鬼の一族

 俺が「スキル ファタリテート」を使って意識体だけの存在となり、停止した白黒世界を進んで館の中で見たもの……それは。


「こいつは……確か。……倭の国の」


 外で感じ取った気配の不自然さ通り、それは人の発するものじゃあなかった。

 俺の記憶が正しければそれは、この国ではまず生息していない……だったんだ。


 オーグルよりも更に一回り大きな巨体。その身体は、屈強な筋肉で形成されている。

 ただ、オーグルの様に半裸と言う訳じゃあ無い。確りと衣服を纏い、その上から防具を身に着けていた。

 しかもその服や防備は、この国で見掛けるもんじゃあない。それはどちらかと言えば、今カミーラが装備している倭甲冑に酷似している。

 手にしている武器はこん棒……いや、金棒か? 巨大な金棒を装備しているなんて、どんだけの怪力なんだよ。

 さらに口から突き出た牙。頭からは1本角が伸びている! これは……恐らく……。


「こいつは……倭の国に住んでるっていう“鬼族”じゃあないのか?」


 俺は以前の記憶を頼りに、その個体名を思い出していた。


 俺は前世で、倭の国へと赴いている。

 だから、この「鬼族」の話も聞いた事はあった。でも、実際に見るのはこれが初めてだけどな。

 鬼族はその狂暴な外見からは考えられない程、知能が高く理知的だと言う。そして……人族とは対立関係にあるって事だったんだ。

 人を襲って食う……なんて事はないんだが、どうやら長年敵対しており、今ではその理由も明確に伝わっていないって聞いたっけ。

 とにかく相容れない存在と言われており……厄介な種族である事には変わり無い。


「……でも、何でこいつがこの国に来ているんだ?」


 鬼族は、倭の国で人族と争っている。個体数が人族よりも多くない鬼族に、他国へ一族を派遣する余裕なんて無かった筈だ。

 そんな鬼族がわざわざこちらの国へ来る理由なんて……見当がつかない。


「とにかく……こいつの『宿命』を覗いてみるか」


 ここに来るまでに、随分と時間を浪費しちまった。、ゆっくりと進んで来たから仕方がないんだけどな。


 俺の能力「ファタリテート」は、魔物や人外にも使用可能らしい。

 そりゃあこの世界に存在していれば、それが人だろうと魔物だろうが、物にだってその「宿命」やら「運命」が定められているんだからな。鬼族にだって、「ファタリテート」は通用するだろう。

 問題は……その思考と言語の違いがどう影響するか……だったんだが。

 目の前の「鬼族」に向けて、俺は意識を集中した。……すると。


 ―――表層障壁「Clear」。


 ―――深層障壁「Impossible」。


 ―――心理プロテクト「Disapproval」。


 ―――開錠……条件許可。


 例の文字が出て来たんだが……さらに意味が分からなくなっていた。

 しかも、「条件許可」の部分が赤く点滅している。これは……見れるのか? 見れないのか?

 でも、もう悩んでる時間なんて残されていない。


「……むん!」


 俺は意を決して、「条件許可」に意識を集中した! そして、そこで広がった映像は!


「な……何だ、こりゃ!?」


 それは赤い……赤い世界だ! っていうよりも、赤く塗り潰されている映像しか写っていない。これじゃあ、どんな「宿命」なんだか分りゃあしない!

 でもこの赤……。

 こいつから出た映像が赤く染まってるんじゃなくて……こりゃあ、液体……血か?

 つまりは、こいつの目には血に染まっている世界が映ってるって事なのか!?

 それとも、こいつが血塗れになるっていう暗示なのだろうか?


「うわっ!」


 そんな事を考えていたら急激に視界が変遷して、何かに引っ張られる感覚に襲われたんだ!

 これは……俺の意識体が、身体に引っ張られているのか?

 そして程なくして……時間は動き出す。


「……これは……もしかして鬼族か?」


 元の身体に戻った俺は、さもたった今感じ取った気配から導き出した答えだという風に呟いた。まさか、見て来ましたなんて言える訳ないからなぁ。


「鬼族……だと? そなたは、鬼族を知っているのか!? いや、それよりも……」


 俺が「鬼族」と言う言葉を口にした事で、カミーラの顔付きが一気に変わった。

 俺の台詞に付いて問い質そうとした彼女だったが、それよりももっと重要な何かに気付いたみたいで、神妙な顔付きとなり誰に言うでもなく考え込み始めたんだ。

 その表情は怖れ慄き戦慄していると言うよりも、何かを思案している風に見える。

 ……なんだ? 何が引っ掛かってるんだ?

 確かに敵の強さについて考える必要があるだろうけど、この顔はそういった感じじゃあないな。


「カミーラ、鬼族だと何か問題でもあるの?」


 同じ様な印象を受けたのか、マリーシェは不思議そうにカミーラへ問い質していた。サリシュもまた、マリーシェと同じ感想なのだろう。


「……うむ。私の来た東国……倭の国では、鬼族と人族が対立して来た……


 その質問に、カミーラは言葉を選ぶ様にして話し出した。

 しかし……「これまで」? 「……のだが」だって?

