第13話 上州学園へ行こう その4
「あー笑った、笑った……まぁそうだな、そんなに海に会いたいなら……お前らの2年の姫野って奴に海の連絡先教えとくよ……それで良いか?えーっと……小川だっけ?そしたら次は簡単に会えるんじゃないの?」
「はい!!小川颯太ッス!!2年のヒメノ君ッスね?アリガトウッス!!」
斎藤は目尻に溜まった涙を拭いながら颯太に言った。
「えっ!!!?姫野先輩に……!?」
姫野の名を聞いた瞬間、紘の背筋がピンと伸びた。
「よし!!ソータ、今日の所はこれでいいな?用事も済んだならもう俺らは練習に戻るから……お前らも気を付けて帰れよ……じゃあな!!」
「ウッス!!ありがとうございましたっ!!」
「うっ……姫野先輩に連絡が……ヤバい……」
「!?稲葉君、顔色が……大丈夫!?」
斎藤のその計らいに反応は三者三様だった。
笑顔で手を振って見送る斉藤と、その横でムスッとした表情で腕を組んだままの権田に一礼し、三人はようやく帰路についた。
「斎藤……島崎の事なんだが……」
「あ、忘れてた……ハハ……」
「多分お前の思ってる通りだよ……俺はアイツに嫉妬してたんだ……入部早々レギュラーなんて……きっと総監督の息子だからとか……最初はくだらない理由だったよ」
権田が遠ざかって行く三人の行方を見つめながら言った。
「でも……アイツの実力は本物だったでしょ!?」
「あぁ、間違いねえ……本物だ……去年お前を初めて見た時も思ったけどな」
「ハハ、そりゃどうも……で、その実力に嫉妬して海にネチネチ言っちゃったわけだ」
「まぁ……そうかも知れねえ……」
「で、何て言ったんスか?」
「……俺はな……俺は……」
「……俺は?」
言葉に詰まっている権田を誘導するように斎藤が言った。
返事によっちゃあ……先輩……
斎藤は再び沸き上がった権田に対する沸々とした想いを何とか必死に押さえ付けていた。
「……俺はアイツに
『本気で勝負出来ない奴がウチのユニフォームを着るな』って言ったんだよ……」
「えっ!?どういう……」
斎藤は権田のその言葉に耳を疑った。
えっ!?
何だそれ!?
……!?
「……大会前にやった紅白戦……あの時、アイツはあからさまに手を抜いてやがった……ここ最近の数試合を見て分かったよ……アイツはあの時……マッチアップした俺に花を持たせようとしてたんだってな」
「それは……」
「ま、それでも俺は最後の大会メンバーには選ばれなかった……それは良い、俺は全力を出してその結果だったからな……けどアイツのやった事は許せねえ……真剣勝負で手を抜くなんて……入ったばかりの一年に情を掛けられるなんて……そんな屈辱あるか!?」
「……」
権田に大した言葉も掛けられず、斎藤はただ呆然とするだけだった。
俺は……
「入部する前、島崎監督に言われたよ……『三年間1度も公式戦に出れない可能性もある、覚悟は出来てるか?』って……それがこんなに辛いとは思わなかったけどな……それでも俺はここでサッカーがしたかった……俺だけじゃねえ、ここにいる奴らはみんなその覚悟があってここでサッカーする事を選んでる……でもアイツがした事は……俺が今までずっと耐えてきたことを台無しにしやがった……それが俺の誇りだったってのに……俺にはそれがどうしても許せなくて……」
斎藤は暫く権田の顔を見る事が出来なかった。
権田は肩を震わせて、込み上げてくる物を必死に堪えていた。
だがどうやらそれも限界だったようだ。
俺は馬鹿だ……
それも
救いようもないくらいの大馬鹿だ……
ウチに……
俺が考えてたようなつまらない奴がいるわけねぇ……
ずっと一緒にやってきたってのによ……
こんなにサッカーが好きな人なのに……
それなのに……
「……結局俺は監督の言った通りとうとう三年間1度も公式戦のピッチに立てなかった……泣くなら絶対試合でって決めてたんだけどな……
クソ、それも出来なかったぜ」
「権田先輩……あの、すいませんでした!!!!俺……ほんと……」
「やめろ、やめろ!!お前に謝られるなんて気持ち悪い!!まったくよ、紘の奴といい……今日はほんとよく謝られる日だ……」
頭を下げる斉藤に、涙を拭いながら権田が言った。
「……そうッスね、俺が謝ったら気持ち悪いッスね、ハハ……じゃ、今の無しで!!」
「ハッ、ホントお前は掴み所がねーな……人の弁当勝手に食うしよ……」
「ハハハ、流石に先輩の弁当は食べませんけどね……よし、じゃあお互いにスッキリした所で練習に戻りますか!!」
「あぁ、そうだな……なぁ斎藤、一つ良いか?」
「?……何スか?」
憑き物が落ちたようなスッキリとした表情で権田が切り出した。
「……俺はここの高等部には行かねえ、他の高校に行く事にしたんだ……」
「!!!!……そうなんスね」
「まだどこの高校かは決めてねぇがな、でもサッカーは絶対に辞めねぇ、そこで這い上がるつもりだ……
その時、そこの仲間達に自慢させてくれ!!
