏海の目にも既に勝敗が見えていた。


 残り20m程だろうか、加速し続ける颯太が遂に海と並んだ。

 いや……並ぼうとしていた時だった。


 嘘だろ……

 コイツ……

 速すぎる……


 抜かれる……

 僕が敗ける……

 こんな奴に……


 こんな奴に!!!!



 シマザキカイ……

 悪いな……


 俺の勝ちだ!!!!


 颯太の足先が海に差し掛かった時にそれは起こった。

 まさに颯太が海を抜きに掛かろうとした瞬間だった。


 ん!?


 颯太の視界に映つる夏海の姿が急に斜めになった。


 ……アレ?何で?


 どうやら斜めなのは夏海ではなく自分の視界だった。

 それに斜めなのは視界だけではないらしい。

 手が、足が、頭が、体全体が斜めになっている。


 前だけを見続ける颯太の肩越しに、いきなり何か重いものがぶつかり、そこから一気に体制を崩したのだ。


 颯太はその勢いのまま道路から飛び出すと、水を張った田んぼに頭から突っ込み、そのまま田んぼの中をゴロゴロと転がっていった。


「嘘でしょ……!!!?」

 夏海は目の前で起きたあまりの光景に白目を向いて固まった。


「ゲッ……な、何やってんの!!!?」

 スタート地点にいた紘も夏海と同じ心境だった。


 海はその場に立ち尽くし、田んぼの中で仰向けになってピクリとも動かない颯汰を睨み付けていた。


 海の左肩には骨の芯までじんわり響く痺れがあった。

 颯太を弾き飛ばした時のその衝撃がまだ残っていたのだ。


「颯太!!!!」

 夏海がためらう事なく田んぼに入って颯太に駆け寄った。


「大丈夫!?怪我は!?」

 夏海はぬかるみの中腰を下ろすと、泥にまみれた颯太を抱え上げその大きな体を激しく揺さぶった。


「う……一体何がどうなって……」

「良かった……」

 すぐに目を開けた颯太を見て、夏海はホッと胸を撫で下ろした。


「痛てて……転がった先が田んぼで良かったぜ……ついてた」

「ほんとそうだね……やだ、颯太顔凄い汚いよ……

 顔って言うか……全部」

「……何だよ、自分だって泥まみれじゃんか……」

「あたしは……アンタが倒れたまんまだったから心配して来てやったんでしょ」

「別に俺は助けてなんて頼んで……」


 ゲコ……ゲコ……


 颯太の頭に雨蛙が飛び乗った。


「颯太……頭にカエル乗ってる……気持ち悪ッ」

「えっ!?マジか!?うおっ!?気持ち悪い!!とってくれ!!」

「嫌だよ!!あたしだって触れないんだから!!」

「ひゃー!!!!助けてー!!!!」

「ちょっとやだ!!こっち来ないでよ!!!!」

 田んぼの中でカエルを頭に乗せたまま、颯太が夏海を追い回す。


「うひゃー!!!!とってくれよおおおー!!!!」

「来ないでー!!!!」


「あ……あの……大丈夫?」

 追いかけっこに夢中な二人に、海が恐る恐る声を掛けた。


「うおおおおっ!!!!シマザキ君頼むよ!!!!カエルとってカエル!!!!」

「……え!?……あぁ……良かった、大丈夫そうだね」

 海が手を近づけるとピョコンと跳び跳ね、カエルはあっさり逃げていった。


「……はい、とったよ」

「いやぁ、ありがとう……ほんと昔からカエルが苦手でさ…………」

「……あ……あぁ、そうなんだね」

「助かったよ……」

「い、いや……ハハハ」


「ホントよ、ホント……ビビリ過ぎなのよ、カエルくらいで慌てちゃってさ……プッ」

 夏海が吹き出したのを皮切りに、三人は何とも爽やかに笑いあった。


「島崎君一体何してんだよ!!!!酷いじゃんか!!!!小川君体は大丈夫なの!?怪我は!?」

 ようやく紘が駆けつけると、すっかり和んでいた海を指差し糾弾した。


「……」


「ってうおおおおおおおおおおおおおおおおい!!!!何すんだ!!!!シマザキカイ!!!!」

「ホントよ!!!!ホント!!!!正気なの!!!?」


「うぅ……ホントにごめんなさい」

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