禁薬
「鬼族」と言うのは、この場において敵なのか? それとも友好的な存在なのか?
俺がカミーラに問い掛けたのは、この二択だった。
敵ならば倒す。当然の話だな。
すでに俺たちは、この場にいた「式鬼」を倒している。敵対行動を取っているんだから、中の「鬼族」にとっても俺たちは敵って事になるだろう。
もしも友好的な相手なら、戦う必要は無い。
倒してしまった「式鬼」については丁寧に謝罪して、この場を何とか収める事に尽力した方が良いだろうなぁ。……許してくれるかどうか知らんけど。
「……分からない」
そして彼女から返って来た答は、当然の事ながら……これだった。
まぁ、そりゃそうだろうな。
「鬼族」の全てが1つの意見で統一されていないって言うんだから、中の「鬼族」がどっちかなんて、それこそ会話してみないと分からない話だ。
「……それやったら、やる事は1つやなぁ」
カミーラの答えを聞いて、サリシュが結論を出した。
「そうよね。とにかく中に入って、その『鬼族』ってのと話してみないとね」
そして、その提案にマリーシェも賛同する。
もっとも、俺たちは最初から中に入る事を考えていた訳だ。どちらの結果が出ていたとしても、館内に入るしかなかったんだけどな。
「それじゃあ、中に入るぞ。……その前に」
俺に続いて、その場の全員が立ち上がった。すでに抜刀しているマリーシェとカミーラは、戦闘を前提とした警戒感を露わとしている。
そんな逸る気持ちに待ったをかけるみたいに、俺は彼女たちに話し掛けた。
3人の視線が、俺の方へと向く。
「……まずは、これを渡しておく。中の『鬼族』が敵だと判明したら、すぐに口にしろ」
そして俺は、例の「実」を彼女たちに手渡した。
それは「ボデルの実」「ドゥロの実」「ベロシダの実」「マジアの実」「エチソの実」で、攻撃力や防御力、素早さに魔法攻撃力と魔法浸透力を底上げしてくれるアイテムだ。
でも、今回渡したのはいつもの「実」じゃあない。
「……あれ? これって、さっき貰った『実』の色と、ちょっと違うんじゃない?」
それに気付いたマリーシェが、不思議そうに実を眺めながら疑問を口にした。
「それは、いつも渡している『実』の
俺は、もったいぶるような事なんてせずにその効力を説明した。ここまで来れば、話を引き延ばすだけ時間の無駄だからな。
「……それって、めっちゃ高価なんちゃうん?」
「……アレク。……そなたは……一体」
でも、3人は余計に混乱したみたいだった。
まぁ確かに、各種の「実」自体が俺たちのレベルではそう簡単に手に入れる事も、簡単に使う事も出来ないだろう。そんな「実」の希少種ともなれば、それこそお目に掛るのがどれだけ先になるのか知れたもんじゃない。
もしも手に入れたとしても、普通は「とっておき」として大事にしまっておき、結局使わずに終わってしまうケースが多々あるだろうから、使う事を前提に手渡されるなんて本当に希少な経験だろうなぁ。
「そんな事は、今はどうでも良い。それと……念の為にこれを渡しておく」
でも今は、そんな些事に拘っている場合じゃあない。俺はこれから、もっと珍しくかなり危険なアイテムを彼女達に渡そうと思ってるんだからな。
俺はマリーシェとカミーラに青と赤の錠剤を。サリシュには黒い錠剤を差し出した。先ほどにも増して、彼女達の顔に困惑が浮かび上がる。
「何……これ? ……小豆?」
「……これは、『リヒト小薬』『マチス小薬』『エルガ小薬』と言う……飲み薬だ」
不思議そうに小薬を眺めるマリーシェの質問に、俺はその答えを3人へと向けて話した。その返答に、彼女達の顔はますます混乱の度合いを高めて行く。
これは……俺たちのレベルを考えれば、ハッキリ言って使いたくないアイテムだ。何せこれは、俺たちが“最善”を尽くす為の薬じゃあなく。
「……いいか。これは、死力を尽くす為の薬だ。意味は……分かるな?」
そう……。これは、命を賭して戦う場合に使う、本当に最後の「とっておき」なんだ。出来れば……最後まで取っておきたかったけどなぁ。
ここへ来るシャルルーの別荘で、念の為にと腰袋に入れておいたんだが……まさか本当に使うかもしれない状況に陥るとはな。
俺の冗談ではない物言いに、マリーシェ達の喉がゴクリとなる。
「これは、瞬間的に俺たちの力を限界を超えて引き上げてくれる薬だと考えてくれ。ほんの僅かな間だけ、信じられない力を発揮する事が出来るだろうがその後は……」