 前の人生で今から十数年後、俺が倭の国へ訪れた際に聞いた説明とは何やら状況が違っているんだが……。


「ここ最近では、鬼族の一部の者達と実験的に交流が持たれているのだ。まだ試行錯誤している段階なのだが……」


 な……なんだって!? いつのまにそんな展開になってたんだ!?

 ……じゃなくて。

 よくよく考えればその話は、今俺のいる世界で進行している、俺が知らなかった歴史という事かも知れない。もしくは……単に俺の知らない事実だったという事か?

 前にも結論付けた通り、この世界は。……の筈だ。

 それなら、カミーラたちの一族と鬼族がいがみ合うだけじゃあなく和睦を考えていたとしても……そんな世界があってもそれはそれでおかしくはないか。


「……へぇ。……鬼族とは、話が通じるん?」


 実は異種族間との交流は珍しい話じゃあない。問題は……意思の疎通が可能かどうかという事だ。

 そこで最も障害となるのは……言葉の壁と文化の違いだろうな。

 サリシュの言う「話が通じる」っていうのは、共存出来る様な考え方や生活様式なのかと言う意味が含まれているんだが。


「基本的には、言葉の通じない者達が殆どだ。だが、には私たちの言葉と鬼族の言葉に精通する者がいる。その者らを介して、話し合いは行われているのだ」


 一部の者達……かぁ。

 長い闘いの歴史とは言え、2つの種族が接触を続けると必ずが現れるよなぁ。……いや、と言うべきか。

 つまりは……“混血”と言うやつだ。

 そして、その混血を作ったきっかけとなった者達もまた、両種族の和平を求める様になる。

 つまり、それぞれの種族の中で、既存種と新興種が対立するってこったな。

 そして、敵の敵は味方……なんて図式も考えられなくはないか。

 今倭の国では、敵味方だけではないどうにも微妙なバランスが保たれていると言って良いんだろうなぁ。


「そして噂では、鬼族の強硬派は『魔神族』と繋がり、その力を授かろうとしているとの話が……はっ!」


 そこまで口にして、カミーラはハッとして俺の方に目を向けたんだが。

 ……いや、そんな目で見られても、もう時すでに遅しだよ。


「……カミーラ。……『魔神族』って……何なん? ……もしかして」


「もしかして、あの黒い奴が『魔神族』ってやつなの?」


 考えるまでも無く、サリシュとマリーシェがカミーラの口にした「魔神族」と言う言葉に反応して問い返して来た。

 まだ「魔神族」について、この2人には説明していなかった……筈だ。

 それを考えれば、彼女達がそれについて疑問に思うのも、その疑惑の眼差しをカミーラと俺に向けるのも当然だ。

 あかん……2人とも、完全に俺の方も疑ってやがるな。

 その視線が物語る。


 ……あなたも、その事を知っていたんでしょう? ……アレク?


 ……ってな。

 いや、確かに知っていた訳だし、説明していなかった事は不味かったとは思うんだけどな。それには色々と理由なり手順があってだな……。

 ただこのままここで、一からマリーシェたちに説明していては時間が掛り過ぎる。彼女達には申し訳ないが、ここは先に話を進める事を優先した。


「それじゃあ、中にいる鬼族はその『魔神族』の手の者……または手下って事が考えられるのか? そいつらの目的と言えば……」


 もはや「魔神族」と言う言葉を隠しても仕方がない。問題なのは、中の鬼族が何を目的にしているかと言う事だからな。

 俺は暗に、鬼族の目的はカミーラを連れ去りに来たのかと言う事を彼女へ向けて問い掛けた。でもカミーラからは明確な答えは無く、ただ首を横に振って分からない旨を伝えて来ただけだったんだ。

 今のカミーラに理由の見当がつかなければ、ここで時間を潰している暇なんて無い。それこそ対面して、奴の目的をハッキリさせるしか無いからな。


「ね……ねぇ、アレク。その『魔神族』ってのは、この間戦った……」


 俺が説明をせず、カミーラと話し込んだ事で蚊帳の外に置かれた気分となったんだろう、マリーシェが痺れを切らせて会話に割り込んできた。

 そんなマリーシェとサリシュに向けて、俺は何の説明もせずにただ頷いて見せたんだ。それは、彼女たちの考えが間違っていないと言う意味を含んでいる。

 それを汲み取ったのか、2人とも声を詰まらせて絶句してしまっていた。

 本当ならば、ここでしっかりと説明してやるのが本当だろうな。なんせ俺たちは、その「魔神族」のせいで死にそうな目にあったんだから。

 でも残念ながら、そんな悠長な時間なんて本当に残されていない。


「話は後だ。さっきも言った通り、もう時間がない。出来るなら、すぐにでも突入する必要があるからな」


 だから俺は、強制的にこの話を打ち切り話題を切り替えた。時間を掛ければ、本当に中の鬼族は新しい「式鬼」を呼び出しちまう。


「それでカミーラ。その鬼族なんだが……敵として見るべきなのか? それとも、友好的に接してみるのか?」


 そして俺はカミーラに、その二択を迫ったんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る