俺は……
全国制覇した連中と一緒にサッカーしてたんだって
最強サッカー上州学園の一員だったってな!!!!
二度は言わねぇぞ!!!!わかったか!!!?」
「!!!!」
斎藤の内側に押さえられない程の衝動が走った。
「……上等だよ……先輩、
自慢しすぎてその仲間に嫌われんじゃねーぞ!!!!」
その年の夏、上州学園中学サッカー部は創部以来初の全国制覇を成し遂げることになる。
「結局島崎君には会えずじまいだったね……でも連絡先は教えてもらえるんだし、まったくの無駄じゃなかったのかな……」
「うぅ……姫野先輩……恐ろしい……」
帰りの駅に向かう道中だった。
紘は姫野の名前を聞いてからずっとこの調子だった。
夏海が何度か気に掛けたが、「……大丈夫」の一点張りでそれ以上は何も語らなかった。
もう夜の7時に差し掛かろうかという時間だったが、七月の初旬である。
日は落ち掛かっていたものの、辺りはまだ大分明るいままだった。
「うぅ……かゆい、かゆいよおおおおおお」
「だから虫除けスプレーしろって言ったのに……ほんと馬鹿ね」
「かゆかゆかゆ……あああっ!!かゆーーーーい!!」
颯太はというと、斎藤達と別れてからずっと虫刺されに苦しんでいた。
「まったく!!さっきからろくに会話出来てないじゃない!!何なの二人とも!!あたしに退屈で死ねってこと!?」
「!!い、いやそういうわけじゃ……ないんだけど……ハァ……」
突然怒りだした夏海を紘がなだめた。
それでもすぐにまた紘は、深い溜め息と共に脱け殻のようになって憂鬱な表情を浮かべるのだった。
「もう……」
夏海は呆れ果てて、いっそ二人は放っておいて一人で早足で駅まで歩こうという結論に達した。
駅までの道のりには田畑が広がり、それに隣接する民家や住宅がたまにポツリとあるだけだった。
他にめぼしいものなど特に無く、のんびりとした景色がただただ続いていた。
駅までホント何も無い……
コンビニも……
不便極まりないって感じだわ……
「!?」
夏海がふと足を留めた。
行きにも見かけた、公園に差し掛かったところだった。
遊具と言えば砂場と滑り台くらいしかない、小さな公園だった。
「いてっ!!」
ろくに前も見ずに歩いていた颯太が、その場に留まっている夏海にぶつかった。
「おい、何してんだよ!?」
「ねぇ颯太、アレ……」
夏海が公園の中を指差した。
「……昨日のアイツだ、間違いない……スゲェ」
続けざまに紘がそう言って、一点を食い入るように見つめていた。
そのたいして広くもない公園には一人の少年がいた。
ネイビーのポロシャツにグレーのパンツ、上州学園の生徒だった。
少年はそれが心の底から楽しいのか、笑顔を絶やさぬまま全身を器用に使ってリフティングをしていた。
少年が戯れるボールは、まるで意思をもった生き物のように彼の体の上で何の制約も受けず自由に躍動している。
「うわ、凄ッ……」
夏海の口から自然とこぼれた。
夕焼けのコントラストを背景に、彼が魅せるリフティングはどこか幻想的で、見るものの心を捉えて離さない不思議な魅力に溢れていた。
夏海は、これ程までに美しい情景を目の当たりにして、何の感動も覚えない人間などこの世に存在しないのではないかとすら思った。
ただ一人を除いては。
「シマザキカイ!!!!」
ボールの弾かれる音だけが耳を打つ、そんな静寂さを突然切り裂くような大声で颯太が叫んだ。
颯太の叫び声に驚き、少年が思わずその動きを止めた。
それまで自由に宙を跳ね回っていたボールは、糸が切れたように何の感情も無く地面へと落下すると、何度かバウンドして颯太の足下に転がって行った。
「……君は」
少年はボールが転がり着いた先の颯太の顔を見て言った。
小川颯太、島崎海
およそ一年振りの再会だった。
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