俺の説明を聞いても、誰も何も言わない。
そりゃそうだ。
命を賭けるなんていきなり言われても、すんなりと受け入れられる訳なんて無いからな。
この「小薬」は本来、何も命を代償に強力な力を得る為の“秘薬”なんて大層なものじゃあない。本当は、各種「実」と同様の効果が得られるだけだ。勿論、その効果は「実」とは比べ物にならないんだが。
限定的に能力が向上する各種「実」とは違い、この「小薬」は全体的な能力を一気に引き上げる効果がある。それだけを見れば、別に使う事を躊躇わせる様には思えないかもな。
でもこの「小薬」は本当だったら、もっとレベルや年齢が高くなってから使うべきアイテムなんだ。
そんな事は、少し考えれば分かるだろう。
体も出来上がっていない、レベルも低い者が無理やり力を引き出す。そんな事をすれば効力はそう長く持続しないし、その効果が切れれば……動けなくなる。
各種「実」の齎す効力くらいならそれほど影響はない。でもこの「小薬」が引き上げる力の幅は、今の俺たちには過分なものなんだ。
何も使用後に効力が切れると、そのまま命を落としてしまうなんて事は無い。
ただ強力な力を振るった代償に、恐らくは筋肉が断裂を起こすだろう。それも、軽いものならまだマシな方だ。少し動き辛くなるだけだろうからな。
でも最悪は手足の筋が切れるか、骨折を伴うか……。
引き出された強過ぎる自分の力に、自らが振り回されるんだ。とにかく、動けなくなるのは間違いないだろうな。
そして、もしもその時までに敵を倒し切れなかったなら……そのまま本当に命を失う事になる。
でも今は、そこまで説明してやる必要はない。
と言うか、時間も無い。
「この『小薬』は、俺が合図をした時にだけ使うんだ。それまでは、間違っても使うんじゃないぞ。それから、使用したらチャンスは一瞬だと思え。一撃に全てを賭けて、二撃目があるとは思うなよ……いいな」
俺は彼女たちに、これ以上ないと言うぐらいに真剣な表情で言い聞かせた。
これは、軽い気持ちで使って良い薬じゃあないからな。本来なら、使うのもまだ早い代物なんだ。
「……心得た」
「……分った」
「……了解よ」
カミーラ、サリシュ、マリーシェが、真剣な表情で頷いて応える。
出来れば、これを使う前に全てを終わらせたい。でも俺が見た「鬼族」は……多分俺たちよりも強い。……遥かにな。
正直に言えば最悪な場合、これを使って勝てれば良いと……そう考える程だ。
これで、今の俺たちに出来る準備は済んだ。
あとは。
「じゃあ最後に、これを飲んでおくんだ。ポーションで流し込むと良い」
俺はさっき渡した物とは少し形の違う、白い錠剤を3人に渡した。その錠剤には、それぞれSとMの文字が打たれている。
「……これは?」
サリシュが、不思議そうでいて興味津々な目を俺に向けてきた。
さっきから、俺からは彼女たちが知らないアイテムがどんどんと出てくるんだ。そんな場合ではないと分かっていても、興味がそそられない訳はない……か。
「俺とマリーシェ、それにカミーラへ渡した薬は『ソマタブレット』と言ってな。飲むと短時間で体力が回復するんだ。ポーションと一緒に飲むと、即効性が期待出来る。マリーシェには『マナタブレット』。魔力が回復する薬だな」
俺が説明してやると、3人は「ほぉ―――」とか「へぇ―――」とか驚いた様な声を上げている。恐らくこれに至っては、その名を聞くのも初めてだろう。
その場で俺たちは、その薬を一気に呷ったんだ。
「……ほんまや」
「これは……少し驚きだな」
「でもこれで……準備万端よね?」
マリーシェ達の台詞で、それぞれ体力と魔力が回復した事が確認出来た。ただ、まだ中での戦闘での作戦は伝えきれていない。
俺は、ゆっくりと首を振ってマリーシェに応えた。
「……良いか? 中での戦闘では……」
そして俺は、頭の中で描いている作戦を彼女たちに告げたんだ。
3人は俺の話を真剣に聞き、その間誰も口を挟まない。
そして、俺の話が終わると全員が頷いて応じていた。確かにこれで、本当に準備は万全だ。
「……行くぞ」
俺は3人に声を掛けて、館の入り口に歩を進めだしたんだ。
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